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2011.08.21.19.19

『クイーン II (Queen II)』 by クイーン (Queen)

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もしも仮に、彼らが本作品とこれを継承する同傾向の作品群だけを遺して、解散してしまっても、彼らとこの作品は、きちんとした評価を与えられて、ロックの歴史の中に収まるべき場所を見出したに違いないのだ。
例えそれが、音楽的な実績や評価とは隔たった、ビッグ・イン・ジャパン (Big In Japan) と揶揄される、十代の少女達の熱狂的な支持だけをとりだしても、である。

しかし、実際には、バンドはこの作品から遥かに遠い旅路へと歩み続け、そしてそれと同時に遥かなる高みへとも到達してしまう。

では、この作品はその起点なのかと問われれば、それに対する回答は、呂律が廻らないものとなるだろう。
この作品には確かに、後に昇華されるべき、バンドの総てのエッセンスが濃縮されているのに違いないのだけれども、決して原点でも出発点でもターニング・ポイントでもないのだ。

では、一体、これはなんなのだろうか。

クイーン (Queen) の歴史は、フレディ・マーキュリー (Freddie Mercury) の容姿の歴史である。
と、断言するのは過言だろうか。
彼の早すぎる死のイメージが強すぎるせいもあると思うのだけれども、彼の名前を聴いて殆どのヒトビトが思い浮かべるその容姿は、晩年のものに違いない。
でも、最初に彼らに出逢った頃の、彼の容姿を憶い浮かべてもらうと、ヒトそれぞれ、千差万別な気がするのだ。

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例えば本作品のヴィジュアル・イメージの許となった、ミック・ロック (Mick Rock) 撮影のふたつのヴィジュアル・イメージを観て、それを違和感なく素直に受け入れられるヒトは、彼らのデヴュー当時からのファンに違いないのだ。
晩年のフレディ・マーキュリー (Freddie Mercury) のイメージに引きずられてしまえば、彼を発見出来ないかもしれない。と、言うのは大袈裟かもしれないけれども、それ程、このホワイト・クィーン(White Queen) [写真:左] とブラック・クィーン (Black Queen) [写真:右] でのイメージは、"今の"ものと遥かに異なるのだ。
尤も、逆から観れば、ブライアン・メイ (Brian May) とロジャー・テイラー (Roger Taylor) の変わらなさにも愕然とさせられてしまう訳だけれどもね [経年劣化は否定出来ないけれども、それを言い出すと、この駄文を読んでいるあなた自身の容姿にも言及せざるを得ないでしょう!?]。

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ぼく個人のこのバンドの受容の歴史 [?] は、既にこちらで書いてあるのだけれども、その時の印象で言えば、『ジャズ (Jazz)』[1978年発表]] あたりでの、ブラック・レザーを基調としたSMチックな意匠が一番、馴染みがある。フレディ・マーキュリー (Freddie Mercury) と言えば、ぼくはこの時の彼なのだけれども、バンドの歴史を繙くと、意外と短期間だったりして唖然としてしまう。まもなくすると、後期フレディ・マーキュリー (Freddie Mercury) のシンボルとでも呼ぶべき、口髭を蓄え始めるからだ。
ところでこのヴィジュアル・イメージは当時、話題となっていたアル・パチーノ (Al Pacino) 主演の映画『クルージング (Cruising)』 [ウィリアム・フリードキン (William Friedkin) 監督作品 1979年制作] の意匠を採用した、その物語の背景となったゲイ・カルチャーへの目配せかと思っていたら、後年フレディ・マーキュリー (Freddie Mercury) が真性だと知って、驚いた記憶がある。

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と、言うのも、それ以前からフレディ・マーキュリー (Freddie Mercury) のステージ・コスチュームとその佇まいは、『マカロニほうれん荘』 [鴨川つばめ作 19771979年連載] でパロディのネタと化していたからである。
彼ら自身 [って言っていいのかな] も、その第五話『華麗なるアイスコーヒー』に姫野かおりが経営する喫茶店アップルハウスへ顕われた高校生四人組として登場している。
しかし、それ自体はたいした事ではない。

