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2010.02.16.19.18

あいろぼっと

I, Robot (アイ・ロボット)』は、アイザック・アシモフ (Isaac Asimov) による連作短編小説集である。邦訳では『われはロボット』 [訳:小尾芙佐 早川書房] や『わたしはロボット』 [訳:伊藤哲 東京創元社] といったタイトルで出版されている。
ぼくが読んだものは、その東京創元社版なのだけれども、その前に、本連作集のジュブナイル版の『くるったロボット』 [訳:小尾芙佐 イラスト:和田誠 岩崎書店] を読んでいる筈だ。
なお、2004年にはこの連作を原作とする映画『アイ, ロボット (I, Robot)』 [アレックス・プロヤス (Alex Proyas) 監督作品] も製作されているけれども、この事は忘れてしまっても構わない。この映像作品には多分、言及しないだろうし、その原作である筈の連作小説の内容まで踏み込むつもりもない。
もちろん、アラン・パーソンズ・プロジェクト (The Alan Parsons Project) の『アイ・ロボット ( I Robot)』 [1977年発表] も同様である。

ここではこの連作を連作たらしめているもの、すなわち、ロボット工学三原則 (Three Laws Of Robotics) について書くつもりだからだ。

念の為に、ロボット工学三原則 (Three Laws Of Robotics) 全文をその原文と共に、ここに掲載する [なお、ロボット工学三原則 (Three Laws Of Robotics) は、1985年に第零法則 (The Zeroth Law) が追加される]。

第一条.ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
第二条.ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
第三条.ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。


1. A robot may not injure a human being or, through inaction, allow a human being to come to harm.
2. A robot must obey any orders given to it by human beings, except where such orders would conflict with the First Law.
3. A robot must protect its own existence as long as such protection does not conflict with the First or Second Law.


このロボット工学三原則 (Three Laws Of Robotics) をぼくが初めて目にしたのは、ぼく自身の記憶に間違いがなければ、朝日ソノラマあたりから発売されていたソノシート (Sonosheet aka Flexi Disc)、そのブックレットにある一頁に記載されていたものの筈だ。黄色い頁に、このロボット工学三原則 (Three Laws Of Robotics) が解りやすくマンガ化して描かれていた。そして、その下には、あるテレビ番組の主題歌のメロディ譜が掲載されていた、そんな記憶がある。

きっと、そのソノシート (Sonosheet aka Flexi Disc) には、その主題歌と、その主題歌のヒーローを主人公とする物語が収録されていたのに、違いない。
と、ここまでは自信をもって断言出来るのだけれども、ではその肝心のテレビ番組とはなにか、というと、とんと記憶にない。
ただし、当時ぼくが所有していたソノシートの中で、ロボット (Robot) が主役もしくは主な役割を演じるのは、『鉄人28号』 [原作:横山光輝] と『ロボタン』 [原作:森田拳次] しかない。
前者はその主題歌『鉄人28号の歌』 [作詞作曲:三木鶏郎 歌唱:デューク・エイセス] にあるように「いいも わるいも リモコンしだい」つまり、ロボット工学三原則 (Three Laws Of Robotics) の埒外にある。
では、後者なのかというと、ほのぼのギャグ・マンガのテイストに、そんなシリアスな設定が介入する余地があるのだろうか、という疑問が沸く。否、主人公であるロボット (Robot)、ロボタンにこのロボット工学三原則 (Three Laws Of Robotics) がきちんと適用されているからこその、このマンガの呈示出来る世界観なのだ、という解釈の余地もあるのだけれども。

[懸案のソノシート (Sonosheet aka Flexi Disc) が掲載されている頁がみつかった。こちらである。脚注「A面:主題歌、ドラマ『宇宙ロボットに負けるな』B面:ドラマ『ロボタンのアルバイト』」上の掲載画像右上にあるイラストがそれである。従って正解は『ロボタン』のソノシート (Sonosheet aka Flexi Disc) と謂う事になる。:2023. 11. 27. 記]

