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2012.10.16.22.05

ひっちこっく

ヒッチコック (Hitchcock) と言えば、熊倉一雄 (Kazuo Kumakura) が声を宛てる事になっているが、熊倉一雄 (Kazuo Kumakura) と言えば、必ずしもアルフレッド・ヒッチコック (Alfred Hitchcock) という訳にはいかない。彼の"代表作"と言えば、人形劇『ひょっこりひょうたん島』[19641969 年放映 NHK] でのトラヒゲに違いないのだ。

ヒッチコック (Hitchcock) と言えば、カイエ・デュ・シネマ (Les Cahiers du cinema) が彼の再評価を行った事になっているが、カイエ・デュ・シネマ (Les Cahiers du cinema) と言えば、必ずしもアルフレッド・ヒッチコック (Alfred Hitchcock) という訳にはいかない。その映画雑誌での論客達、即ち、エリック・ロメール (Eric Rohmer)、ジャック・リヴェット (Jacques Rivette)、ジャン=リュック・ゴダール (Jean-Luc Godard)、フランソワ・トリュフォー (Francois Truffaut) 等を指し示すモノであると同時に、彼らが切り開いたムーヴメント、ヌーヴェル・バーグ (Nouvelle Vague) の牙城に他ならない。

ヒッチコック (Hitchcock) と言えば、その主演女優としてグレース・ケリー (Grace Kelly) が挙げられるが、グレース・ケリー (Grace Kelly) と言えば、必ずしもアルフレッド・ヒッチコック (Alfred Hitchcock) という訳にはいかない。彼女は彼が監督した映画の僅か三作への主演、しかも僅か2年に満たない間での出来事に過ぎないからだ。しかも、その最初の作品である映画『ダイヤルMを廻せ! (Dial M For Murder)』 [1954年制作] は必ずしも彼女でなければならない様なモノではないし、その一方で、相手役にケーリー・グラント (Cary Grant) を宛てがって"彼女の主演映画"として撮られた映画『泥棒成金 (To Catch A Thief)』 [1955年制作] は、アルフレッド・ヒッチコック (Alfred Hitchcock) の映画としてはあまり出来のよいモノではない。むしろ、物語的にはほんの顔見世程度の映画『裏窓 (Rear Window)』 [1954年制作] が、最も彼女の素晴らしさと美しさを引き出しているのは、あまりに皮肉な事なのである。

ヒッチコック (Hitchcock) と言えば、ではその主演男優は誰かと聴かれれば、それは"アメリカの良心 (The American Spiritf)"と呼ばれた、ジェームズ・ステュアート (James Stewart) と答えざるを得ない。しかし、例えば、彼の第一作である映画『ロープ (Rope)』 [1948年制作] では当年とって40歳で、この作品ではヒロインらしいヒロインはいないからまぁ良い様なモノの、上に書いた様にグレース・ケリー (Grace Kelly) が美味しい処を全部持って行ってしまった映画『裏窓 (Rear Window)』 [1954年制作] の時が46歳で、しかも、当時25歳だったグレース・ケリー (Grace Kelly) の恋人役。そして依頼仕事とは言え、サンフランシスコ (San Francisco) 中を23歳のキム・ノヴァク (Kim Novak) の後をストーキング (Stalking) し続ける映画『めまい (Vertigo)』 [1958年制作] では、50歳。なぜだかどこだかこの年齢差が理不尽なのだ。それを嫌らしくもお為ごかしに解釈すれば、ジェームズ・ステュアート (James Stewart) を始め主演男優が演じる役はアルフレッド・ヒッチコック (Alfred Hitchcock) の自己投影 (Projektion) という事になってしまうし、彼の擁護をしようとさも解ったフリをして解釈してみれば、当時の米文化には、オトナとコドモしかいない、ティーンエイジャー (Teenager) という新しい世代が登場するのは映画『理由なき反抗 (Rebel Without A Cause)』 [ニコラス・レイ (Nicholas Ray) 監督作品 1955年年制作] でのジェームス・ディーン (James Dean) の登場を待つしかないのだ、となる [と、書いてる側から映画『めまい (Vertigo)』 [1958年制作] はその3年後ぢゃんって、どこからか聴こえて来そうな気もする]。

ヒッチコック (Hitchcock) と言えば、映画界では勿論、アルフレッド (Alfred) の事である事は自明だけれども、これが音楽界になると、ヒッチコック (Hitchcock) とは、ロビン (Robyn) という事になる。1980年代後半から1990年代前半にかけて、良質のポップ・ミュージックを収めた作品をいくつも発表し、米カレッジ・チャート (CMJ Collage Chart) の常連であった。サイケデリックな浮遊感とどこか現実離れした歌詞は、シド・バレット (Syd Barrett) の再来と謳われたモノである。

