2011.11.01.17.56
漢字で書けば幕間。英語表記ならば "Intermission"、もしくは "interval" で、仏語表記ならば "Interlude"。いずれにしても、公演時間内に幕が降りている時間、要は休憩時間である。
と、言う事で今回のこの記事自体が、幕間 (Intermission / interval / Interlude)。休憩です。
次回は「い」。
と終えてしまってもいいのかもしれないけれども、流石に気がひける。
だから、もう少し続けよう。
と、言うネタは、以前どこかでやってしまった様な気もするのだけれども、その辺は気にしない。演劇だってなんだって、再演というものはつきものだ。
ところで、幕間 (Intermission / interval / Interlude) って、確かエリック・サティ (Erik Satie) だったよね、というところから書き出すと話がややこしくなりそうだけれども、このネタの、他に良いネタの切り出し方が思いつかないから、ここから書き綴る事にする。
エリック・サティ (Erik Satie) の『幕間 / Entr'acte』と書いてみてはしたけれども、映像作品は総て監督のモノであるという原則に照らし合わせれば、正しくはエリック・サティ (Erik Satie) の『幕間 / Entr'acte』ではなくて、ルネ・クレール (Rene Clair) 監督の『幕間 / Entr'acte』 [1924年制作] というべきなのだ。
どんなに主演女優がすばらしくても、特撮映像が素晴らしくても、その映画はその女優のものでも特技監督のものでもないのだ。勿論、"女優の"映画や"特撮の"映画はあるけれども、その映像作品をそう仕立て上げたのは監督であるし、その映像作品を創り上げた栄誉も責任も場合によっては恥も失敗も、監督が負うべきだし、負わなければならない筈なのだ。と、いう事を書き出すと際限がなくなるから、まぁ、そんなもんだと思っていてくれればいい。
だがしかし、この映画『幕間 / Entr'acte』は、エリック・サティ (Erik Satie) のバレエ『本日休演 / Relache』 [1924年初演] の第一幕と第二幕の間、つまり文字通りの幕間 (Intermission / interval / Interlude) で上演する為に制作されたものだから、あながち"エリック・サティ (Erik Satie) の"という枕詞は無茶でも無理でも無謀でもない。
この"エリック・サティ (Erik Satie) の"『幕間 / Entr'acte』、本編であるバレエの休憩時間中に映画を上演するという試みは、斬新なものの様に観えるけれども、起用された表現媒体が映画だったから新しいのであって、演劇公演の休憩時間中、つまり幕間 (Intermission / interval / Interlude) になにかをする、本編とは異なる創作物を呈示するという行為自体は決して目新しいものではないのだ。
幕間劇 / インテルメディオ (intermedio) と呼ばれる、ルネサンス以降から16世紀にかけて盛行を極めたもので、幕間 (Intermission / interval / Interlude) の時間に、音楽やダンス・パフォーマンスが繰り広げられるものがある。
当初は即興演奏や、当時流行っていた既発表楽曲もしくは劇中に使用される音楽等を奏でたりそれに合わせてのパフォーマンスをしていたらしい。しかし、時代を経るに従って、幕間劇 / インテルメディオ (intermedio) 専用の音楽やパフォーマンスがあらかじめ用意されて演目として公演される様になって来る。そして、その幕間劇 / インテルメディオ (intermedio) がさらに複雑になっていて、劇中劇 (Story Within A Story) として演じられたりした為に、本編の添え物から独立した演目としての機能を持つ様になる。
そして、その結果であり成果として、演劇と音楽が一体化して融合した演目、オペラ (Opera) が生成されたのである。
