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2007.09.02.00.10

黒澤明監督作品『天国と地獄』

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映画自身の物語は、非常に単純な構造ながらも、その単純な構造故に、ある錯誤の物語として始る。
以下、ネタばれ的な記述もあります。ご了承願います。

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物語冒頭の舞台は、ある製靴会社の幹部自邸。そこに集まった幹部連の議題は、己が属する組織を如何に己が手中に納めるかという、きな臭い話である。全く何の事前情報を持ち得ずにこの映画に参加した観客は、企業内の派閥間抗争を描いた映画と、先ずは"見誤る"。
三船敏郎Toshiro Mifune)演じる、叩き上げの堅実な靴職人から現在の地位を得た権藤金吾(この舞台でもある丘の上の豪邸の所有者でもある)と、それに対立する経済人たる風貌の腹黒い幹部連、そして権藤金吾に実直な秘書たる河西[演:三橋達也Tatsuya Mihashi)]との、駆け引きは重苦しく、息詰まる演出である。
そこに権藤金吾宛に一本の電話が鳴る。

「息子の命が欲しければ三千万円用意しろ」
天国と地獄(Tengoku to Jigoku)』という錯誤を主題にした映画は、ここから始る。

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誘拐犯が要求する金額は、己が製靴会社でのイニシアティブを握る為に、事前に手配させたもの(丘の上の自邸をも抵当に入れて用意した五千万円)を手放さねば、用意出来ない。息子のいのちを優先すべきか?それとも、こころを鬼にして...。果たして、権藤金吾は息子の為に、これまで築き上げて来た地位を投げ出す覚悟をした瞬間、ある錯誤が判明する。
誘拐されたのは、己の息子ではない。己が雇っている運転手の息子だ。

しかしながら、誘拐の取り違えから、さらに権藤金吾は窮地に追い込まれる。誘拐犯は、それが誰であろうと、身代金を要求する事にかわりはない。息子の命を乞う運転手と、こころを鬼にしてそのカネで製靴会社を手中に納めよと執拗に迫る秘書[三橋達也Tatsuya Mihashi)演ずる、この秘書河西の豹変ぶりが素晴らしく、物語の緊張感と権藤金吾の葛藤をさらに鋭く描き出している]。

こうして、物語前半は、カメラは一歩も外に出る事なく、密室劇の様相を呈示しながら、三船敏郎Toshiro Mifune)演じる権藤金吾の心理劇という構造で進む。そして、観客はここでもまた、"見誤る"。主人公の置かれた限度ギリギリの状況が、とりもなおさず「天国と地獄」なのだ、と。つまり、ここで描かれているサスペンスは、それだけで単独作品として、充分に観賞に耐えられる物語であって、演劇作品として公演されれば、この丘の上の豪邸のシーンだけで完結可能な一幕ものの作品として機能しうるかもしれない。

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しかし、本作品の監督黒澤明Akira Kurosawa)は、映画人であるので、ここで終らせはしない。あまりにも映画的な緊張感に満ちた特急こだまのシーンへと、丘の上の豪邸から我々を強引に引きずり出してしまうのだ。

撮影に邪魔だからと、線路脇の民家二階を突破らったり、実際に列車を走らせてのリアルタイムの撮影に用意した機材の数など、エピソードには枚挙の暇もない、このシーン。しかし、それ以上に強調したいのは、ここにあるのは、映画ならではの緊張と興奮だ。

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金は、誘拐犯に言われるがままに手配した。彼の指示そのままに従った、形状と大きさのスーツケースに入れた、それはここにある。己の手許にある。だが、彼はどうやって己に接触するのだろうか? 列車の各所に警察は配備されている。どうやって金を受け取るつもりだ。あの少年は無事だろうか? どうやって引き合わせようというのか...
そんな、狂おしい程の重圧の中で、物語は急速に疾走を始める。権藤金吾も仲代達矢Tatsuya Nakadai)演じる戸倉警部も思考機能を停止させられて、誘拐犯の意のままに翻弄される。
そして、誰もが考えが及ばなかった方法で、誘拐された少年の、その生存を確認する。彼を眼下に見据えながらも、何ひとつ手出しできぬまま、彼と彼を捕らえている犯人と思しき人物の目の前を、(我々観客も共に)疾走してゆくのだ。
そして、この瞬間、この映画が初めてそと(外部)を描写した瞬間でもあるのだ。丘の上の豪邸しかり、特急こだま内で演じられるスピーディーな急転直下の物語も全て、息苦しい室内での物語。囚われた少年を発見した瞬間、権藤金吾も戸倉警部も、勿論観客自身も、そと(外部)の存在を強く意識させられる。そうして、ここでも「天国と地獄」というタイトルの意味を"見誤る"。