ヒッチコック (Hitchcock) と言えば、主演女優に岡惚れする事 [もしくは岡惚れした女優を自身の作品の主演に起用する] でも有名であったけれども、その最大の被害者は女優陣の中のひとりではなくてアンソニー・パーキンス (Anthony Perkins) なのかもしれない。映画『サイコ (Psycho)』 [1960年制作] での名演技が仇となり、これまでの内気の好青年ばかりを演じて来た彼には、文字通りのサイコ (Psycho) な役しかオファーが来なくなる。17大名優そろい踏み [でその配役の妙だけでも充分に愉しめてしまう] の映画『オリエント急行殺人事件 (Murder On The Orient Express)』 [シドニー・ルメット (Sidney Lumet) 監督作品 1974年制作] でも演じた役は、神経質ないますぐにでも壊れてしまいそうな秘書役で、原作を読んでいない観客には、真っ先に真犯人と疑われてしまいそうな役廻りだ。だからと言って、映画『サイコ (Psycho)』 [1960年制作] の続編3篇[映画『サイコ 2 (Psycho II)』 [トム・ホランド (Tom Holland) 監督作品 1983年制作] と映画『サイコ 3 / 怨霊の囁き (Psycho III)』 [アンソニー・パーキンス (Anthony Perkins) 監督作品 1986年制作] そしてTV映画『サイコ 4 (Psycho IV: The Beginning)』 [ミック・ギャリス (Mick Garris) 監督作品 1990年制作] にも主演するのはまだしも、第3作では自らメガホンを執ってしまっている訳で。

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ヒッチコック (Hitchcock) と言えば、彼を撮影したり彼を描いたりした肖像は、数々あるけれども、最終的には『ヒッチコック劇場 (Alfred Hitchcock Presents)』 [19551962米 CBS放映] に起用された上記掲載画像となろうかと、思われる。冒頭に登場してもらった熊倉一雄 (Kazuo Kumakura) が自身の声をアルフレッド・ヒッチコック (Alfred Hitchcock) に宛てたのが、このTV番組だ。だが、残念な事に、これを描いたのが誰なのか解らないのだ。ひょっとして、アルフレッド・ヒッチコック (Alfred Hitchcock) 本人!? という雑念も起きない訳ではないが、彼の絵コンテなぞ、観た事ないから確証が一向に持てないのだ。

ヒッチコック (Hitchcock) と言えば映画『 (The Birds)』 [1963年制作] は、1970年代のパニック映画ブームの折りにその始祖として何度も紹介されたけれども、その嚆矢である映画『ジョーズ (Jaws)』 [スティーヴン・スピルバーグ (Steven Spielberg) 監督作品 1975年制作] を皮切りに、いくつもの同ジャンルの作品群を観て来たぼく達にとっては、テレビ放映で観たその作品はあまり納得のいくモノではなかった。原因も結論も一切が呈示されないその作劇術は、当時のエンターティンメントの至れり尽くせりのモノとは遥かに隔たった場所にあったからだ。

ヒッチコック (Hitchcock) と言えば、映画史的には、ヌーヴェル・バーグ (Nouvelle Vague) の映像作家達がその衣鉢を受け継いだ恰好になっているけれども、では、日本の場合は、どうなのだろう。映像作家よりもむしろ、漫画家の方が、それを引き受けた様な気がしてならない。例えば漫画『罪と罰』 [手塚治虫 (Tezuka Osamu)1953年書下し] や漫画『ジュン』 [石ノ森章太郎 (Shotaro Ishinomori)19671971年 (COM連載] や漫画『 (蛍三七子)』 [ちばてつや (Chiba Tetsuya)1972週刊少年マガジン掲載] 辺りに、その影響を見出せないか。それらの作品を通じて、彼らはコマとコマの間にあるモノを破壊し、誌面を自由自在に構成し初めてゆく。映画は未だに、スクリーンという四角四面の中に封じ込められているのにも関わらずに。

ヒッチコック (Hitchcock) と言えば、そおゆう意味では、ブライアン・デ・パルマ (Brian De Palma) を引き合いに出さなければならなくなるが、だからと言って、彼がアルフレッド・ヒッチコック (Alfred Hitchcock) ばりに映像技術のありとあらゆる可能性を追求していた時代は、決して、彼の作品は陽のあたる場所に出ては来なかった。そのテイストは当初から、デ・パルマ・カット (The De Palma Cut) の呼称で一部の好事家に注目されていたとは言え、その評価はカルト作家の一人として、でしかない。そんな彼がブレイク・ポイントを迎えたのが映画『アンタッチャブル (The Untouchables)』 [1987年制作] であって、その物語構成の王道ぶりを観れば解ると思う。きちんとした語るべき物語が、骨太の物語が、彼には必要であったのだ。と、同時に"アメリカの良心 (The American Spiritf)"こと、かつてのジェームズ・ステュアート (James Stewart) を彷彿とさせるケビン・コスナー (Kevin Costner) という主演男優が、欠くべからざるモノだったのである。

ヒッチコック (Hitchcock) と言えば、彼の作品を理解する為には、フランソワ・トリュフォー (Francois Truffaut) による『定本 映画術 ("Hitchcock" by François Truffaut)』 [1968年刊行] は必読の書らしいが未だに読んでいない。
しかも、それ以前に、彼の代表作としては一ニを争うと言われている映画『北北西に進路を取れ (North by Northwest)』 [1959年制作] を、ぼくは未見なのだ。
只管に、あの有名な、なにも身を隠す術のない平原で、飛行機に襲われるケーリー・グラント (Cary Grant) のシーンだけを繰り返し繰り返し観ているだけなのである。

次回は「」。
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