2012.08.19.10.26

ネット上で検索すると、虚実あわせて様々な時代と様々な地域に、聖ジュリアン (Saint Julian) と呼ばれる人物がいる事が解る。否、人物名とは限らない。その名を名乗る土地もあるのだ。
その中で、日本人にも馴染み深い聖ジュリアン (Saint Julian) と言えば、ギュスターヴ・フローベール (Gustave Flaubert) の小説『 ( La Legende de saint Julien l'Hospitalier)』 [1877年発表] の主人公そのヒトであろう。
そこで描かれている聖ジュリアン (Julien l'Hospitalier) は、過失とは言え、自らの手で己の両親を殺めてしまった自責から、己の財を一切棄てて遍歴の旅に出る。そして永きの放浪の果てに、年老いた彼は世を捨ててある河の渡し守となってつつましやかな暮らしへと至る。
そしてある日、彼の許にある男が顕われて、彼の求めに応じる事によって、神秘的な体験を果たし、昇天するのである。
そんな小説の事を思い描きながら、ジャケットを観ると、闇に包まれたスクラップ工場と思しき一角で、両腕を拡げた本作品の主人公、ジュリアン・コープ (Julian Cope) のその姿は、磔刑図 (Crucifixio Iesu) さながらだ。しかも、彼の後ろを照らす照明の輝きは、恰も光背 (Aureola) の様ではないだろうか。
一体、このアルバムでジュリアン・コープ (Julian Cope) はナニを語ろうというのか。と、訝し気にインナー・スリーヴを観れば、聖ジュリアン (Saint Julian) と英国のタムワース (Tamworth England) とがクレジットされたエンブレムとその聖人を讃える詩編らしきモノが掲載されている。
だから、早速に、英国のタムワース (Tamworth England) の聖ジュリアン (Saint Julian) なる人物を検索してみたのである。恐らく、その人物こそが、本作品の主人公であり、本作品の主題なのだろう。
と、勇んで検索して解った事は、英国のタムワース (Tamworth England) とはジュリアン・コープ (Julian Cope) の出身地以外のナニモノでもなく、そこに聖ジュリアン (Saint Julian) と思しき人物を顕彰するモノはなにもない。
つまり、聖ジュリアン (Saint Julian) とは、ジュリアン・コープ (Julian Cope) そのヒトの事、つまり自らを聖別 (Consecration) させていたのである。
閑話休題。
ジュリアン・コープ (Julian Cope) の音楽を語るのに、音として顕われる要素を語る術は、如何様にも可能なモノに思える。
彼の音楽的な出身地であるリヴァプール (Liverpool) という名詞を引っ張り出しても、そこで初めて結成した音楽的ユニット、ザ・クルーシャル・スリー (The Crucial Three) を引っ張り出してもいい。[実際にはバンドとして音楽を奏でる前に潰えてしまったらしいまぼろしのユニットなのだけれども] 、そのメンバーだった遺りのふたり、イアン・マカロック (Ian McCulloch) [後にエコー・アンド・ザ・バニーメン (Echo And The Bunnymen) を結成] とピート・ワイリー (Pete Wylie) [後にワー! (Wah!) を結成] の名前を観るだけで、こころ躍るモノがあるのだ。
そして勿論、ソロ活動に入る前に、自身の音楽的な活動拠点としていたザ・ティアドロップ・エクスプローズ (The Teardrop Explodes) の作品群を聴けば、さらに得心がいくのに違いない。
流麗なギター・サウンドとポップだけれどもどこか哀調を帯びたメロディーを奏でるそのサウンドは1980年代当時、ネオ・サイケデリック (Neo Psychedelic) と呼称されて、ジュリアン・コープ (Julian Cope) はその中心にいたのである。
だが、そんな音楽的なムーヴメントの中心にいながらも、そのムーヴメントの象徴的な役割を担いながらも、彼自身の内心はそんな党派性とは無縁の地にいたのである。


だが、多くの人々はそれを如実に指し示す為の語彙を持っていなかったが為に、例えばシド・バレット (Syd Barrett) を引き合いに出したり、彼のソロ第二作『フライド (Fried)
と書いてしまった以上、ここではぼく自身の、ジュリアン・コープ (Julian Cope) の内心の解釈を披露しなければならないだろう。
ヒトは誰でも己自身の中にあるモノを基準点として、外界にあるあらゆるモノを観たり聴いたり嗅いだり味わったり感じたりする。そして、そこから得たモノを様々な方法論で外界へとフィードバックさせる訳だけれども、恐らく、殆どのヒトはそこで自身の中にあるソレを自己検閲してから後に、世に送り出すに違いない。
その自己検閲自身が何らかの理由で失敗してしまえば、KYと批判されたり不適切発言と難じられたりする。
ここまではいいかな。ちゃんと着いてきてくれているのか、心配なんだけれども。
だが、時として、ヒトは創造性の発露という名の許に、敢て自己検閲を放棄する場合がある。しかし、その放棄の仕方は、ヒトそれぞれだ。
内心と外界の齟齬を糾弾するモノもあれば、自己検閲というシステムそのモノに疑義を呈示するモノもあれば、内心にあるモノをただただ垂れ流すモノもあれば、外界そのものとの交わりを拒絶するモノもある。
ジュリアン・コープ (Julian Cope) もまた然り。
彼自身の自己検閲を放棄させる方法論が、上に例示したどれに該当するのか、それとも、そのいずれでもないのかは、判断に苦しむモノがある。
ただ、彼の音楽の上っ面だけを眺めていれば、その特異性や異質さは解らない。音楽的な装いは、上に書いた様に、ポップなギター・サウンドのナニモノでもないからだ。
しかし、一度立ち止って彼が語る言葉に耳を傾ければ、聴いているこちらのこころが歪んでくるのだ。
ひとつひとつの単語、ひとつひとつの文章は明瞭で理解しやすいモノである筈なのに、全体を通してみれば、なにひとつ意図や趣旨を理解出来ていない。
そうしてぼく達は混乱してしまって、ふと、己の内心に問いかける。読解力がないのか、理解力がないのか、それとも、それを受け止めるべき知識の土壌がないのか、と。