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三人組のひとりであるきんどーちゃんこと金藤日陽と彼らの担任であるクマ先生こと後藤熊男が、今で言うところの彼のコスプレをよく行っていたのである。ちなみに、ふたりはかつての同級生で共に [当時] 40歳。
終始、お姐ぇ言葉を操るきんどーちゃんはともかく、三人組にノせられて暴走してしまうクマ先生も、その時は何故か、お姐ぇ言葉を使う。
もしもフレディ・マーキュリー (Freddie Mercury) が現存しているのでいるならば、きんどーちゃんやクマ先生並の、中年体系でキツキツのタイツ姿でライヴ・パフォーマンスをしていたのかもしれない。そんな妄想の上に、彼の真の性向を知ってしまったら、文字通りにも洒落が洒落でなくなってしまったのである。
上に掲載するのは、クマ先生の決め台詞『ステキよぉ!お客さん!!』 [画面:左] ときんどーちゃんのゴリラダンス [画面:右]。ふたり共、もろフレディ・マーキュリー (Freddie Mercury) なアルルカンなタイツ姿のコスプレもしている描写もある筈なのだけれども、ネット上ではこれしか発見出来ませんでした。興味のある方は、原典である『マカロニほうれん荘』 [鴨川つばめ作 19771979年連載] に当たってみて下さい。

と、フレディ・マーキュリー (Freddie Mercury) のヴィジュアル・イメージに終始してこの記事を終わらせてもいいのかもしれないのだけれども、流石にそおゆう訳にもいかない。
音楽そのものの話も少しする。

クイーン (Queen) の歴史は、フレディ・マーキュリー (Freddie Mercury) の容姿の歴史である。
しかし、音楽面に関して言えば、ジョン・ディーコン (John Deacon) の音楽的な主張の歴史でもある。
彼がいなければ彼らの最初のシングル・ヒットである『マイ・ベスト・フレンド (You're My Best Friend)』 [『オペラ座の夜 (A Night At The Opera)』収録 1975発表] や彼らの最大のヒット曲である『地獄へ道づれ (Another One Bites The Dust)』 [『ザ・ゲーム (The Game)』収録 1980年発表] もなければ、その『地獄へ道づれ (Another One Bites The Dust)』 [『ザ・ゲーム (The Game)』収録 1980年発表] で道連れにされた結果としての、バンド史の中での一際異彩を放つ『ホット・スペース (Hot Space)』 [ 1982年発表] もなかっただろう。

本作品『クイーン II (Queen II)』 [1974年発表] は、LPで言うところのアルバム片面をホワイト・サイド、遺り片面をブラック・サイドとしたトータル・コンセプト作品である。しかも、前者はブライアン・メイ (Brian May) の楽曲 [『ルーザー・イン・ジ・エンド (The Loser In The End)』のみロジャー・テイラー (Roger Taylor) の作] が並び、後者にはフレディ・マーキュリー (Freddie Mercury) の楽曲が並ぶ。
バンドの二面性を殊更に強調した作品ではあって、バンド初期の傑作ではあるのだけれども、クイーン (Queen) の真性はまだ顕示されていないのだ。
この作品全体を使って試みて得た成果をひとつの楽曲へと濃縮すれば『ボヘミアン・ラプソディ (Bohemian Rhapsody)』 [『オペラ座の夜 (A Night At The Opera)』収録 1975発表] に醸造出来る訳だし、それとは逆に作品の一隅を成すひとつの要素だけを還元すれば、この後に百花繚乱する多種多様なヴァラエティ豊かな楽曲群が構築出来るのだ。
その触媒としての役割をジョン・ディーコン (John Deacon) が果たしていると観るのは穿ったものなのだろうか。

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最期に、この作品に収録された楽曲『フェアリー・フェラーの神技 (The Fairy Feller's Master-Stroke)』について。
この曲は、リチャード・ダッド (Richard Dadd) が描いた『お伽の樵の入神の一撃 / The Fairy Feller's Master-Stroke』にインスパイアされたものである。
何処とも知れぬ叢の中に集う妖精達の振舞を描いたこの作品、なにかに似ていると思わないか。
そこがどこでありだれがいてなにがおこなわれようとしているのか、それを峻別するのは極めて難しい。この作品を観る事は、あたかも自らが息を潜めて膝をつき、叢の中を覗き込む様にして望まなければ決して、ここに描かれているモノゴトは観えて来ない。中心もなければ周縁もなく人物と背景も混濁して隠されている。
この作品の中に、狂える様な偏執的な執着を見出すのは可能だ。そして、その理由を精神的な疾患から殺人を犯してしまい、その終生の大半を病棟で暮した画家の生涯を知ると、なんとなくぼく達は安心してしまうのである。何故ならば、この作品から感じ取れる、禍々しい気配には、19世紀末以降に登場した幾つもの表現形式とは無縁のものに基づいていると思わざるを得ないからなのだ。
そして、その禍々しさは、それはある意味で、当時のクイーン (Queen)・サウンドの理解し難さや近寄り難さに似ているのかもしれない。
理解し難さや近寄り難さと聴くと奇異な印象を抱いてしまうかもしれないが、例えば、「ノー・シンセサイザー (No Synthesisers!)」というこだわりである。このクレジットには今や時代的な歴史的な風情でしかありえないのだけれども、ある意味で、他のアーティスト達と自身を明確に差別化していた言葉である。
"テープがすり切れてしまう程に幾重にも重ねられた"と言う表現が常句として定型化した彼らのコーラス・ワークは、パラノイアックであると同時に、グロテスクとも呼べる過剰な美意識がひしめいていたのであった。

