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2010.05.31.22.53

ある映画人の死:追悼デニス・ホッパーに代えて

デニス・ホッパー (Dennis Hopper) に関しては、既にここここに書き散らかしてある。彼の永いキャリアのほんの一部分を切り取ったそれらだが、ぼくにとっては、それで充分かもしれない。何故ならば、それらは彼の両極端な側面を相照らし出しているからなのだ。

例えば、映画『スピード (Speed)』 [ヤン・デ・ボン (Jan de Bont) 監督作品] での彼。彼が演じるテロリスト、ハワード・ペイン (Howard Payne) は、如何にもデニス・ホッパー (Dennis Hopper) 的な役回りで、さらに、彼自身もまた嬉々として愉し気に演じている。
にも関わらずに、ぼくの眼には、このキャスティングは、あまりに安易な代物に映ってしまう。
それと同じ事は、例えば映画『悪魔のいけにえ2 (The Texas Chainsaw Massacre 2)』 [トビー・フーパー (Tobe Hooper) 監督作品] にも言えて、レザーフェイス (Leatherface) に向かってチェーンソーを振りかざすレフティ (Texas Ranger "Lefty" Enright) を演るのは、彼しかいないよなぁと思いつつも、本人に対しては、それでいいのかデニス・ホッパー (Dennis Hopper)、と問いかけたくなる。何故、彼はレザーフェイス (Leatherface) でもなければ、その一家の一員でもないのか。

それは、ぼくの眼から観た彼が、常に不在者であるからなのだ。今、己が属している立場や地位に違和感を感じながらも、そこにいる、そんな男だ。

映画『地獄の黙示録 (Apocalypse Now)』 [フランシス・フォード・コッポラ (Francis Ford Coppola) 監督作品] での報道写真家 (American Photojournalist) も、映画『ブルーベルベット (Blue Velvet)』 [デヴィッド・リンチ (David Lynch) 監督作品] でのフランク・ブース (Frank Booth) も、そうなのだ。
ある特殊な環境において、己の活き存えられる場所は見出したものの、そこはやはり、己が望んだ場所ではない。そして、そのことに苛立ち、その事を疎んじ、狂気へと奔る。

彼の訃報が流れた時の、彼の枕詞が"映画『イージー★ライダー (Easy Rider)』 [デニス・ホッパー (Dennis Hopper) 監督作品] の"というものだった。だが、代表作であり出世作である、その映画の中ですら、彼の居場所はなかった。キャプテン・アメリカことワイアット (Captain America aka Wyatt)を演じたピーター・フォンダ (Peter Fonda) や、弁護士ジョージ・ハンセン (George Hanson) を演じたジャック・ニコルソン (Jack Nicholson) に比較すると、何故か、彼が演じるビリー (Billy) の存在感が希薄だ [それは、自身が監督を勤めたという所以もあるのだろうが]。

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だから、彼の訃報を聴いて、想い出したその作品は、映画『アメリカの友人 (Der Amerikanische Freund)』 [ヴィム・ヴェンダース (Wim Wenders) 監督作品] だったのだ。その作品に潜む、どうしようもない無常観と寂寥感に浸りながら、彼の死を悼みたくなったのである。
一般的なデニス・ホッパー (Dennis Hopper) のパブリック・イメージから最も遠い場所にありながらも、この映画に登場するトム・リプレー (Tom Ripley) は、デニス・ホッパー (Dennis Hopper) 以外のなにものでもない。
そんな気がするのである。

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そして最後に辿り着くべきは、映画『ラストムービー (The Last Movie)』 [デニス・ホッパー (Dennis Hopper) 監督作品] ではないだろうか。

この映画は、1980年代カルト・ムーヴィー (Cult Movie) ・ブームに載せられる形で、本邦初公開されて、そして結果的にそのブームの幕引きとなった作品である。
ぼくもその流れの中で、その作品に出逢い、幸運にも劇場公開という形で観る事が出来た。
当時のブームの中で紹介されて消費されていった諸作品の殆どが、ナニモノかが蠢きやがて"映画"が生成される瞬間を抽出したものか、"映画"が終焉してそこに取り遺された諸々が、ナニモノかに呑込まれる瞬間を描いたもの、そのいずれかだった。
卑俗な例を挙げるとすれば、前者が映画『エル・トポ (El Topo)』 [アレハンドロ・ホドロフスキー (Alexandro Jodorowsky) 監督作品] であり、後者が映画『ホーリー・マウンテン (The Holy Mountain)』 [アレハンドロ・ホドロフスキー (Alexandro Jodorowsky) 監督作品] である。いずれも、同じ監督の作品なのだが。

映画『ラストムービー (The Last Movie)』 [デニス・ホッパー (Dennis Hopper) 監督作品] は、そのいずれでもあると同時に、いずれでもない。型どうりのあらすじを綴ろうとすれば、頓挫した映画制作の過程とその死を物語ろうとしたものだ。
しかし、その映画を観たぼくの記憶にあるのは、ただ、制作途上の映画の背景でしかない米西部の自然の美しさと、その背景に流れる悠長なカントリー・ロックなのだ [音楽はクリス・クリストファーソン (Kris Kristofferson) が担当している]。この映画に観る事の出来る映像は、総て詩情に満ちた美しさがある。
そして、勿論、カンザス (Kansas) という名のスタント俳優である、テンガロン・ハットを被ったデニス・ホッパー (Dennis Hopper) は、その映像美に埋没しながらも、そこでも、そこに居ざるを得ない不条理を漂わせていたのだ。
何故、おれはここにいるのだ。映画を創り、映画に出演るためだ。しかし、その映画は、どこにあるというのだ。
つまりは、映画『ラストムービー (The Last Movie)』 [デニス・ホッパー (Dennis Hopper) 監督作品] とは、そういう映画なのである。

そして、この作品の商業的な失敗を受けて、彼は永い不遇時代に入るのである。その永き冬眠時代の終焉を告げたのが、映画『アメリカの友人 (Der Amerikanische Freund)』 [ヴィム・ヴェンダース (Wim Wenders) 監督作品] なのである。この映画で、彼はまたテンガロン・ハットを被ることになるのだ。
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>丸義さん

コメントありがとうございます。

素のデニス・ホッパーのポートレイトを観ると、澄んだ蒼い瞳をしているんですよね。意外なことに。
演じる役によっては、どろどろに濁った瞳に観えるときもあるし、狂気を孕んだ瞳に観えるときもあります。
カラー・コンタクトを嵌めているかもしれないし、それ以前に彼は役者です。
当たり前といえば当たり前かもしれませんが、時折、ふいに、素の澄んだ蒼い瞳を覗かせるときがあるのです。

2010.06.07.19.31. |from たいとしはる feat. =OyO=| URL


やっぱり、=OyO=さんの追悼文は圧倒的ですね。

個人的には、「ホット・スポット」(アラン・スミシー名義)で、ジェニファー・コネリーを魅惑的に撮ってくれたことに感謝してるんですが、まだまだ彼の根幹に迫るような作品を観てません。
まず、「アメリカの友人」と「ラストムービー」チェックしたいと思います。

2010.06.07.01.52. |from 丸義| URL [edit]

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