個人的な感慨をここで書いておくと、サイド・ディッシュや付け出しの様な添え物がいつのまにやらメイン・ディッシュである総合芸術にまで出世してしまった様な感があるのだけれども、それはもしかしたら、演劇の出自が持つ宿命的なものかもしれない。何故ならば、現在では重要無形文化財であり世界無形遺産 (Intangible Cultural Heritage) という地位にある歌舞伎 (Kabuki) ですらも、その最初は河原乞食とも呼ばれる様な出雲阿国 (Izumo no Okuni) が始めたものなのだから。
つまり、"エリック・サティ (Erik Satie) の"『幕間 / Entr'acte』は、演劇の原初の形へ回帰しようとする先祖帰りの様な試みであって、その試みの為に当時の最先端のメディアである映画が起用された、という訳なのである。
と、いう様な、海の彼方の演劇の歴史と似た様なものは、我が国にもある。
それは能 (Noh) と狂言 (Kyogen) である。あえてどちらが主でどちらが従であるとは言及しないけれども、それぞれがそれぞれの幕間劇 / インテルメディオ (intermedio) の様相を呈しているのはご存知の通り。と、さらっと語り逃げようとするのは、その成立過程がよく解らないからなのだ。
能 (Noh) に関しては世阿弥元清 (Zeami Motokiyo) の『風姿花伝 / 花伝書 (Fushi Kaden / Kadensho)』というテキストがあるのだけれども、狂言 (Kyogen) に関してはそれに匹敵するものは一般的なものとしては、ない。勿論、各流派ごとの秘伝書の類は存在しているのだろうけれども、『風姿花伝 / 花伝書 (Fushi Kaden / Kadensho)』に能 (Noh) の成立の歴史的記述がない様に、それらの秘伝書にも狂言 (Kyogen) の歴史的見識は多分、ないだろう。
まぁ、いずれにしても、能 (Noh) と狂言 (Kyogen) がふたつ合わせの鏡の様な幕間劇 / インテルメディオ (intermedio) としてなぜ上演される様になったのか、その答えを今のぼくの許にはない。
そうして、その能 (Noh) と狂言 (Kyogen) の関係性がヒントになったのかどうかは皆目解らないけれども、『東海道四谷怪談 (Yotsuya Kaidan)』の初演 [1825年 作:四代目鶴屋南北 (Tsuruya Namboku IV)] は、『仮名手本忠臣蔵 (Kanadehon Chushingura)』 [1748年初演 作:二代目竹田出雲 (Takeda Izumo II)・三好松洛 (Miyoshi Shoraku)・並木千柳 (Namiki Senryu)] との入れ子構造で公演された。
それぞれの物語を二部構成と解釈して、2日がかりで上演する事ととし、初日が『仮名手本忠臣蔵六段目:早野勘平住家の場 / 愁嘆場 (Act iv Kampei Harakiri)』 と『東海道四谷怪談三幕:隠亡堀の場 (Act iii The Onbo Canal In Sunamura)』までを上演し、続く2日目に『仮名手本忠臣蔵七段目:祗園一力の場 / 茶屋場 (Act iiv Gion Ichiriki Jaya)』以降 と『東海道四谷怪談三幕:隠亡堀の場 (Act iii The Onbo Canal In Sunamura)』以降を上演、そしてふたつの物語の大団円として『仮名手本忠臣蔵第十一段目大切:師直屋敷討ち入りの場 (Act ix)』を演じたのである。
つまり、『仮名手本忠臣蔵 (Kanadehon Chushingura)』の外伝という世界観をもつこの怪談を、本編である『仮名手本忠臣蔵 (Kanadehon Chushingura)』の幕間劇 / インテルメディオ (intermedio) として上演したのである。
さて、この幕間 (Intermission / interval / Interlude) という言葉は、字義どおりに幕と幕の合間、つまり、演劇等での第○幕と第○幕の間の時間の事。最初に書いた様に、ありていに言えば休憩時間である。
だから、本来ならば降りている幕を隔てたあちらもこちらも静かに、その幕が開くのを待ち続けるしかない筈だけれども、実際はそう上手くは往かない。
