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2010.11.16.20.46

しゃみっそーのかげをなくしたおとこ

アーデルベルト・フォン・シャミッソー (Adelbert von Chamisso) の中編小説『ペーター・シュレミールの不思議な物語 (Peter Schlemihls wundersame Geschichte)』は、『影を売った男』 [手塚富雄河出書房新社刊] とも『影をなくした男』 [池内紀岩波文庫刊] とも呼ばれている。
ぼくは前者を紹介する文章でその存在を知り、その内容を後者の訳出で実際に読んだ。

志望校の受験に悉く失敗し、浪人生となった頃の事である。地元の予備校に通う事にしたぼくは、午前中は予備校、午後は市営図書館に通う毎日を過ごしていた。
とはいうものの、午前は講師の下らないお喋りにつきあいながら彼が板書する金釘文字をそのまま引き写しているだけ。午後は学習室の一角に己のスペースを確保して、最寄りの繁華街でレコードを漁ったり、書店でコミックス等を立ち読みする毎日だった。
市営図書館に足しげく通っているくせに、そこの蔵書にはめったに手を出さない日々だった。
これが平日、月曜から金曜だ。
土日はなにをしていたかと言うと、午前中は親の目があるから自室に引きこもり、午後になると、気分転換と称してどこかへととんずらしてしまう。しかもその先は、やっぱりレコード店か書店だった。

そんな或る日に見つけたのが、『世界オカルト文学 幻想文学・総解説』 [由良君美著・監修 自由国民社刊] というムックだった。

そこで紹介されている"幻想文学"は多岐に渡り、ギリシア神話の世界 (Greek Mythology) や聖書の一節 (Stories In The Bible) もあれば、ウィリアム・シェイクスピア (William Shakespeare) やヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ (Johann Wolfgang von Goethe) の様な文豪 [世間一般レベルでの] 作品もあれば、御馴染みのファンタジー (Fantasy) もあれば御馴染みの怪談 (Horror Fiction) もあれば、ゴシック・ホラー (Gothic Fiction) の名品もあればシュルレアリスム (Surrealisme) の実験作もある、という具合。
豪華絢爛と言えば豪華絢爛だし、"幻想文学"の定義を誤れば、玉石混淆と言えてしまうかもしれない。お粗末なファンタジー・マニアなんかには到底受け付けられない様な、禍々しくもグロテスクな『夜のみだらな鳥 (El obsceno pajaro de la noche)』 [ホセ・ドノソ (Jose Donoso) 著] なんてものも紹介されている。
いずれにしても"現実"とされる枠組みから一歩外れた領域へと脚を踏み入れた際に観る事の出来るヴィジョン。そこで体験出来るモノやそこで観る事が出来るモノが、そこにひしめき合っていた。
アルフレッド・ジャリ (Alfred Jarry) やルネ・ドーマル (Rene Daumal) やトマス・ピンチョン (Thomas Pynchon) やジョルジュ・バタイユ (Georges Bataille) やピエール・クロソウスキー (Pierre Klossowski) やアンドレ・ピエール・ド・マンディアルグ (Andre Pieyre de Mandiargues) を知ったのもこのムックだし、『ガリヴァー旅行記 (Gulliver's Travels)』 [ジョナサン・スウィフト (Jonathan Swift) 著] や『不思議の国のアリス (Alice's Adventures In Wonderland)』 [ルイス・キャロル (Lewis Carroll) 著] や『二重人格 [分身] (The Double: A Petersburg Poem)』 [フョードル・ドストエフスキー (Fyodor Dostoyevsky) 著] や『デミアン (Demian)』 [ヘルマン・ヘッセ (Hermann Hesse) 著] をそういう物語として読解 / 誤読出来るという事を知ったのもこのムックなのだ。

