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2012.06.07.23.54

レイ・ブラッドベリの『万華鏡』:追悼文に代えて

レイ・ブラッドベリ (Ray Bradbury) の短編小説『万華鏡 (Kaleidoscope)』 [1952年発表 『刺青の男 (The Illustrated Man)』所収] は、そのまま石ノ森章太郎 (Shotaro Ishinomori) のマンガ『サイボーグ009 (Cyborg 009) 地下帝国ヨミ編 (The Underground Empire Yomi Arc.)』 [1966週刊少年マガジン連載] のラスト・シーンに流用されている。
これは、双方のファンには、よく知られている事柄である。

と、言う様な指摘をし始めたら、恐らく、レイ・ブラッドベリ (Ray Bradbury) と彼の作品群には、いくつもの同様の事例を見出せそうで、それだけで大部の研究書が出版出来そうだ。

例えば、短編小説『万華鏡 (Kaleidoscope)』だけでも、手塚治虫 (Tezuka Osamu) のマンガ『火の鳥 宇宙編 (The Phoenix Universe)』 [1969Com連載] や映画『ダーク・スター (Dark Star)』[監督 / 脚本:ジョン・カーペンター (John Carpenter) 脚本:ダン・オバノン (Dan O'Bannon) 1971年制作] をその一例として挙げる事が出来るくらいだ。
尤も、その流用の手法は、それぞれの作家性がそのまま発揮されている様で、単純にパクリ云々、元ネタ云々の土俵には挙げづらい。
前者は、ある人物の謎の行動にさい悩まされる登場人物達の会話をサスペンスフルなものにさせる舞台装置として機能し、後者は馬鹿馬鹿しくも阿呆らしい素敵なパロディとなっているのだ。

それと同様の視点で、マンガ『サイボーグ009 (Cyborg 009) 地下帝国ヨミ編 (The Underground Empire Yomi Arc.)』も観る事が出来る。

それぞれに共通するモチーフは、大気圏突入によって燃え尽きてしまう己の運命を如何に迎えるべきなのかというモノになると想う。
己に加速度的に加わる重力と加速度的に速まる落下スピードによる摩擦によって、宇宙の藻屑として消失してしまう事は避けられようにもない。己の死は絶対的なモノであり、不可抗力なモノなのだ。

と、同じモノはしかし、ここまで。

石ノ森章太郎 (Shotaro Ishinomori) が用意した舞台設定には、その死を迎えなければならないモノは002 ジェット・リンク (Jet Link : Cyborg 002) と009 島村ジョー (Joe Shimamura : Cyborg 009) というふたりであって、そのふたりには強力な仲間意識がある。
しかも、そこから産まれた別の意識もある。打倒ブラック・ゴースト (Black Ghost) や世界平和という高邁な目的だ。そして、この目的意識から、自己犠牲というイデアも芽生えているのに違いない。
つまり、死に逝く002 ジェット・リンク (Jet Link : Cyborg 002) と009 島村ジョー (Joe Shimamura : Cyborg 009) にとっては、ある意味で、事前に死の覚悟が用意されていると同時に、ふたりのこころには自己救済の可能性が遺されているのである。

しかし、その原典である短編小説『万華鏡 (Kaleidoscope)』の主人公には、そんなモノは一切用意されていない。
ただ、墜ちるに墜ちて死にに死ぬのである。

この短編小説の主人公は、ナニかに似ている。

そんな気がしてふと憶い出したのは、同じくレイ・ブラッドベリの短編小説『霧笛 (The Hog Horn)』 [1951年発表 『ウは宇宙船のウ (R Is For Rocket)』所収] に登場する、海から顕われる巨大生物だった。
この短編小説は後に、小説家の同級生でもあるレイ・ハリーハウゼン (Ray Harryhausen) [ちなみに彼と小説家の若き日々をカリカチュアライズした短編小説『ティラノサウルス・レックス (Tyrannosaurus Rex)』 [1962年発表 『よろこびの機械 (The Machineries Of Joy)』所収] がある。] が特撮を担当した映画『原子怪獣あらわる (The Beast From 20,000 Fathoms)』 [ユージン・ルーリー (Eugene Lourie) 監督作品 1953年制作] の原作にもなり、その後の映画『ゴジラ (Godzilla)』 [本多猪四郎 (Ishiro Honda) 監督作品 1954年制作] にも大きな影響を与えている。
だが、巨大生物による都市破壊をクライマックスに置いたふたつの映画がすっぽりと忘れ去ってしまったモノこそが、その原作となった短編小説『霧笛 (The Hog Horn)』の主題なのである。