幕を挟んで片方の側が、衣装合わせや舞台転換でスタッフやらキャストやらが大慌てに奔り回っている一方で、その反対側も、上演されている劇以外の事に夢中なのである。もっとも用足しやあらかじめ手配していた幕の内弁当 (Makunouchi) をかっ喰らうのは生理的な欲求もしくは生物的な欲求を満たしているだけだから、用足しや幕の内弁当 (Makunouchi) は、これからぼくが語ろうとしている"夢中"の埒外ではある。
つまり、幕間 (Intermission / interval / Interlude) になると、いままでひた隠しに行われて来た事柄が、あからさまに露見してしまう、という事なのだ。例えば、観客席に灯りが点された途端に屍体がひとつ顕われて観劇中に行われた殺人事件が発覚したり、同伴で観劇していた人物が忽然と姿を消してしまっていて、その失踪者は恋の逃避行や政治的亡命の為に一路国境をめざしていたり、ある意味であり得ない事が起きてしまうのがこの幕間 (Intermission / interval / Interlude) という時間なのだ。ミステリもあればロマンスもあるし、政治的な駆け引きもあればホラーもある。
そして勿論、幕の内弁当 (Makunouchi) を依頼した芝居茶屋のもうひとつの采配で、何処とも知れぬところでしっぽりと恋を語らい情事に耽る事だってありうる訳だ。
それが幕の一方の側だけの事件であれば、時と場合によっては何処とも知れぬ誰かがもみ消してくれる。しかし、往々にしてそれは、その幕の反対側にいる劇のスタッフやキャストも巻き込んだ形となって発覚してしまうのだ。殺人事件の被害者や加害者がその中に紛れ込んで居たり、恋の逃避行や政治的亡命の一方の主役もまた、上演されるべき演劇の主演女優である場合だっておかしくはない。
勿論、本来ならば幕の内弁当 (Makunouchi) と観客席の采配が本業の、芝居茶屋がそこに関わり大きな役を演じている場合だってあるのだ。
例えば、1714年の江島生島事件 (Ejima-Ikushima Affair) の発端となったのが、山村座 (Yamamuraza) での観劇後に行った芝居茶屋での宴席 [艶席かもしれないけれども] であって、そこから起こる顛末を基に、歌舞伎 (Kabuki)『絵島生島 (Ejima-Ikushima)』 [1913年初演 作:長谷川時雨] を始め、いくつもの物語が産み出されてゆく。
と、いうようなドラマツルギーが成立するのであるならば、本編よりもむしろ幕間 (Intermission / interval / Interlude) の方がドラマティックであるしスリリングですらある。
いや、なにも殺人事件や恋の逃避行や政治的亡命が行われなくても、たまたま同伴したパートナーが、別のパートナーを連れていた恋人と遭遇して、気まずい雰囲気になってしまった、なんて事はざらだろう。そこを修羅場にするのかオトナの態度で無難に回避するのかは、その幕間 (Intermission / interval / Interlude) の主役である四人次第だ。
だから、これまで様々なメディアを通じて発表された作品の中に、上の様な物語はいくつもいくつも散見されるだろう。勿論、それが物語の主要な舞台設定であるとは限らない。ほんのちいさなエピソードのひとつだったり、物語の導入部でしかないかもしれない。
でもそこから産まれるドタバタや、機微な感情の揺らめきばかりを描く創作者も多くいるのである。ぼくから観れば、かのロバート・アルトマン (Robert Altman) や三谷幸喜 (Kohki Mitani) あたりは、そんな次から次へと持ち上がる幕間 (Intermission / interval / Interlude) の出来事だけで物語を綴り続けている様に観えて仕方ない。
何故ならば、それらの物語は登場人物総てが主人公であると同時に、その主人公達は、だれか他の登場人物達が演じる物語の脇役となってしまうからなのだ。
そう言えば、ぼくが上京してようやくその地での生活に慣れ始めた頃の事である。