そして、ぼくはこの本を手がかりにして幻想文学の世界を渉猟し始めたのだ...となれば良かったのだけれども、"現実"はそう簡単には許してくれない。
なぜならば、殆どの書物が入手困難だったり、例え刊行されていたとしても非常に高価だったり、さらには絶版だったりしてたりするのだった。
なにせ、このムックが刊行された時点では『鼻行類―新しく発見された哺乳類の構造と生活 (Bau und Leben der Rhinogradentia)』 [ハラルト・シュテュンプケ (Harald Stumpke) 著] は未訳だったし、ラヴクラフトの全集創元推理文庫で絶賛刊行途中だった [第一巻刊行の1974年からスタートして別巻 下刊行の2007年でようやく完結] し、後にはちくま文庫で手軽に入手出来た『悪魔のような女たち (Les Diaboliques)』 [ジュール・バルベー=ドールヴィイ (Jules Barbey d'Aurevilly) 著] が、国書刊行会の『世界幻想文学大系』シリーズでなければ読めなかった頃の話だ [と、書いてから確認したら、ちくま文庫版は現在、絶版だった]。
その中で、奇跡的...と言うと大袈裟だけれども、凄まじく簡単に入手出来たのが、今回の『影をなくした男』 [池内紀岩波文庫刊] だったのである。なんてったって岩波文庫で数百円なのだ。
とはいうものの、やっぱり奇跡的な修辞句は使いたいな。何故ならば、このムックで紹介されているドゥニ・ディドロ (Denis Diderot) の『ダランベールの夢 (Le Reve de d'Alembert)』 が同じく岩波文庫から刊行されていた筈なのに、既に絶版だったのだから。教科書的な知名度から言えば、ドイツ・ロマン派 (Romantik)の一詩人であるアーデルベルト・フォン・シャミッソー (Adelbert von Chamisso) よりも『百科全書、または学問・芸術・工芸の合理的辞典 (Encyclopedie,ou Dictionnaire raisonne des Sciences,des Arts et des Metiers)』編纂の偉業を達成したドゥニ・ディドロ (Denis Diderot) の方が遥かに著名な筈なのに。

と、言う様にぼくはこの小説に出逢えた訳だけれども、そして、ここで書くのだけれども、この小説は、その読者がいつどこでどの様にして出逢えたのかというのが、とっても重要な気がぼくはするのだ。

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物語の粗筋はいたって簡単である。
無一文の青年が、無尽蔵に金貨を産み出す革袋の引き換えとして、ある男に、己の影を売り払ってしまった、その顛末である。
その青年、ペーター・シュレミール (Peter Schlemihls) は経済的には他の誰よりも潤っているし裕福でもあるににも関わらずに、影がない為に、まともに相手にされない。嘲笑され罵倒されるばかりである。
影を売ってしまった事を後悔した青年は、影を買った男との再会を果たそうとするのだが...。
[上記掲載画像はジョージ・クルックシャンク (George Cruikshank) 画・ピーター・カール・ガイスラー (Peter Carl Geissler) 彩色による挿絵 (Illustration zu "Peter Schlemihls wundersame Geschichte")]

影を売ってしまうと言う行為を、人間でないモノとの交換と契約の物語と観れば、恐らく『ファウスト (Faust. Eine Tragodie.)』 [ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ (Johann Wolfgang von Goethe) 著] になるだろう。
喪われた影がもうひとつの人格をもって顕われれば、いくつもあるドッペルゲンガー (Doppelganger) を主題とした作品のそのいくつ にもなるだろう。
そしてさらに、影を売ってしまうと言う行為、すなわち、影がないと言う事は可視光線が通過できてしまう、と言う事はその物体は"透明"でなければならない。という様な推理を働かせて述作すれば、恐らく『透明人間 (The Invisible Man)』 [ハーバート・ジョージ・ウェルズ (Herbert George Wells) 著] にもなり得るのだ。

しかし、何故だか、この物語はそのどちらにもならない。妙に明るいし妙に開放感に満ちている。物語のエンディングでは、この事件を経験した青年の心情は諦念と不信に満ちている筈なのだが、それにも増して彼は自由なのである。

この小説は、フランス革命 (Revolution francaise) を受けて隣国ドイツに亡命した上に、ドイツの軍人としてナポレオン戦争 (Guerres napoleoniennes) に従軍し母国の軍に破れ、ドイツの言語で文学作品をものしていた作者自身の投影と言われている。つまり、青年が喪った影は、作者のフランス人としてのアイデンティティーだというのである。
そしてアーデルベルト・フォン・シャミッソー (Adelbert von Chamisso) 自身は、喪われた己のアイデンティティーを逆に糧として、[保守的な愛国者への途があったかもしれないのに] コスモポリタン的な活躍を魅せてゆくのだ。本作品を発表した後には、ロシアの探検船に植物学者として乗り込み、世界一周の冒険へと赴くのだ。

そしてぼく自身はと言えば、浪人生という中途半端な身分の頃に、この幻想小説と出逢ったのである。

次回は『』。
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