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2010.02.23.19.00

とぅいーどるだむととぅいーどるでぃー

トゥイードルダムとトゥイードルディー (Tweedledum And Tweedledee) は、チャールズ・ラトウィッジ・ドジスンことルイス・キャロル (Lewis Carroll aka Charles Lutwidge Dodgson) が1871年に執筆した『鏡の国のアリス (Through The Looking-Glass: And What Alice Found There)』の登場人物です。
1951年発表のディズニー (Disney) 映画『ふしぎの国のアリス (Alice In Wonderland)』 [クライド・ジェロニミ (Clyde Geronimi) ハミルトン・ラスク (Hamilton Luske) ウィルフレッド・ジャクソン (Wilfred Jackson) 監督作品] にも登場します。

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掲載画像は、アニー・リーボヴィッツ (Annie Leibovitz) の『アリス・イン・ヴォーグ (Alice in Vogue)』より『トゥイードルダムとトゥイードルディー (Tweedledum And Tweedledee)』。
トゥイードルダムとトゥイードルディー (Tweedledum And Tweedledee) を演じるのはヴィクター&ロルフ (Viktor & Rolf) [ロルフ・スノラン (Rolf Snoeren : left) and ヴィクター・ホスティン (Viktor Horsting : right)]。アリスをナタリア・ヴォディアノヴァ (Natalia Vodianova) が演じています。

鏡の国に迷い込んだ我らが主人公アリス (Alice) が出逢うこの双子、チャールズ・ラトウィッジ・ドジスンことルイス・キャロル (Lewis Carroll aka Charles Lutwidge Dodgson) の創作かと言うと、さにあらず。元ネタは、マザー・グース (Mother Goose) にあります。

では、前回同様に、全文を掲載しましょう [今回の邦訳は、谷川俊太郎 (Shuntaro Tanikawa) のものによりました。こちらで掲載されています]。

トウィードルダムとトウィードルディー
 けっとうしようととりきめた
トウィードルダムのいうことにゃ
 かったばかりのすてきながらがら
 トウィードルディーにこわされた


おりもおりとんできたのはばけものからす
 タールのたるほどおおきなからす
ふたりのごうけつびっくりぎょうてん
 けろりとけんかをわすれてしまった


Tweedledum and Tweedledee
 Agreed to have a battle;
For Tweedledum said Tweedledee
 Had spoiled his nice new rattle.


Just then flew down a monstrous crow,
 As black as a tar-barrel;
Which frightened both the heroes so,
 They quite forgot their quarre



そして、アリス (Alice) が出逢う双子も、この歌同様の争いを始めようとする事になるのですが、実はこのマザー・グース (Mother Goose) の双子にも元ネタがあるという説があるのです。

なんでもこの歌は、詩人のジョン・バイロム (John Bayrom) が1725年当時、対立していた二人の音楽家を当てこすって書いたというのです。
そして、その対立していた二人の音楽家のうちの一人がかの大作曲家ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル (Georg Friedrich Handel) だというのです。

当時のゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル (Georg Friedrich Handel) の足跡をざっとお浚いしましょう。
ハノーファー (Hannover) の宮廷楽長 (Kapellmeister) に就任する [1710年] ものの、その職務を満足に果たさないままにロンドン (London) に移住 [1712年]。1714年には、かつての雇い主、ハノーファー選帝侯 (Kurfurstentum Braunschweig-Luneburg) ゲオルグ・ルードヴィッヒ (Georg Ludwig) が英国宮廷に迎え入れられ、英国王ジョージ1世 (George I Of Great Britain) としてゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル (Georg Friedrich Handel) の新たなる雇い主となります。
そこで、ハノーファー選帝侯 (Kurfurstentum Braunschweig-Luneburg) =英国王 (King Of Great Britain) に、これまでの不興を詫びる為に作曲されたのが、かの有名なる『水上の音楽 (Water Music)』である、とされています。
1727年にはイギリスへ帰化。そして同年、正式に王室礼拝堂付作曲家および宮廷作曲家 (Composer Of Music For His Majesty's Chappel Royal) に任命されます。