馴染みのレコード店や足げに通う映画館も出来始めた頃の事。ライヴハウスでお目当てのバンドを観たいという欲求がありつつも、当時は1980年代ハードコアの全盛期。大雑把に言うと、東京ロッカーズ (Tokyo Rockers) の時代とインディーズ御三家の時代の丁度、端境期の頃である。ナゴム・ギャルやトランス・ギャルと呼ばれる少女達が跳梁しだす直前の時季だ。
ある意味で、最もライヴハウスが荒れていた時代でもあったし、逆に言えば、最もライヴハウスがライヴハウスらしい佇まいを観せていた時代である。
ぼくの本音としては、バンドは観たいが客は怖いという面持ちだった。
だが、ふとした弾みでこういう証言 [??] を聴いたのである。
彼奴等はライヴハウスにトモダチを捜しに行っているんだ、と。
普段からああいう恰好をしている輩達だから、日常的につきあいのある友人はひとりもいない。だけれども、ライヴハウスに行けば、己と共通の会話が成立するモノに出逢える可能性がある。だから、奴らはあそこでつるんでいるんだよ。
この証言 [??] を聴いた当時、この発言の正否は別にして、凄まじくやりきれない感覚に襲われた記憶がある。
その感覚のやるせなさがどおゆうものかはさておき、要は、この本稿の趣旨に則って言い換えてみれば、ここでもまた、本編である音楽やパフォーマンスを観るのが必ずしも主目的ではなくて、幕間 (Intermission / interval / Interlude) での知人友人との交流がメインなのだ、と。

上の掲載画像は、ピエール=オーギュスト・ルノワール (Pierre-Auguste Renoir) の『桟敷席 (La Loge)。
画面中央の女性はともかくとしてもその後ろに控えている男性は、なにをしているのか。どこに視線を向けているのか。これも幕間 (Intermission / interval / Interlude) ならではの光景だろう。
と、無理矢理に纏めてしまう [開演直前の光景かもしれないからね]。
附記:
上にだらだらと書き綴った事柄の要所だけを抉り抜いた様な文章が、岸田國士 (Kunio Kishida) にある。題名は文字通りの『幕間』。
と、言う事で今回のこの記事自体が、幕間 (Intermission / interval / Interlude)。休憩です。
次回は「い」。
と終えてしまってもいいのかもしれないけれども、流石に気がひける。
だから、もう少し続けよう。
と、言うネタは、以前どこかでやってしまった様な気もするのだけれども、その辺は気にしない。演劇だってなんだって、再演というものはつきものだ。
ところで、幕間 (Intermission / interval / Interlude) って、確かエリック・サティ (Erik Satie) だったよね、というところから書き出すと話がややこしくなりそうだけれども、このネタの、他に良いネタの切り出し方が思いつかないから、ここから書き綴る事にする。
エリック・サティ (Erik Satie) の『幕間 / Entr'acte』と書いてみてはしたけれども、映像作品は総て監督のモノであるという原則に照らし合わせれば、正しくはエリック・サティ (Erik Satie) の『幕間 / Entr'acte』ではなくて、ルネ・クレール (Rene Clair) 監督の『幕間 / Entr'acte』 [1924年制作] というべきなのだ。
どんなに主演女優がすばらしくても、特撮映像が素晴らしくても、その映画はその女優のものでも特技監督のものでもないのだ。勿論、"女優の"映画や"特撮の"映画はあるけれども、その映像作品をそう仕立て上げたのは監督であるし、その映像作品を創り上げた栄誉も責任も場合によっては恥も失敗も、監督が負うべきだし、負わなければならない筈なのだ。と、いう事を書き出すと際限がなくなるから、まぁ、そんなもんだと思っていてくれればいい。
だがしかし、この映画『幕間 / Entr'acte』は、エリック・サティ (Erik Satie) のバレエ『本日休演 / Relache』 [1924年初演] の第一幕と第二幕の間、つまり文字通りの幕間 (Intermission / interval / Interlude) で上演する為に制作されたものだから、あながち"エリック・サティ (Erik Satie) の"という枕詞は無茶でも無理でも無謀でもない。