だが、冷静に自問自答しても、どうやら、己に非や落ち度や欠如はない様なのだ。
そうすると、やはり。語るかける側に問題があるのに違いない。
そんな思考過程の結果、憶い浮かべることばは多々あるのだけれども、それをそのまま発話していいんだろうかと、ふと、疑心暗鬼になってしまう。
だからヒトは発話すべき言葉を呑込んで、その代替物となるモノを捜し出す。
その結果のひとつが、シド・バレット (Syd Barrett) という先達や、亀の甲羅に閉じ篭ろうとする裸身の男の姿なのである。
[掲載画像は、花輪和一 (Kazuichi Hanawa) 作『鵺〜新今昔物語
と、ここまで書いてきたモノを読んで、もしかしたら、あなたはジュリアン・コープ (Julian Cope) というアーティストに違和や不安を感じるかもしれない。
だが、怖じける事はない。
少なくとも、ここで紹介する彼の第3作『セイント・ジュリアン (Saint Julian)
恐らく、彼の多くの作品の中で、最も聴きやすく最も楽しめる作品の筈だ。
幾つかの楽曲でフィーチャーされる、コール・アングレ (Cor Anglais) が奏でるメロディの爽やかさと弾ける様なギター・サウンドの力強さが、曲の佇まいをより引き立たせている。
ものづくし(click in the world!)119. :
"SAINT JULIAN" by JULIAN COPE

"SAINT JULIAN
Side One
1. TRAMPOLENE
Produced by Warne Livesey
(C) 10 Music Ltd.
2. SHOT DOWN
Produced by Ed Stasium
Additional recording and mixing by Warne Livesey
(C) 10 Music Ltd.
3. EVE'S VOLCANO
Produced by Warne Livesey
Chorus vocals by Dee Lewis & Tessa Niles
(C) 10 Music Ltd.
4. SPACEHOPPER
Produced by Ed Stasium
Airhead guitar & Screams by Donald Ross
(C) 10 Music Ltd.
5. PLANET RIDE
Produced by Warne Livesey
Chorus agreement by Dee Lewis & Tessa Niles
Acetone Organ by Paul Crockford
(C) 10 Music Ltd.
Side Two
1. WORLD SHUT YOUR MOUTH
Produced by Ed Stasium
(C) 10 Music Ltd.
2. SAINT JULIAN
Produced by Warne Livesey
Cor anglais by Oboe Kate St. John
string machine by Keith-Richard Frost
(C) 10 Music Ltd.
3. PULSAR
Recorded by Ed Stasium
Produced by Warne Livesey
Arranged by Julian Cope, Donald Ross Skinner & Joss Cope
(C) 10 Music Ltd.
4. SCREAMING SECRETS
Produced by Warne Livesey
Mixed by Warne Livesey
(C) Zoo / Warner Bros. Music
5. A CRACK IN THE CLOUDS
Produced by Warne Livesey
Strings by Warne Livesey
Cor anglais by Oboe Kate St. John
Oregon guitar by De Harrison
(C) 10 Music Ltd.
JULIAN COPE : Singer, some guitar
DONALD ROSS SKINNER : Slide and electric guitar
CHRIS WHITTEN : Drums
JAMES ELLER : Bass
DOUBLE De HARRISON : Organ and Clavinet
With : Oboe Kate St. John : Cor Anglais
Warne Livesey : Synthesizer
Songs by JULIAN COPE
Produced By WARNE LIVESEY except where noted
Recorded by FELIX KENDALL and GEORGE SCHILLING
Sleeve design : P. St. John Nettleton & Island Art
Cover photos : Ashworth Inner photos : Lawrence Watson
Management : Cally (Outlaw Management)
(P) 1987 Island Records Ltd. except World Shut Your Mouth (P) 1986 Island Records Ltd.
- 関連記事
-
- Bill Evans Trio Sunday at the Village Vanguard Featuring Scott La Faro (2012/10/21)
- 『マイルス・アット・フィルモア (MILES DAVIS AT FILLMORE)』 by マイルス・デイビス (MILES DAVIS) (2012/09/16)
- "SAINT JULIAN" by JULIAN COPE (2012/08/19)
- 『ホワイ・ノット (Why Not?)』 by マリオン・ブラウン・クワルテット (MARION BROWN QUARTET) (2012/07/15)
- 『クール・ソロ (KOOL-SOLO)』 by 鮎川誠 (Makoto Ayukawa) (2012/06/17)