恐らく、この時期がゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル (Georg Friedrich Handel) の人生が頂点にあった時代と言えるでしょう。
しかし、その前に立ちはだかったのが、ジョン・バイロム (John Bayrom) が当てこすったもう一人の音楽家、ローマ (Rome) から英国に招かれたジョヴァンニ・バッティスタ・ボノンチーニ (Giovanni Battista Bononcini) です。
当時の英国音楽界は、ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル (Georg Friedrich Handel) 派とジョヴァンニ・バッティスタ・ボノンチーニ (Giovanni Battista Bononcini) 派に別れ、事あるごとに対立し、しかも、その対立は音楽界のみならず、宮廷やら政界やらを巻き込んだものだったようです。
と、いうよりもむしろ、そういう対立軸の矢面に立たされるべく、二人の音楽家が双方の派閥に利用されたと観るべきかもしれません。
ちなみに当時の政局の愚を風刺して書かれたのが、ジョナサン・スウィフト (Jonathan Swift) による『ガリヴァー旅行記 (Gulliver's Travels : Travels into Several Remote Nations Of The World, In Four Parts. By Lemuel Gulliver, First A Surgeon, And Then A Captain Of Several Ships)』 [1726年初版刊行] ですね。

しかし、その争いも思わぬ事が原因で終焉をみます。ジョヴァンニ・バッティスタ・ボノンチーニ (Giovanni Battista Bononcini) に盗作の疑いがかけられ、イギリスを追われるのです。現代の様な、知的財産権や著作権 (Intellectual Property) という概念が未発達だった当時、盗作が果たして、罪であったのでしょうか。恐らく、体のいい口実としての盗作だったのでしょう。そして、それは恐らく、罪そのものの重さよりも、音楽家としての名誉を傷つけるものだったのに違いありません。
1720年にロンドン (London) に赴いたジョヴァンニ・バッティスタ・ボノンチーニ (Giovanni Battista Bononcini) は、争いに敗れて1732年にロンドン (London) を離れます。

なにやら、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト (Wolfgang Amadeus Mozart) とアントニオ・サリエリ (Antonio Salieri) の逸話を彷彿とさせるこの二人の音楽家の物語、その後の二人の明暗を慮れば、彼らに材を得た『アマデウス (Amadeus)』 [ミロス・フォアマン (Milos Forman) 監督作品] 並の映画も出来るかもしれません。

しかし、その一方で、ジョン・バイロム (John Bayrom) が当てこすったとされる『トゥイードルダムとトゥイードルディー (Tweedledum And Tweedledee)』の、その真意はどっちもどっちの似たり寄ったりの五十歩百歩、というべきものです。
ボブ・ディラン (Bob Dylan) が『ラヴ・アンド・セフト (Love And Theft)』 [2001年発表] の『トゥイードル・ディー&トゥイードル・ダム (Tweedledum And Tweedledee)』 [歌詞はこちらで読めます] で唄っているのも、それが前提となっています。
しかし、同時代の当事者からみれば、二人の音楽家はその様なものに観えるのかもしれませんが、歴史の眼で観れば、どうひいき目に観たとしても、ジョヴァンニ・バッティスタ・ボノンチーニ (Giovanni Battista Bononcini) はゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル (Georg Friedrich Handel) の敵ではありません。

先程、二人の音楽家の対立の映画化の可能性を示唆しましたが、果たして、それは物語としての強さを持ち得ているのでしょうか。
アントニオ・サリエリ (Antonio Salieri) の策略によって、若くして命を落としたヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト (Wolfgang Amadeus Mozart) の音楽が永く後世に生き存えたのに対し、アントニオ・サリエリ (Antonio Salieri) 自身の栄光も儚いものだったという物語の構図があるが故に活きて来るのが『アマデウス (Amadeus)』 [ミロス・フォアマン (Milos Forman) 監督作品] の物語。
ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル (Georg Friedrich Handel) とジョヴァンニ・バッティスタ・ボノンチーニ (Giovanni Battista Bononcini) の対立は、勝者の名声と名誉が現代までも語り継がれ、敗者が忘却の彼方へと葬り去られているのです。
と、なると映画的にはちょっと弱い構図かも知れません。

だから。

チャールズ・ラトウィッジ・ドジスンことルイス・キャロル (Lewis Carroll aka Charles Lutwidge Dodgson) はそれを見越して、『鏡の国のアリス (Through The Looking-Glass: And What Alice Found There)』で、双子に暗誦させたのが、『海象と大工 (The Walrus And The Carpenter)』という詩なのであります。

ただ只管、牡蠣 (Oyster) を腹一杯貪り喰らう大工 (The Carpenter)と、喰われる宿命にある牡蠣 (Oyster) の生を嘆きながら彼らを喰らう海象 (The Walrus)。一見、海象 (The Walrus) の行為は、慈悲深いものに思われますが、その一方で、喰べた牡蠣 (Oyster) の数を数えてみれば、海象 (The Walrus) の方が遥かに多い。
大工 (The Carpenter) と海象 (The Walrus) 、はたして一体どちらが、罪深いのでありましょうか?
そして、貪り喰われた牡蠣 (Oyster) の正体とは?

次回は「」。
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