この"エリック・サティ (Erik Satie) の"『幕間 / Entr'acte』、本編であるバレエの休憩時間中に映画を上演するという試みは、斬新なものの様に観えるけれども、起用された表現媒体が映画だったから新しいのであって、演劇公演の休憩時間中、つまり幕間 (Intermission / interval / Interlude) になにかをする、本編とは異なる創作物を呈示するという行為自体は決して目新しいものではないのだ。
幕間劇 / インテルメディオ (intermedio) と呼ばれる、ルネサンス以降から16世紀にかけて盛行を極めたもので、幕間 (Intermission / interval / Interlude) の時間に、音楽やダンス・パフォーマンスが繰り広げられるものがある。
当初は即興演奏や、当時流行っていた既発表楽曲もしくは劇中に使用される音楽等を奏でたりそれに合わせてのパフォーマンスをしていたらしい。しかし、時代を経るに従って、幕間劇 / インテルメディオ (intermedio) 専用の音楽やパフォーマンスがあらかじめ用意されて演目として公演される様になって来る。そして、その幕間劇 / インテルメディオ (intermedio) がさらに複雑になっていて、劇中劇 (Story Within A Story) として演じられたりした為に、本編の添え物から独立した演目としての機能を持つ様になる。
そして、その結果であり成果として、演劇と音楽が一体化して融合した演目、オペラ (Opera) が生成されたのである。
個人的な感慨をここで書いておくと、サイド・ディッシュや付け出しの様な添え物がいつのまにやらメイン・ディッシュである総合芸術にまで出世してしまった様な感があるのだけれども、それはもしかしたら、演劇の出自が持つ宿命的なものかもしれない。何故ならば、現在では重要無形文化財であり世界無形遺産 (Intangible Cultural Heritage) という地位にある歌舞伎 (Kabuki) ですらも、その最初は河原乞食とも呼ばれる様な出雲阿国 (Izumo no Okuni) が始めたものなのだから。
つまり、"エリック・サティ (Erik Satie) の"『幕間 / Entr'acte』は、演劇の原初の形へ回帰しようとする先祖帰りの様な試みであって、その試みの為に当時の最先端のメディアである映画が起用された、という訳なのである。
と、いう様な、海の彼方の演劇の歴史と似た様なものは、我が国にもある。
それは能 (Noh) と狂言 (Kyogen) である。あえてどちらが主でどちらが従であるとは言及しないけれども、それぞれがそれぞれの幕間劇 / インテルメディオ (intermedio) の様相を呈しているのはご存知の通り。と、さらっと語り逃げようとするのは、その成立過程がよく解らないからなのだ。
能 (Noh) に関しては世阿弥元清 (Zeami Motokiyo) の『風姿花伝 / 花伝書 (Fushi Kaden / Kadensho)』というテキストがあるのだけれども、狂言 (Kyogen) に関してはそれに匹敵するものは一般的なものとしては、ない。勿論、各流派ごとの秘伝書の類は存在しているのだろうけれども、『風姿花伝 / 花伝書 (Fushi Kaden / Kadensho)』に能 (Noh) の成立の歴史的記述がない様に、それらの秘伝書にも狂言 (Kyogen) の歴史的見識は多分、ないだろう。
まぁ、いずれにしても、能 (Noh) と狂言 (Kyogen) がふたつ合わせの鏡の様な幕間劇 / インテルメディオ (intermedio) としてなぜ上演される様になったのか、その答えを今のぼくの許にはない。