この映画は、通常の物語と異なって、主人公が複数人存在する。と、いっても同じ監督の手になる『七人の侍(Seven Samurai)』の様な集団活劇でもなければ、『羅生門(Rashomon)』の様にひとつのエピソードを幾重にも各々の視点で物語るものでもない。この映画は、あたかも陸上競技のリレーの様に、物語の局面局面によって、入れ替わり立ち代わりに新しい主人公が登場して、ひとつの物語を紡いで行く。
誘拐犯から、錯誤によって囚われていた少年が解放される事によって、少年の(形式上の)生殺与奪の権を握らされてしまった権藤金吾[演:三船敏郎Toshiro Mifune)]は一旦はこの舞台の主役の座から退場する。代わりにその座につくのが、ものの見事に誘拐犯に出し抜かれて面目を失った刑事達である。つまりは、仲代達矢Tatsuya Nakadai)演じる戸倉警部である。

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刑事達は、誘拐犯の遺した僅かな痕跡を追跡する。その姿は、後に様々なブラウン管で変奏曲として再演される、聞き取り/ 証拠捜し / 追跡のオリジンの様にみえるけれども? 例えば『七人の刑事』や『太陽にほえろ!』といった、数々の刑事ドラマは、この作品が源のひとつではないのだろうか?

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刑事達は、誘拐犯の遺した僅かな痕跡を追跡する。その過程で、彼らの頭上にいつも聳えているのが、丘の上の豪邸である。彼らは誘拐犯を追跡する過程で、丘の上の豪邸から見おろせる背景に潜む「地獄」を、彷徨う事になる(例えば、この酒場のシーンとかのダイナミックでエモーショナルな描写を観ると、リアリズムを通り越した寓話的な描写に思えて仕方ないのですが。映画公開当時の観客の眼には、どの様にうつったのでしょうか?)。それはまた、誘拐犯の動機につながる視線なのだけれども、彼らは最後まで気づかない。彼らもまた「天国と地獄」を読み誤る人物達なのである。

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では、その誘拐犯が正しい意味で「天国と地獄」の存在に気づいていたのか? 陸上競技のリレーの様なこの映画の、最後のアンカーは、誘拐犯竹内[演:山崎努(Tsutomu Yamazaki)]なのだけれども、彼もまた読み誤った者の一人でしかない。物語の最終局面で、物語の第一走者である権藤金吾と誘拐犯竹内は対峙するのだけれども、誘拐犯竹内の独白の中には、己にとっての「天国と地獄」こそ存在するが、もうひとつの「天国と地獄」は遂に知り得ない。
誘拐犯自らが図らずも演出した、丘の上で演じられたもうひとつの密室劇「天国と地獄」の存在を知らぬまま、この物語は終演するのである。

ものづくし(click in the world!)59.:『天国と地獄』参考資料


『天国と地獄』
DVD / wiki / IMDb / 作品解説 / スティル写真

東京紅団『「天国と地獄」の横浜を歩く』

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>丸義さん

>あ、すみません。ミスでコメントを隠してしまいました(^^;
一度、非公開として投稿された記事は、管理者サイドと言えども公開する事は出来ない様です。
コメント投稿時に入力=表示されたパスワードを知っている(筈の)投稿された方のみ、公開する事が出来る様です。
ですので、以下、丸義さんからのコメントを引用して、お寄せ頂いたコメントへの回答をさせて頂きます。
御了承願います。

>山崎努の演技が印象に残ってます!今度、リメイクされるみたいですが・・・この名作を超えられるのでしょうか?(超えられないでしょうけど、鑑賞に堪える作品になってほしいです)
>=OyO=さんは、作品を観た後すぐに感想を書かれますか?

山崎努が犯人役を演じていなかったならば、どんな作品になっていただろうと、思います。もちろん、一級の娯楽作品にはなったでしょうけれども、犯罪者の動機という形で描かれた、この作品の深い闇の部分は、充分に描写されなかったかもしれませんね?(彼を追う刑事達の様に、犯人=絶対悪という図式のみで終始してしまうのではないか、と)

この映画が創られた時代よりもさらに、犯罪者の動機や犯罪行為そのものを促す装置の正体が、不明瞭で不確かな犯罪が、増えている一方です。そういう意味で、今回のリメイクでは、犯人をどの様に描くかというのが、最も難しい宿題だと思います(妻夫木聡を起用するそうですね)。

リメイク作品を放送時間にリアルで観るのは、ちょっと難しそうです...とほほ。

2007.09.02.11.09. |from たいとしはる feat. =OyO=| URL


あ、すみません。
ミスでコメントを隠してしまいました(^^;

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