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2010.11.02.18.37

きゅーぴっどあんどさいけ

もう四半世紀も前の事である。入荷したばかりの一枚のアルバムを聴き終えたばかりのぼく達は皆、同じ想いに囚われていた。

―地味だな。
これが、スクリッティ・ポリッティ (Scritti Politti) のアルバム『キューピッド&サイケ85 (Cupid & Psyche 85)』を聴いた際の、ぼく達の抱いた最初の印象である。

どういうシチュエーションで聴いたのか、その時の試聴メンバーが誰だったのか、今では想い出す事は出来ないけれども、この最初の印象は、その試聴メンバーに限らず、ぼく達の周囲では共通の認識だった。

この認識を抱いたモノ達は、スクリッティ・ポリッティ (Scritti Politti) の前作『ソングス・トゥ・リメンバー (Songs To Remember)』 [1982年発表] を知るモノもいれば、そうでないモノもいた。
知っているモノからすれば、彼ら [というか、その時点でオリジナル・メンバーは既にグリーン・ガートサイド (Green Gartside) 独りしか在籍していないのだが] のここに至る変遷に驚いたり戸惑ったりしていたかもしれないし、知らないモノに彼らの4年前のファースト・アルバムを聴かせればやっぱり驚いたり戸惑ったりしただろう。
それ程にこの4年間の隔たりは、誰もが埋める事は出来なかっただろう。

でも、それとは逆にスクリッティ・ポリッティ (Scritti Politti) はなにも変わっていない、と言う事も出来たのである。ヴォーカリストのグリーン・ガートサイド (Green Gartside) の、俗世間から浮遊した様なファルセット・ヴォイス (Falsetto) も健在だし、なによりも、鍵括弧つきの"ポピュラー・ミュージック (Popular Music)"であり"ダンス・ミュージック (Dance Music)"である事は、そのままだ。
変わったのは、それを具体化する手段や技巧の問題である。
と、筋金入りの彼らのファンならば、断言したかもしれない。
そして、この言葉を鵜呑みにして、スクリッティ・ポリッティ (Scritti Politti) 初心者が、二枚の作品を聴き比べれば、途方にくれてしまうのだ。

しかし、この埋める事の出来ない [かもしれない] 4年間の隔たりを語る事で、ぼく達の第一印象が説明出来るものでもない。

images
ぼく達の共通点は、この『キューピッド&サイケ85 (Cupid & Psyche 85)』が発表される前年からリリースされ続けていた一連のシングルを聴き続けてきたという事にある。
ウッド・ビーズ [アレサ・フランクリンに捧ぐ] (Wood Beez [Pray Like Aretha Franklin])』 『アブソルート (Absolute)』『ヒプノタイズ (Hypnotize) 』『ザ・ワード・ガール (The Word Girl [featuring Ranking Ann])』『パーフェクト・ウェイ (Perfect Way)
これらの一連のシングル・ナンバーのきらびやかなサウンドと、それをパッケージする儚気なアート・ワークに、ぼく達の殆どが、魅了されて眩惑されていたのである。
そして、これらのヒット・チューンを網羅したのが『キューピッド&サイケ85 (Cupid & Psyche 85)』なのである [上記掲載画像は、その一連のシングル・ジャケットとそれらを網羅したアルバム『キューピッド&サイケ85 (Cupid & Psyche 85)』]。

期待するなという方が無理かも知れない。
そして、その期待が大きいが上に、漏れ出てしまった言葉が、冒頭の一語なのである。
その後、12インチ・シングルでのヒット曲や話題曲を何度も提供して注目された新人アーティストのいくつもが、その成果を集約した筈のデヴュー・アルバムの発表で失速してしまった例を、ぼく達はいくつも観る事になる。
一方、今回の主人公であるスクリッティ・ポリッティ (Scritti Politti) は、その轍を逃れ、『キューピッド&サイケ85 (Cupid & Psyche 85)』は時代を象徴する名盤と評価される。中でも、『パーフェクト・ウェイ (Perfect Way)』は、マイルス・デイヴィス (Miles Davis) のカヴァー [『TUTU (Tutu)』収録] で再度注目されて、バンド自身も後に『オー・パティ (Oh Patti)』 [『プロヴィジョン (Provision)』収録 1988年発表] で彼との共演を果たす。

ところで、当時のぼく達には、大きな謎がひとつあった。
それはアルバム・タイトルである『キューピッド&サイケ85 (Cupid & Psyche 85)』、中でもとりわけに"サイケ (Psyche)"という語が占める役割である。
"キューピッド (Cupid)"は解る。85というのは今年 [当時の] だ。では、"サイケ (Psyche)"とは?

バンド名は、アントニオ・グラムシ (Antonio Gramsci) の"政治的書簡"からの引用 [多分、"Scritti Politti"を英訳すると"Political Scripts" みたいなものになるんだろう] だし、過去には『ジャック・デリダ (Jacques Derrida)』 [『ソングス・トゥ・リメンバー (Songs To Remember)』収録] なんていう曲もある彼らだから、一体、どんな魂胆なのだろうかと、思ってしまったのだ [そして、今のぼくにはその魂胆を解説する余裕も、ジャック・デリダ (Jacques Derrida) 本人やアントニオ・グラムシ (Antonio Gramsci) 本人を解説する気力もない。申し訳ない]。

1985年当時のぼく達にとっての"サイケ (Psyche)"とは、エコー & ザ・バニーメン (Echo & The Bunnymen) だったり、シスターズ・オブ・マーシー (The Sisters Of Mercy) だったりしたわけで、そして、彼らを"サイケ (Psyche)" たらしめたのが1960年代後半から1970年代前半のサイケデリック・ムーヴメント (The Psychedelic Movement) からの影響があったからなのだ。そう言えば、サイケデリック・ファーズ (The Psychedelic Furs) というバンドもあった [と、思いつくままに、当時の代表的なバンド名をみっつ書き並べてみたけれども、実はこの三者の音楽性に共通項は殆どない。それだけ広汎な概念なのだ、"サイケ (Psyche)"は]。
と、いう視点から『キューピッド&サイケ85 (Cupid & Psyche 85)』を観てみると、その作品の中には、どんなにあがいてもサイケデリック性 (Psychedelic)は、発見出来ないのだ。
あえて言えば、それとは逆の、覚醒した視野の印象が強い。

そして、ここであっさりと種明かししてしまえば、スクリッティ・ポリッティ (Scritti Politti) のセカンド・アルバムに書かれた言葉を英語で読まずに伊語で読んでしまえば"クピドとプシュケ (Cupid & Psyche)"。
つまり、"サイケ (Psyche)"ではなくて"プシュケ (Psyche)"なのである。
なんの事はない。神話世界における恋愛譚の現代版、それがこの作品のタイトルの謂いだったのである。

次回は「」。
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