そうして、その能 (Noh) と狂言 (Kyogen) の関係性がヒントになったのかどうかは皆目解らないけれども、『東海道四谷怪談 (Yotsuya Kaidan)』の初演 [1825年 作:四代目鶴屋南北 (Tsuruya Namboku IV)] は、『仮名手本忠臣蔵 (Kanadehon Chushingura)』 [1748年初演 作:二代目竹田出雲 (Takeda Izumo II)・三好松洛 (Miyoshi Shoraku)・並木千柳 (Namiki Senryu)] との入れ子構造で公演された。
それぞれの物語を二部構成と解釈して、2日がかりで上演する事ととし、初日が『仮名手本忠臣蔵六段目:早野勘平住家の場 / 愁嘆場 (Act iv Kampei Harakiri)』 と『東海道四谷怪談三幕:隠亡堀の場 (Act iii The Onbo Canal In Sunamura)』までを上演し、続く2日目に『仮名手本忠臣蔵七段目:祗園一力の場 / 茶屋場 (Act iiv Gion Ichiriki Jaya)』以降 と『東海道四谷怪談三幕:隠亡堀の場 (Act iii The Onbo Canal In Sunamura)』以降を上演、そしてふたつの物語の大団円として『仮名手本忠臣蔵第十一段目大切:師直屋敷討ち入りの場 (Act ix)』を演じたのである。
つまり、『仮名手本忠臣蔵 (Kanadehon Chushingura)』の外伝という世界観をもつこの怪談を、本編である『仮名手本忠臣蔵 (Kanadehon Chushingura)』の幕間劇 / インテルメディオ (intermedio) として上演したのである。
さて、この幕間 (Intermission / interval / Interlude) という言葉は、字義どおりに幕と幕の合間、つまり、演劇等での第○幕と第○幕の間の時間の事。最初に書いた様に、ありていに言えば休憩時間である。
だから、本来ならば降りている幕を隔てたあちらもこちらも静かに、その幕が開くのを待ち続けるしかない筈だけれども、実際はそう上手くは往かない。
幕を挟んで片方の側が、衣装合わせや舞台転換でスタッフやらキャストやらが大慌てに奔り回っている一方で、その反対側も、上演されている劇以外の事に夢中なのである。もっとも用足しやあらかじめ手配していた幕の内弁当 (Makunouchi) をかっ喰らうのは生理的な欲求もしくは生物的な欲求を満たしているだけだから、用足しや幕の内弁当 (Makunouchi) は、これからぼくが語ろうとしている"夢中"の埒外ではある。
つまり、幕間 (Intermission / interval / Interlude) になると、いままでひた隠しに行われて来た事柄が、あからさまに露見してしまう、という事なのだ。例えば、観客席に灯りが点された途端に屍体がひとつ顕われて観劇中に行われた殺人事件が発覚したり、同伴で観劇していた人物が忽然と姿を消してしまっていて、その失踪者は恋の逃避行や政治的亡命の為に一路国境をめざしていたり、ある意味であり得ない事が起きてしまうのがこの幕間 (Intermission / interval / Interlude) という時間なのだ。ミステリもあればロマンスもあるし、政治的な駆け引きもあればホラーもある。
そして勿論、幕の内弁当 (Makunouchi) を依頼した芝居茶屋のもうひとつの采配で、何処とも知れぬところでしっぽりと恋を語らい情事に耽る事だってありうる訳だ。
それが幕の一方の側だけの事件であれば、時と場合によっては何処とも知れぬ誰かがもみ消してくれる。しかし、往々にしてそれは、その幕の反対側にいる劇のスタッフやキャストも巻き込んだ形となって発覚してしまうのだ。殺人事件の被害者や加害者がその中に紛れ込んで居たり、恋の逃避行や政治的亡命の一方の主役もまた、上演されるべき演劇の主演女優である場合だっておかしくはない。
勿論、本来ならば幕の内弁当 (Makunouchi) と観客席の采配が本業の、芝居茶屋がそこに関わり大きな役を演じている場合だってあるのだ。
例えば、1714年の江島生島事件 (Ejima-Ikushima Affair) の発端となったのが、山村座 (Yamamuraza) での観劇後に行った芝居茶屋での宴席 [艶席かもしれないけれども] であって、そこから起こる顛末を基に、歌舞伎 (Kabuki)『絵島生島 (Ejima-Ikushima)』 [1913年初演 作:長谷川時雨] を始め、いくつもの物語が産み出されてゆく。