では、『週刊少年マガジン』誌上で大伴昌司が展開した大図解なグラビアで得た記憶だろう、という気がしないでもないけれども、彼が誌面で展開したSFの世界観はロボット工学三原則 (Three Laws Of Robotics) 登場以前のモチーフを数限りなく発見する事が出来た。つまり、フランケンシュタイン・コンプレックス (Frankenstein Complex) よろしく、被創造物たるロボット (Robot) が創造主たる人類に叛旗を翻し、遂には、人類を隷属化させてしまうというモチーフが、多かった様な気もする。
ただし大伴昌司の名誉の為に書いておくと、彼がこのロボット工学三原則 (Three Laws Of Robotics) もアイザック・アシモフ (Isaac Asimov) も知らなかったから、ではない。彼が誌上で掲載した数々の図版の、その多くが、ロボット工学三原則 (Three Laws Of Robotics) 登場以前に出版されたパルプ誌 (Pulp Magazine) からのものに負うているからだ。大伴昌司は当時、日本SF作家クラブ (SFWJ : Science Fiction And Fantasy Writers Of Japan) の事務局長でもあるから、アイザック・アシモフ (Isaac Asimov) を知らないどころの騒ぎではない、知っていたからこその蛮勇なのである。その蛮勇の薫陶を受けた少年は、全国各地にいた筈だ [その頃、少女はどうしていたのだろう]。

さて、このロボット工学三原則 (Three Laws Of Robotics) が物語の中で、どの様な役割を演じるかと言うと、このロボット工学三原則 (Three Laws Of Robotics) 自身が内包する矛盾が露呈する事によって、物語は始るし、事件は勃発するし、主人公 [人間である場合もロボット (Robot) である場合もある] も、その矛盾の解決とその止揚に乗り出さざるを得なくなるのだ。

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その行程の最も解りやすい作品は、この連作集の中でいえば『堂々めぐり (Runaround)』だろう。と、いうのも、作家アイザック・アシモフ (Isaac Asimov) が意識的にロボット工学三原則 (Three Laws Of Robotics) を小説内に引用した作品だからだ。本文中においてもロボット工学三原則 (Three Laws Of Robotics) の各条項が発話されている。
それ以前の作品では、ロボット (Robot) がある規範に則った行動をしているという事は理解されているが、それはまだ作家の無意識の域にある。そして、その規範の存在に気づいたジョン・W・キャンベル (John W. Campbell) [当時の作家の担当編集者であった] が、作家と共同して練り上げたのが、このロボット工学三原則 (Three Laws Of Robotics) なのである。
なお、掲載画像は『堂々めぐり (Runaround)』のエピソードをフィーチャーした『I, Robot (アイ・ロボット)』の表紙イラストである。

話を元に戻すと。

なぜ、このロボット工学三原則 (Three Laws Of Robotics) がその様な役回りを演じる様になっているかというと、被創造物であるロボット (Robot) は、このロボット工学三原則 (Three Laws Of Robotics) に絶対服従であるという前提があるからなのだ。
このロボット工学三原則 (Three Laws Of Robotics) を逐条的に読んでいくと、その優先順位は第1条が最も重く、それに第2条、さらには第3条と続く。
だから、一見、完璧な原則に観える。
だが、しかし...。

ここから先は、個々の物語に直接あたってもらえばいいのだけれども、ひとつだけ蛇足を加えよう。

被創造物と創造主の関係でみれば、人間と神との物語をみると、両者が交わした約束を破る事から総てが始る。黄泉の国 (Yomi) から伊邪那美命 (Izanami-no-Mikoto) を救い出せなかったのは、彼女の申し出に伊邪那岐命 (Izanagi-no-mikoto) が背いてしまったからだし、アダムとイブ (Adam And Eve) が楽園を追われた (Paradise Lost) のも、 (Snake) に唆されて禁断の果実 (Forbidden Fruit) を喰らったからだ。
にも関わらずに、アイザック・アシモフ (Isaac Asimov) が描いた未来社会は、被創造物が創造主との約束を如何にして破らずに、その約束の矛盾を解決し止揚出来るかという神話体系を採っている。
それは、アブラハム (Abhraham) の、神の命ずるがままに我が子イサク (Isaac) を生贄として捧げられるだろうかという葛藤の物語 [イサクの燔祭 (Binding Of Isaac)] といえなくもない。

と、ここまで書いて来て気づいたのだけれども、イサク (Isaac) を英語風に発音すると、アイザック (Isaac) になる。

こんな落ちでいいのだろうか。

次回は「」。
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