その主題は、そのまま、短編小説『万華鏡 (Kaleidoscope)』の主題でもある。
と、ぼくには想えるのだ。

人類にとって宇宙空間は、未知の領域でもあり、新たな開拓地であり、未来でもある。と、同時に、過酷で激烈な空間なのである。ヒトはそこに身を置くだけで、一瞬の内に、命を喪う。
そんな空間を最新鋭の技術でもって護られて、航行するヒトの、その内面を余す所なく描ききったモノが短編小説『万華鏡 (Kaleidoscope)』だ。ヒトのもっている浅ましさやいやらしさが次から次へと描き出され、そして、ひとつひとつ、虚空に消え失せてゆく。
そんな領域に置かれてまでもヒトは己の浅ましさやいやらしさを発揮してしまうのか、それとも、そんな領域であるが故に己の本性が露になってしまうのか。
読むモノはそんな事を考えながら、読み進めて行くと、主人公自身もまた、ヒトの内面のひとつひとつを嫌と言う程観せつけられていく。
しかも、主人公もまた己の運命を避けられない。他のモノと同じ様にして、いずれ消失してしまうさだめにあるのだ。

そこに救済はあるのかと問えば、主人公に対しては一切の救済はない。短編小説『霧笛 (The Hog Horn)』の巨大生物が、なにひとつ報われぬままに、たった独りの己の棲処である深海へ戻らざるを得なかった様に。

だが、レイ・ブラッドベリ (Ray Bradbury) という作家は、その読者に対してだけは、たったひとつだけ、救いを遺している。

深く哀しい物語でしかない短編小説『霧笛 (The Hog Horn)』が『原子怪獣あらわる (The Beast From 20,000 Fathoms)』と映画『ゴジラ (Godzilla)』 、このふたつの作品を産み出せたのも、彼が用意してくれた救いがある、その結果だ。
否、小説だけに向き合っても、孤独でしかない彼の淋しさと同様に、その彼を迎え受けてくれる海という巨きな存在に、ぼく達は眼を観はらさせられるのだ。

それは短編小説『万華鏡 (Kaleidoscope)』も、同じ。
読後のぼく達に遺されるモノは、宇宙空間の熾烈さでもなく、ヒトのこころの暗部でもない。
それでも、彼らの遺志を継ぐモノが顕われ、宇宙空間と己の内面というふたつの暗部と対峙するのに違いない。そんな、信仰にも似た想いなのではないだろうか。
そして、もうひとつ。
ぼく達はただ、夜空を観る度にこの短編小説を憶い出して、宇宙は美しい、と想うのである。

images
故人のご冥福をお祈り致します。
[掲載画像はこちら]

附記 1.:
訃報が流れた際に、故人の代表作として紹介されたのが長編小説『火星年代記 (The Martian Chronicles)』 [1950年刊行]。滅び逝く火星人類の物語と、新たな火星人として入植する地球人の物語の奥底を流れるモノは、ここで挙げた短編小説とも通じるモノの様な気がする。

附記 2.:
ぼくは、短編小説『万華鏡 (Kaleidoscope)』は、幻想綺譚として出逢った。決して、SFの文脈として、ではない。
世界のオカルト文学 幻想文学総解説』[1981年刊行 自由国民社] というムックで1頁の紙面を割いて、紹介されていたのである。
そのムックでは、185編 [当時] の小説を、幾つもの細分化された項目に分類整理されていて、その小説は、大項目『神秘文学編』の中の『白魔術・聖人譚・奇跡』のひとつとしてあった。
ちなみに、同じ分類項目には、アーサー・マッケン (Arthur Machen) の『大いなる来復 (The Great Return)』[1915年発表 『怪奇クラブ (The White People And Other Stories : Vol.2 Of The Best Weird Tales Of Arthur Machen)』所収] がある。
なお、その目次では、短編小説『万華鏡 (Kaleidoscope)』を以下のことばで紹介してある。
「絶望的な状況における意識変容の奇跡物語」。
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