と、いうようなドラマツルギーが成立するのであるならば、本編よりもむしろ幕間 (Intermission / interval / Interlude) の方がドラマティックであるしスリリングですらある。
いや、なにも殺人事件や恋の逃避行や政治的亡命が行われなくても、たまたま同伴したパートナーが、別のパートナーを連れていた恋人と遭遇して、気まずい雰囲気になってしまった、なんて事はざらだろう。そこを修羅場にするのかオトナの態度で無難に回避するのかは、その幕間 (Intermission / interval / Interlude) の主役である四人次第だ。
だから、これまで様々なメディアを通じて発表された作品の中に、上の様な物語はいくつもいくつも散見されるだろう。勿論、それが物語の主要な舞台設定であるとは限らない。ほんのちいさなエピソードのひとつだったり、物語の導入部でしかないかもしれない。
でもそこから産まれるドタバタや、機微な感情の揺らめきばかりを描く創作者も多くいるのである。ぼくから観れば、かのロバート・アルトマン (Robert Altman) や三谷幸喜 (Kohki Mitani) あたりは、そんな次から次へと持ち上がる幕間 (Intermission / interval / Interlude) の出来事だけで物語を綴り続けている様に観えて仕方ない。
何故ならば、それらの物語は登場人物総てが主人公であると同時に、その主人公達は、だれか他の登場人物達が演じる物語の脇役となってしまうからなのだ。
そう言えば、ぼくが上京してようやくその地での生活に慣れ始めた頃の事である。
馴染みのレコード店や足げに通う映画館も出来始めた頃の事。ライヴハウスでお目当てのバンドを観たいという欲求がありつつも、当時は1980年代ハードコアの全盛期。大雑把に言うと、東京ロッカーズ (Tokyo Rockers) の時代とインディーズ御三家の時代の丁度、端境期の頃である。ナゴム・ギャルやトランス・ギャルと呼ばれる少女達が跳梁しだす直前の時季だ。
ある意味で、最もライヴハウスが荒れていた時代でもあったし、逆に言えば、最もライヴハウスがライヴハウスらしい佇まいを観せていた時代である。
ぼくの本音としては、バンドは観たいが客は怖いという面持ちだった。
だが、ふとした弾みでこういう証言 [??] を聴いたのである。
彼奴等はライヴハウスにトモダチを捜しに行っているんだ、と。
普段からああいう恰好をしている輩達だから、日常的につきあいのある友人はひとりもいない。だけれども、ライヴハウスに行けば、己と共通の会話が成立するモノに出逢える可能性がある。だから、奴らはあそこでつるんでいるんだよ。
この証言 [??] を聴いた当時、この発言の正否は別にして、凄まじくやりきれない感覚に襲われた記憶がある。
その感覚のやるせなさがどおゆうものかはさておき、要は、この本稿の趣旨に則って言い換えてみれば、ここでもまた、本編である音楽やパフォーマンスを観るのが必ずしも主目的ではなくて、幕間 (Intermission / interval / Interlude) での知人友人との交流がメインなのだ、と。

上の掲載画像は、ピエール=オーギュスト・ルノワール (Pierre-Auguste Renoir) の『桟敷席 (La Loge)。
画面中央の女性はともかくとしてもその後ろに控えている男性は、なにをしているのか。どこに視線を向けているのか。これも幕間 (Intermission / interval / Interlude) ならではの光景だろう。
と、無理矢理に纏めてしまう [開演直前の光景かもしれないからね]。
附記:
上にだらだらと書き綴った事柄の要所だけを抉り抜いた様な文章が、岸田國士 (Kunio Kishida) にある。題名は文字通りの『幕間』。
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