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2010.11.30.18.31

ふらんけんしゅたいんのかいぶつ

フンガー

という雄叫びをテレビ番組『怪物くん』 [藤子不二雄 (A)原作 19681969年放映] で聴いたのが最初だったのか、それとも当時の米大統領 (President Of The United States) リチャード・ニクソン (Richard Nixon) [3719691974年就任] が徐々に醜悪な怪物へと変貌を遂げる、マッド・アマノの作品 [確かこれも週刊少年マガジンかなにかのグラビアだと思う] で観たのが最初だったのか。
メアリー・シェリー (Mary Shelley) が創造した怪物 (The Creture) は、いずれにしろパロディ (Parody) だったりコメディ (Comedy) だったりカリカチュア (Caricature) だったりパスティーシュ (Pastiche) だったり、本来の姿形やその中に閉じ込められた内面とは、似ても似つかないモノとして、ぼく達の前に顕われたのだった。

尤もそれはフランケン独りの問題ではなくて、『怪物くん』 [藤子不二雄 (A)原作 19681969年放映] に登場した、主人公怪物太郎に奉仕するふたりの同僚達:ドラキュラやオオカミ男にも内在する、同じ様な問題ではあるのだけれども。
そして、それは恐怖 (Horror) が娯楽 (Entertainment) へと収斂されていく過程で、避けて通れない儀式でもあるのだけれども。

例えば、この数年後に登場するオカルト・ブームスプラッタ・ブームも、その登場時こそ、新しい恐怖を呈示したものの、いつしかそれらは"笑い"となって消費されてゆく。
あぁ、勿論、笑いと恐怖とは元々がそおゆうものである事は事実だ。それは砂村隠亡堀が戸板返しである様に、片方の背面にはもう片方が必ず潜んでいる。それは否定の仕様がないのだ。

とにかく、その怪物 (The Creature) は、物語の中での創造主の名をとって、いつのまにかフランケンシュタイン (Frankenstein)、もしくはフランケン (Franken) と呼び倣わされて行く。

エクソシスト (The Exorcist)』[ウィリアム・フリードキン (William Friedkin) 監督作品 1973年制作] の公開に便乗する様な形で公開されたのが、『フレッシュ・フォー・フランケンシュタイン/悪魔のはらわた (Flesh For Frankenstein / Andy Warhol's Frankenstein)』 [ポール・モリセイ (Paul Morrissey) 監督作品 1973年制作]。アンディ・ウォーホル (Andy Warhol) が一口噛んでいるなんて事は、当時のぼく達は知ったこっちゃなくて [てかアンディ・ウォーホル (Andy Warhol) 自体まだ未知の存在だったし]、単純に、内蔵の中に腕をつっこんでぐっちゃぐっちゃするという描写に、妄想を馳せたものだった。公開時は勿論成人指定だけど、何故、こんな描写が成人指定の憂き目に遭うのかは、当時のぼく達には皆目見当がつかなかった。
なんでこれが成人指定なのか理解出来なかったのかという事は、性のメタファーが理解出来なかったから...という事もその大きな理由だけれども、『エクソシスト (The Exorcist)』[ウィリアム・フリードキン (William Friedkin) 監督作品 1973年制作] が公開時、上映される地域によっては、成人指定だったり年齢制限が課せられていたからだ。公開当時、雑誌やなにかで、いくつもいくつも特集される度に、 [当時] あれはホントに怖かった。
という観点から観れば、内蔵の中に腕をつっこんでぐっちゃぐっちゃは、気持ち悪さはあるのだけれども、そこに恐怖感は見出せなかったのだ。

それに続いて登場するのが『ヤング・フランケンシュタイン (Young Frankenstein)』 [メル・ブルックス (Mel Brooks) 監督作品 1974年制作]、こちらは純粋にボリス・カーロフ (Boris Karloff) 扮する怪物 (The Creature) が登場した三篇の"フランケンシュタイン (Frankenstein)" 映画『フランケンシュタイン (Frankenstein)』 [ジェームズ・ホエール (James Whale) 監督作品 1931年制作]、『フランケンシュタインの花嫁 (Bride Of Frankenstein)』 [ジェームズ・ホエール (James Whale) 監督作品 1935年制作] そして『フランケンシュタインの復活 (Son Of Frankenstein)』 [ローランド・V・リー (Rowland V. Lee) 監督作品 1939年制作] への純粋なパロディという打ち出しだった。"聖典 (The Canon)"に準じてモノクロで撮影されて、"聖典 (The Canon)"で使用された実験室のセットがそのままに再現されたと聴く。

そして、極めつけに登場するのが『ロッキー・ホラー・ショー (The Rocky Horror Picture Show)』 [ジム・シャーマン (Jim Sharman) 監督作品 1975年制作] だ。

と、いう風に観て行くと気がつくのは、ここで採り上げたどの作品も、メアリー・シェリー (Mary Shelley) の『フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス (Frankenstein ; Or The Modern Prometheus)』ではなくて、その映画化作品である『フランケンシュタイン (Frankenstein)』 [ジェームズ・ホエール (James Whale) 監督作品 1931年制作]、『フランケンシュタインの花嫁 (Bride Of Frankenstein)』 [ジェームズ・ホエール (James Whale) 監督作品 1935年制作] そして『フランケンシュタインの復活 (Son Of Frankenstein)』 [ローランド・V・リー (Rowland V. Lee) 監督作品 1939年制作] と、そこに登場する怪物 (The Creature) を演じたボリス・カーロフ (Boris Karloff) に依拠している事だ。
それは、本文冒頭に紹介した『怪物くん』 [藤子不二雄 (A)原作 19681969年放映] のフランケンマッド・アマノのパロディ作品も同様の事だ。

それだけあの風貌の存在感は大きかったのだろう。それを乗り越えんとして、メアリー・シェリー (Mary Shelley) の原作『フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス (Frankenstein ; Or The Modern Prometheus)』に忠実な『フランケンシュタイン (Frankenstein / Mary Shelley's Frankenstein)』 [フランシス・フォード・コッポラ (Francis Ford Coppola) 監督作品 1994年制作] も登場する。

そして映画の制作者達はそれと同時に、彼女がこの小説を書く発端へと興味を向けるのだ。
その一夜とそこから触発されて制作された映像作品を、いずれは詳しく観て観なければならないとは思うのだけれども、それはいずれまたどこかで。

image
上記掲載画像は、以前こちらで紹介した アレア (Area) の『イヴェント '76 (Event '76)』に起用された有名なスチール写真。この写真そのものにもちょっと言及しているので、ご興味のある方は是非。

次回は「」。
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