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2012.10.16.20.20

『ほぼ日刊イトイ新聞』で『耳の聞こえない写真家は、いかにして写真を撮るのか。 接点、仲介する者。』で掲載された齋藤陽道の作品を観る

最初に感じたのは、なにかが足りないんだな、って事だった。

と、ぽぉんとことばを抛り出してしまうと、貶めている様にも、貶している様にも読めてしまうが、そのことばを発した本人 [つまり、ぼく] としては、そんな意図や意識はない。

ただ、その感じたモノ、そのものずばりを語る為のことばがぼくの中に用意されていないからなのだった。

ぢゃあ、相応しいことばとはなんだろう、と書き進める前に、状況を整理したい。

つまり、冒頭に書いたモノは、タイトルに掲げてある様に、『ほぼ日刊イトイ新聞』 [以下『ほぼ日』と略] での連載『耳の聞こえない写真家は、いかにして写真を撮るのか。 接点、仲介する者。』に掲載された、齋藤陽道の作品を観た、ぼくの印象なのである。

彼の作品集『感動』からの作品と、台湾 (Taiwan) のミュージシャンであるスミン (Suming) のライヴ光景を撮影した作品等が、その連載に掲載されている。
スミン (Suming) のライヴに関しては、『感動』に触発された『ほぼ日奥野武範のコーディネイトによるモノで、"耳の聞こえない写真家"である齋藤陽道の「おれ、音楽のライブを撮ってみたいなあ」という発言に基づいて企画されたモノなのである [『第1回 感動。』参照]。

と、いう訳で冒頭に戻る。

最初に感じたのは、なにかが足りないんだな、って事だった。

但し、この足りないというのは、欠落とか欠乏という様な意味あいではない、と想う。

敢て、別のことばに言い直そうとすれば、余白が大きいという意味になるのだろうか。
例えば、画像を出力する為にA4サイズの用紙が用意されているとしたら、A4サイズに画像を出力するのではなくて、それよりもちいさい画像をアンシンメトリーにトリミングして出力する様なイメージ、なのだ。
A4サイズのどこかに偏った位置を画像が占めて、それ以外を白い余白が埋めている、そんな感じだ。

でも、通常の余白ならば、それはデザイン的な、良しや悪し、もしくは、好きや嫌いの領域のモノになる筈だろうけれども、この作品群はすこし違う。

実際には、きちんとA4サイズの用紙全面を覆う作品なのだ。
にも関わらずに、A4という空間総てを埋め尽くしていない気配がするのだ。

しかも、その余白にも似た気配を、被写体や撮影者が、意図的に演出しているのかと自問してみても、答は一向に出ない。もしも、総てが意識された配剤の結果だとしたら、それは演出である。
余白に観えるモノなのかもしれないけれども、恐らく、その演出されて出現した余白は、写し撮られたモノ以上に、騒がしく自己主張しているのに、違いない。

だが、そんな気配は、ないのだ。

むしろ、その余白に感じるのは、作品を観ている己自身がそこに誘われている様な感覚なのだ。
被写体を撮影者が撮影しそれをなんらかの手法で空間芸術として現出させてしまえば、その結果、写真という表現は完成する筈なのだろうけれども、齋藤陽道の作品は、そこで完成する意図をもっていないんぢゃあないだろうか。

作品を観るモノが観、その作品の中になんらかのかたちで自己が関わる事。それをあらかじめ想定している事、もしくは、それを観るモノに促している様な気がするのだ。
つまり、余白とは、その作品を観るぼくの為にあらかじめ用意された場所なのだ。

そおゆう意味では、冒頭の「なにかが足りないんだな」って感覚は、決して間違ってはいないのだと、ぼくには想える。

以上の様な、ぼくの感慨を補填してくれるモノなのかどうかは解らないけれども、そしてまるっきり異なるモノの可能性は十二分にあるのだけれども、糸井重里と『ほぼ日奥野武範は、齋藤陽道の作品に関して、次の様なことばを発している。

糸井重里「写真の情報量が、ちがう気がする」 [『第2回 音のない遊園地。』より]

奥野武範「ぼくは齋藤さんが撮ったスミンのライブ写真にはなぜだか、音の存在が薄い印象を受けました。<中略>齋藤さんのライブ写真を見て感じたことは『静か』だとか『風景がピタっと止まっている』だとかそういう印象だったんです。」 [『第5回 自分との対話。』より]

そして、『ほぼ日』の連載『耳の聞こえない写真家は、いかにして写真を撮るのか。 接点、仲介する者。』自体は、それがどこから立ち顕われるのかという検証を、ふたりのカメラマン [荒牧耕司清水久美子] によるワークショップ [『第2回 音のない遊園地。』参照] とその結果 [『第5回 自分との対話。』参照] を受けての懸談を通じて、行っているのである。

個人的には、この連載の為の試みを通じて、齋藤陽道という"耳の聞こえない写真家"は、新しいステージを凝視めているのかなぁという印象を、『第6回 接点。』の最期に掲載されたスライド・ショー『音楽というかたち。』を観て、抱いたのだけれども。
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