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2007.10.30.21.13

だーてぃはりー

勿論、ここで取り上げるのはクリント・イーストウッドClint Eastwood)主演の、1971年の映画『ダーティハリーDirty Harry)』についてです。この作品のヒットによって、シリーズ化されて、都合5作品が制作されましたが、第2作以降に関しては言及しません。

警察という組織での行動規範にそぐわないアウトロー刑事が、凶悪犯や社会の影に潜む巨悪に敢然と立ち向かうーというと、今や、そんな"はぐれ刑事"は、腐る程、排出されているのだけれども、その元凶[と言うと異言い過ぎだからオリジンと言い直しましょう]が、このダーティ・ハリーことハリー・キャラハン"Dirty" Harry Callahan)刑事です。
と、はいうものの、ダーティ・ハリーDirty Harry)愛用のS&W M29 44マグナム(Smith & Wesson Model 29 "44Magnum")をバンバンぶっ放す、爽快感に満ちた娯楽映画という、お気楽な視点で観ると、ちょっと、痛いメにあいます。爽快なのは、映画冒頭の銀行強盗を逮捕するシーンぐらいで、そこから、どんどんと重苦しい雰囲気に満ちた作品へと転化します。

でもその前に。
この銀行強盗の挿話は、どこかで観た記憶がありませんか? 
セルジオ・レオーネSergio Leone)監督、そして音楽を担当したエンニオ・モリコーネEnnio Morricone)と組んでクリント・イーストウッドClint Eastwood)が主演したマカロニウエスタン三部作Sergio Leone Spaghetti Western Collection)での、彼が演じた主人公に、そっくりだと想うのですが、如何でしょう[そしてその三部作の主人公は、TVドラマ『ローハイドRawhide)』で彼が演じた若き牧童(Cowboy)の、長じてやさぐれてしまった姿にも想えるのですが...]。
S&W M29 44マグナム(Smith & Wesson Model 29 "44Magnum")を咆哮させて、恐ろしくも凄まじいトドメの決め台詞「何を考えてるか分かるぜ。俺が6発撃ったか、まだ5発かと考えてるんだろ? 実を言うと俺もつい夢中になって数えるの忘れちまったんだ。だがこいつはマグナム.44って言って世界一強力な銃なんだ。お前のドタマなんか一発で吹っ飛ぶぜ。楽に死ねるんだ。運がよけりゃあな。さぁ、どうする」( by 山田康雄)を吐く。この美意識は、マカロニウエスタン三部作Sergio Leone Spaghetti Western Collection)にあい通じるものがあると想います。
だが、しかし。この『ダーティハリーDirty Harry)』という映画の監督はドン・シーゲルDon Siegel)で、舞台は現代のサンフランシスコSan Francisco)です。いくら、型破りの刑事が、映画という虚構であれ、西部劇(Western)そのままの世界観 / 美意識で、いきて行く事は出来ません。
物語の終焉部で、恐ろしくも凄まじいトドメの決め台詞は、モノの見事に再現されますが、それは映画冒頭の爽快感とは無縁のもの、虚無感に満ち満ちたものです。

先を急ぎ過ぎました。話を物語の始まりに戻します。

早速、見方によってはスタンド・プレーにしかみえないこの逮捕劇に関して、上司からクレームをつけられたり、足手纏いにしかならない新米刑事とコンビを組まされたりします。勿論、オヤクソクです。しかも、これをオヤクソクにしてしまったのが、本シリーズなのだから、致し方ない。ハリー・キャラハンHarry Callahan)刑事も、オヤクソクをしぶしぶ受け入れて行きます。

しかしながら、本作品のもう一方の主人公とでもいうべきシリアル・キラー(A Serial Killer)のスコルピオ(Scorpio )[アンディ・ロビンソンAndrew Robinson)演]の登場によって、その後の"はぐれ刑事"ものの常道から、大きくはみだして行きます。いや、はみだすというよりも、痛みを伴ったものとなります。しかも、その痛みというのが、徹底的に、銃や刃物を排除した、肉体的な痛み、素手による[攻撃を加えたものも加えられたものも共に共有する]痛みなのです。

