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2009.11.03.18.01

うえすたんまんとら

キャバレー・ヴォルテール (Cabaret Voltaire) が1980年に発表したシングル『スリー・マントラ (Three Mantras)』の収録曲で、便宜上のA面曲扱い、それが『ウエスタン・マントラ (Western Mantra)』である。
シングル盤とは言え、さらにオリジナルのアナログ盤では片面に一曲づつ収録だからとはいえ、12インチ (12 Inch Record) の33 1/3回転 (33 1/3 Rpm)。両曲共に演奏時間20分を越える大作。フルレンスのアルバムと看做してもよい。
勿論、バンド自身のキャリアとしても、他のフル・アルバムと対等に扱うべき重要度を持っている。

アナログ盤で言えば、『スリー・マントラ (Three Mantras)』は、片面にこの『ウエスタン・マントラ (Western Mantra)』、もう片面に『イースタン・マントラ (Eastern Mantra)』を収録してある。それでは、作品名である第三のマントラ (Mantra) は何処に?というのが、最大の謎でると同時に、バンドからのメッセージとなっている。

それは、例えば二項対立 (Dichotomous) をテーマとした、ザ・ストラングラーズ ( The Stranglers) の『ブラック・アンド・ホワイト (Black And White)』 [1978年発表。既に拙稿でここここで紹介しています] とも、二枚のアルバムを同時に鳴らすと第三の音楽が聴こえてくるという、ディー・テートリッヒェ・ドーリス (Die Todliche Doris) の『見えないLP (Die Unsichtbare 5 LP)』[1984年発表の『我等がデビュー (Unser Debut)』と1986年発表の『 (Sechs)』:国内盤も発売されていたけれども、当時の邦題は失念中です] とも、違う。

つまりは、彼らは賭けに出て、そのふられた骰の行方を、リスナーに求めたのではないだろうか。

ウエスタン・マントラ (Western Mantra)』では、切迫感に溢れた、リズム・ボックス (Drum Machine) による性急なビートが延々と打ち鳴らされている。
イースタン・マントラ (Eastern Mantra)』では、何処の地とも知れぬ街頭で朗読されるクルアーン (The Qur' an) を背景に、ヴォイス・コラージュによるビートが反復される。

文頭、『ウエスタン・マントラ (Western Mantra)』を評して"便宜上のA面曲扱い"としたのは、後のCD化に際して、一曲目とされた為である。オリジナルのアナログ盤では、両者の扱いに関しては、優劣や序列はなかった様に思う [僕個人は長い間、『イースタン・マントラ (Eastern Mantra)』~『ウエスタン・マントラ (Western Mantra)』の順で聴いていたから、CDで初めて聴いた時には随分と違和感を持ってしまった]。

どちらかというと、バンド側の意識としては、これまでの経験の発展が『ウエスタン・マントラ (Western Mantra)』で、新たな野心的な挑戦が『イースタン・マントラ (Eastern Mantra)』という認識ではなかったか。前者では彼らのデヴュー曲『ナグ・ナグ・ナグ (Nag Nag Nag)』にも似た疾走感を感じるし、それはまたパンク的なアティテュードにも思える。

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本作発表時のメンバーはステファン・マリンダー (Stephen Mallinder)、リチャード・H. カーク (Richard H. Kirk)、クリス・ワトソン (Chris Watson) の三人。その後、正式な意味でのサード・アルバム『レッド・メッカ (Red Mecca)』 [1981年発表]をリリースした後に、クリス・ワトソン (Chris Watson) は脱退してしまう。

バンドはその後、後者によった音楽的な展開を果たし、当時のオルタナティブな音楽シーンもまた、非西欧的なビートへと覚醒してゆく。

また、リチャード・H. カーク (Richard H. Kirk) のワープ・レコーズ (WARP Records) での活動も見逃せない。

しかし、このアルバム発表から10年を経た後に興隆を極めるエレクトロニック・ボディ・ミュージック (Electronic Body Music) は、前者からの隔世遺伝 (Atavism) とも言えなくもない。フロント242 (Front 242) やフロント・ライン・アッセンブリー (Front Line Assembly) は、DAF (DAF; Deutsch-Amerikanische Freundschaft) の直系であると同時に、キャバレー・ヴォルテール (Cabaret Voltaire) の末裔でもある。
余談だけれども、初めてミニストリー (Ministry) の『ランド・オブ・レイプ・アンド・ハニー (The Land Of Rape And Honey)』を聴い時は、質の悪い冗談かと思った程、ぼくはキャバレー・ヴォルテール (Cabaret Voltaire) を思い出したのだ。ミニストリー (Ministry) には、ヘヴィ・メタル (Heavy Metal)の要素とヒッピー・コミューン (Hippie) を連想させるメンバー間の交流に眼がいきがちだけれども、ね。

だから、『イースタン・マントラ (Eastern Mantra)』の手法をとことんまで追求したパブリック・イメージ・リミテッド (Public Image Ltd.) の『フラワーズ・オブ・ロマンス (The Flowers Of Romance)』で、呪術的なパーッカシズムなビートを叩きだしていたマーティン・アトキンス (Martin Atkins) が、ミニストリー (Ministry) のライヴ・パフォーマンスで魅せたその勇姿は、不思議な感動を与えていた [その姿はミニストリー (Ministry) の映像作品『In Case You Didn't Feel Like Showing Up』で確認出来る]。

各の如くして、分水嶺 (Drainage Divide) から奔流する様に袂を分かったふたつのマントラ (Mantra) は、最期にはひとつのマントラ (Mantra) として融合したのだ、と。

それは、ちょっと出来すぎた結論でもある。

次回は「」。
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