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2011.08.31.00.36

『ほぼ日刊イトイ新聞』で第93回全国高等学校野球選手権福島大会を追った記事『福島の特別な夏。』を読む:拾遺篇

あらかじめ断っておきます。以下の文章は、『ほぼ日刊イトイ新聞』に掲載された『福島の特別な夏。』を読んだ事を前提にしてあります。
ご了承願います。

ちなみにぼくが書いた、この連載への感想は以下の頁にあります。
なお、こちらの駄文群は必読ではありませんので、ご随意に願います。

福島県大会篇
甲子園大会篇
拾遺篇 この記事です。

#16 聖光学院対金沢』の記事が掲載された時点で、『福島の特別な夏。』は終り、その連載も無事に終了出来た筈です。
しかし、その後に計三回の記事が掲載されました。

それでは『福島の特別な夏。』を拡大解釈して、決勝まで駒を進めた光星学院を追いかけたのかというと、そうではありません。
しかも、その決勝の当日の出来事を記事にした『#18 第93回全国高等学校野球選手権大会』が掲載された8月25日を越えて、8月30日に最期の記事『"19 おわりに』が掲載されたのです。

それは永田泰大記者が『#13 飯館村、南相馬市、いわき市』で「この連載には、どうしても軸が2本ある。いや、軸が2本あるからこそ、この連載ははじまって、こうして続いているともいえる」と書いている様に、この記事には野球と"福島"のふたつがあるからです。と、言うか厳密な表現をすれば、そういうハードルを永田泰大記者自らが設けて、この連載を始めたからなのです。

#18 第93回全国高等学校野球選手権大会』の記事が掲載された時点で、例え『第93回全国高等学校野球選手権』が無事に終わったとしても、筆者である永田泰大記者には、この連載を終わらさせる前にやらなければならない事があったのです。

ひとつには、『#16 聖光学院対金沢』の前日に"取材"を行い、その当日に掲載した『#15 警戒区域 その1』の続きです。
その記事を読んだ当日、ぼくが不思議に思ったのは、なぜ『その1』として、記事に継続性を持たせたのだろうか、という事でした。
半径20キロ圏内の警戒区域での"取材"の成果が質量ともに膨大であるとか、サイトの更新の締切時間に間にあわない、というのは理由にならない、と思います。少なくとも、後者に関して言えば、この連載の渦中、更新時間 [午前11:00] を過ぎた後でも、随時、追加更新をしていた筈なのです。ぼくの記憶に誤りがなければ『#11 須賀川対小高工』の時です。
それに、そもそもの話をすれば、この記事に、リアルタイムな報道性は、読者の誰も、要求していないと思えるのです。
永田泰大記者というひとりの人物のひとつの視点が、なにを観、なにを考え、なにを追い求めたか、それだけを読者は読みたい筈なのです。
だから、聖光学院が敗退した翌日に『#16 聖光学院対金沢』の記事ではなくて、『#15 警戒区域 その1』の続きが『その2』として掲載されていても、一向に構わなかったと思います。

だから、ぼくはそこで抱いた不信感を前回の記事で表明したのです。

だが、それも連載を終えた今、あらためて連載記事全文を読んでみると、その事は必ずしも大きな瑕疵ではないのかもしれません。何故ならば8月18日付けで『#17 警戒区域 その2』という記事の中で、その後が掲載されているからです。

ところで、『#18 第93回全国高等学校野球選手権大会』の記事には、印象的な記載があります。
それは、事件の発端である福島第一原発を撮影した際のエピソードです。
これを読んで憶い出したのが『#12 聖光学院対須賀川』です。そこに記述された、黙祷に関するエピソードを、ぼくは憶い出したのです。
前者は撮影し、後者は撮影をやめた、という事ではありません。
どちらも促されるままに、その指示や好意に従った、という事なのです。
ただ、違うのは『#12 聖光学院対須賀川』では、その後に自身のとった行動に関して逡巡もあり、考察もあるのだけれども、『#18 第93回全国高等学校野球選手権大会』で書かれた福島第一原発撮影のエピソードには、それがない、という事なのです。
撮影しなかった事を褒めるつもりも、撮影した事を難じるつもりもありません。
ただ、野球という現場での対応と"福島"という現場での、永田泰大記者自身の対応の違いをそこに見出せる、という事なのです。それはそのまま、野球に対する認識と"福島"に対する認識の深さの差異だと解ります。