スコルピオ(Scorpio )に誘拐された少女の、身代金を抱えて夜のサンフランシスコSan Francisco)市内を翻弄させられるハリー・キャラハンHarry Callahan)刑事の、焦燥と疲労と困憊の入り交じった痛みから始って、映像的な具体的な描写は少ないものの誘拐された少女の肉体的精神的苦痛[証拠として抜かれた奥歯など]や、スコルピオ(Scorpio )とハリー・キャラハンHarry Callahan)刑事の最初の直接対決で、新米刑事もスコルピオ(Scorpio )も共々、大怪我を負ったり、証拠不十分で釈放されたスコルピオ(Scorpio )が警察の横暴を訴える為に自らカーティス・メイフィールド(Curtis Mayfield)似の黒人にボコられるシーンとか、枚挙に暇がありません。

勿論、現在のヴァイオレンス映画での暴力シーンの描写と比較すると、それらは婉曲的で抑制された大人しいものに観えるかもしれませんが、そういうものとも実は、異質です。
現在の暴力描写は迫真に迫ってはいますが、エンターティンメントの中にあります。と、言うよりも、あえて過剰で過激な暴力描写に徹するが為に、リアリズムを超えて虚構の世界に一歩踏み込んでしまった様な気がします。
しかし、本作品は、過剰な表現に奔る事なく、逆にそこで行われている事を、たんたんと素描して行く、その罪重ねで、現実的な痛みを表現している様な気がします。


例えば、ここで紹介するシーン。
スコルピオ(Scorpio )の住処を遂に突き止め、深夜の真っ暗なスタジアムを追跡し、スコルピオ(Scorpio )が負傷した脚を引きずりながら息も絶え絶えに逃げ延びる音だけが谺するシーンと、スタジアムのピットに逃げ込んだスコルピオ(Scorpio )が輝くカクテルライトに照らしだされるシーンとの対比、そして"眼には眼をan eye for an eye, a tooth for a tooth)"的に、正に西部劇(Western)的に、犯人の負傷した箇所を攻撃して、少女の居場所を自白させるシーンの強烈さ。
そこからさらに、このスタジアムからカメラはどんどんと上空に遠ざかってすっぽりと闇の中に溶けて行く。ここで、 誰もが一瞬、ここでこの映画は終わりだと錯覚してしまう。凶悪犯は捕まった。彼に翻弄された正義漢は復讐を遂げた。そして、これからエンド・マークとクレジット・ロールが、ラロ・シフリンLalo Schifrin)のかっこいい音楽と共に、流れるだろう...。
そう、安堵した矢先に、少女が窒息屍体となって、発見されるシーンに繋がる。
そして、誰もが皆、本来ならば爽快感に包まれて見守るべきあのカメラの上昇は、実は、凄く嫌な、痛ましくもやるせないヴィジュアル表現であった事を思い出させられるのです。

さらに、物語上では、スコルピオ(Scorpio )の身を呈した思いも寄らぬ反撃で、ダーティ・ハリーDirty Harry)は窮地に追いやられて行く訳です。

次回は「」。
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comments for this entry


>丸義さん

>TVの深夜放送
山田康雄が演じたハリー=イーストウッドも含めて、日本語吹替え版も評判いいみたいですね。

>観る前に、もう一度読みに来ますね!
観た後でも構いませんので、映画の御感想お待ちしております。

2007.11.01.00.10. |from たいとしはる feat.=OyO=| URL


こんばんは。
この名作、実はまだじっくり観た事が無いのです。
小さい頃、しょっちゅうTVの深夜放送でやってたのに・・・
このBLOGを読んで、観たくなってきました。
観る前に、もう一度読みに来ますね!

2007.10.31.23.23. |from 丸義| URL [edit]

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