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2010.06.29.18.59

やぶきじょう

ぼくの幼い頃、ぼくの父親はある日突然、文芸誌 (Literary Magazine) を買ってくる。そして、買って来たはいいものの、自身が読みたいところは、ささっと読んで、あとは適当にそこらに放り出している。その放り出しているのを頃合いを見計らってぼくは読んでいた。
という事は以前ここに書いてある

さて、それが時として、文芸雑誌でない場合があった。
今回の記事はそんな、"ぢゃない"場合が主題である。しかも、それが今回は『あしたのジョー (Tomorrow's Joe)』 [原作:高森朝雄 (Asao Takamori) 画:ちばてつや (Chiba Tetsuya) 1967年連載開始] なのである。

KCコミックスではなくて所謂、総集編。週刊少年マガジン (Weekly Shonen Magazine) の増刊号かなにかの体裁だったと思う。
主人公の矢吹丈 (Jo Yabuki) がドヤ街 (Slum) に顕われて、拳キチこと丹下段平 (Danpei Tange) と出逢い、そうして白木葉子 (Yoko Shiraki) に遭遇する。
そのあたりまでが、週刊誌と同じ装丁の紙面で綴られていたと思う。
物語の舞台の大半は、そのドヤ街 (Slum)。
矢吹丈 (Jo Yabuki) のボクサーとしての資質を見抜いた丹下段平 (Danpei Tange) は、彼を終始、追廻し、その結果、「わしとお前とでこのなみだ橋を逆に渡り」という言葉に象徴される様に、それまでの浮浪者同然のアルコール依存症 (Alcoholism) からの脱却を謀ろうともがき始める。
一方の矢吹丈 (Jo Yabuki) は、己につきまとう中年男をいい様に利用し翻弄しながら、その一方で、太郎、サチ、トン吉、チュー吉、キノコといったドヤ街 (Slum) の少年達のリーダー格として、悪事に手を染めつつある。
その悪事の被害者として白木葉子 (Yoko Shiraki) は、彼らの前に登場するのである。

この時点で、この『あしたのジョー (Tomorrow's Joe)』 [原作:高森朝雄 (Asao Takamori) 画:ちばてつや (Chiba Tetsuya) 1967年連載開始] という物語がどういう展開を魅せるのかは、読者としては、まずは検討がつかない。
連載されていた週刊少年マガジン (Weekly Shonen Magazine) では、ボクシング・マンガ (Boxing Anime And Manga)という触れ込みだったから、いずれは、現時点では単なる浮浪者でしかない矢吹丈 (Jo Yabuki) がボクシング (Boxing)に開眼するであろう、という推測はつくものの、それ以上のものでもそれ以下のものでもない。
アニメ番組『あしたのジョー』としてテレビ放映されるのは、もう少し先の話 [1970年より] だから、力石徹 (Tohru Rikiishi) というライバルの登場は勿論、「燃えかすなんか残りやしない・・・真っ白な灰だけ」なんて事は、想像だにし得ない。

原作は同じ、高森朝雄こと梶原一騎 (Asao Takamori aka Ikki Kajiwara) だけれども、もう一方の雄『巨人の星 (Star Of The Giants)』 [原作:梶原一騎 (Ikki Kajiwara) 画:川崎のぼる (Noboru Kawasaki) 1966年連載開始] とは、かなり異なる位相にある。

むしろ、作画を担当したちばてつや (Chiba Tetsuya) の世界観の延長線上にあると思える節がある。
例えば、オトナになった石田国松 [『ハリスの疾風』 [1965年連載開始] の主人公] である。
つまり、四角四面のオトナ社会に真っ向から対決しき、そこにでっかい風穴をあけてゆく少年 [達] の物語にもなり得たのである。
後年の『餓鬼』 [1970年連載開始] なぞは、オトナ社会への復讐を誓いながらも、その過程であえなく挫折していく物語である。つまり、矢吹丈 (Jo Yabuki) がプロボクサーへの途を選ばなかったならば、辿り得たかもしれない、もうひとつの物語と解読出来なくもないのだ。

そして、矢吹丈 (Jo Yabuki) が選ばなかった選択肢の方向性のいくつかは例えば、ピカレスク・ロマン (Novela picaresca) な『銭ゲバ (Zeni Geba)』 [ジョージ秋山 (George Akiyama) 1970年連載開始] や、コドモの論理をそのままオトナ社会に持ち込もうとした『男一匹ガキ大将』 [本宮ひろ志 (Hiroshi Motomiya) 1968年連載開始] が引き継いでゆく事となる。

しかし、そおゆうマンガ論を語ろうとしているのではないのだ、実は。

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なぜ、ぼくの父親がそれを買って来たのか、というのが本題であるのだが、残念ながら、今日はここでちから尽きる事にする。

次回は「」。
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