だから例えば。

この連載を読んで、野球とか高校野球の新たな魅力を知ったヒトは多いと思います。いつもと異なる環境、しかも過酷な環境下で行われる試合を、戸惑いつつ躊躇いつつ観戦して行く過程で、次第に試合そのものにのめり込んで行きます。しかも、のめり込んで行くだけでなくて、不意に、野球を観なければ発見出来ない事をきちんと伝えてくれるのです。
野球に不案内なヒトにとっては、攻守を切り替える事の意味や、両者互いに九回まで戦わなければならないルールとか、バットだのグラブだの無闇矢鱈と用具が必要な経済的な条件とか、その総ては疎ましくて、否定的な見解を促される事象となる場合もあります。
しかし、それが永田泰大記者のこの連載を読んで行くと、総てが必要なものであり、しかも、必要である以上のもの素晴らしいものと気づかされるのです。

だがその一方で、もうひとつの柱である"福島"に関していえば、その様なモチベーションを読者に与えるに至っていない様に思えます。
永田泰大記者のこころの動きにあわせてこの連載を通じて、野球に魅入っていく読者は、永田泰大記者のこころの動きにあわせて、"福島"に直面して呆然と立ち尽くしてしまうのではないのでしょうか。
極論を言えば、この記事を読んだ翌日からキャッチボールを始めるヒトビトがいてもおかしくない程に、気持ちだけ"福島"に置き去りにされて途方に暮れてしまうヒトビトもいるのではないでしょうか。
野球に比して、"福島"がとてつもなく巨きな存在で、巨きな問題を孕んでいるから、というのは理由にはならない、と思います。何故ならば、永田泰大記者自身が「この連載には、どうしても軸が2本ある」という問題提起を己の中に抱え込んでから、総てが始っているからです。
抱え込まないでやり過ごす方法もあれば、野球とは全く別の切り口で記事化する方法はいくらでもある筈なのです。
それをしない、出来ないのが、良くも悪くも、永田泰大記者の語り口なのでしょうか。

だから、半径20キロ圏内の警戒区域を観る為にミグノンのボランテイア活動に参加した永田泰大記者が、現在でもその活動を継続していると書いてある事は、ある意味で、読者にとって具体的で且つ重要なメッセージであると言えると思います。

ぼく自身にとっては、この連載の中で、最も大事なシーンは、先程記した黙祷のエピソードと福島第一原発のシーンだと思えます。
それぞれの局面で、どういう行動をすべきなのか、どこにこころのありどころがあるべきなのか、それをもっとじっくりと考えるべきだと思います。それは野球や"福島"に限らず、日々の生活の中のあらゆる場面でありえると思います。
最も、永田泰大記者自身は、解答とは言えないまでもヒントに近いものは既に入手している様です。それは、彼を半径20キロ圏内の警戒区域へと引率したミグノン友森玲子氏の発言です。『"19 おわりに』に記載されています。

最期に、永田泰大記者への要望を書いておきます。
福島の夏が再び経巡る前に、永田泰大記者がその後も継続して行っているボランティア活動も随時、記事化していってはどうでしょうか。
実際に活動している方々に対して凄い失礼な物言いをしてしまえば、ボランティアに関してヒトがとる態度は、無目的に肯定する意思か、もしくは、完全な無視のいずれかのひとつだと思うのです。
そういう点では、迷い悩みながらも行動する永田泰大記者の記述は、ボランティアというものに新しい視点を与える様な気がしてならないのです。
もちろん、その視点は、被災地とか原発とか"福島"というモノを考えるよすがにもなり得ると思えますし、それとは異なる局面にも当て嵌まる様な気がするのです。
ご検討願います。
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