その過剰な美意識を極限まで追求したのが本作だとしたら、その美意識が崩壊して行く過程が彼らの音楽の歴史なのかもしれない。
その結果,彼らが得たのは、大衆的な支持である訳だけれども。

何故ならば、彼らの音楽を骨格だけに剥いでしまった様な、『ウィ・ウィル・ロック・ユー (We Will Rock You)』 [『世界に捧ぐ (News Of The World)1977年発表] が世界中で、最も愛唱されている楽曲なのだから。
重いリズムと解りやすいメロディと単純でしかも美しいコーラス・ラインだけの楽曲は、ただ、シンプルなメッセージだけを伝える為に、ピッチに立つ選手に向けてスタジアムで合唱される。
そして、そのメッセージに続くのは、ピッチの勝者を讃える『伝説のチャンピオン (We Are The Champions)』 [『世界に捧ぐ (News Of The World)1977年発表] なのだ。スタジアムに集う何万人ものヒトビトに唄われるこの曲は、実は、バンドの美意識の結晶化にすぎないのだし、その元を正せば、産まれも性癖もマイノリティーだったフレディ・マーキュリー (Freddie Mercury) のこころの根底にあるものなのだ [と決めつけるのは短絡な発想として難詰されそうだが]。

おまけ:
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レディー・ガガ (Lady Gaga)の由来となった『レディオ・ガ・ガ- (Radio Ga Ga)』が収録されているアルバム『ザ・ワークス (The Works) 』 [1984年発表] には、メンバーの女装シーンが話題となった『ブレイク・フリー [自由への旅立ち] (I Want To Break Free)』が収録されている [この曲の作者もジョン・ディーコン (John Deacon) だ]。
ゲスト・プレイヤーとして招かれたブライアン・メイ (Brian May) が参加している『ユー・アンド・アイ (You And I)』 [『ボーン・ディス・ウェイ (Born This Way)』収録 2011年発表] では、レディー・ガガ (Lady Gaga) が男装している。
そして、クイーン (Queen) の『バイシクル・レース (Bicycle Race)』 [『ジャズ (Jazz)』収録 1978年発表] とレディー・ガガ (Lady Gaga) の『エレクトリック・バイシクル (Electric Bicycle)』。


ものづくし(click in the world!)107. :
『クイーン II (Queen II)』 by クイーン (Queen)


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クイーン II (Queen II)』 by クイーン (Queen)

1. プロセッション
  Procession (May) 1' 12"
2. 父より子へ
  Father To Son (May) 6' 12"
3. ホワイト・クイーン
  White Queen [As It Began] (May) 4' 33"
4. サム・デイ・ワン・デイ
  Some Day One Day (May) 4' 21"
5. ルーザー・イン・ジ・エンド
  The Loser In The End (Taylor) 4' 01"
6. オウガ・バトル [人喰い鬼の闘い]
  Ogre Battle (Mercury) 4' 07"
7. フェアリー・フェラーの神技
  The Fairy Feller's Master-Stroke (Mercury) 2' 39"
8. ネヴァーモア
  Nevermore (Mercury) 1' 17"
9. マーチ・オブ・ブラック・クイーン
  The March Of The Black Queen (Mercury) 6' 03"
10. ファニー・ハウ・ラヴ・イズ
  Funny How Love Is (Mercury) 3' 14"
11. 輝ける7つの海
  Seven Seas Of Rhye (Mercury) 2' 49"

produced by Roy Thomas Baker and Queen
Track 8 & 10 produced by Robin G. Cable and Queen
Track 9 produced by Roy Thomas Baker, Robin G. Cable and Queen

CREST DESIGN (C) QUEEN PRODUCTIONS LTD 1975

(P) 1974 Original sound recordings made by Trident Audio Productions Ltd
(C) 1974 Queen Productions Ltd

ぼくが所有している国内盤は、増田雄一/ BURRN! (Mar. 1st. 1987 You Masuda) による解説と、山本安見による対訳が掲載されています。
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