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2009.10.20.18.00

ちか

彼女はぼくの家の隣に住んでいた。
隣といっても、彼女とぼくが住んでいたその住宅群は、公営団地 (Danchi) だったから、ふたりの間には、直線距離にしても数十メートルもの隔たりがある。
彼女が二階 (Second Floor)、ぼくが三階 (Third Floor) だった。

公営団地 (Danchi) の開発が盛んだった当時だけれども、ぼくの住んでいたその地区の規模はこじんまりとしている。
詳しい理由は解らないのだけれども、その団地の住人の殆どが、元からその近隣に住んでいた住民達がそのまま、新規に開拓されたその地区に移り住んだものらしく、地縁的な結びつきは、他所よりも強かったらしい。
だから、どの棟のどの号室に、同世代の住民がいるとか、そしてその扶養家族の中に、己らの息子や娘らと同学年の子女がいるとかは、殆どの住民それぞれが把握していたのである。
つまり、ぼくの親は息子と同学年の男子がどことどことどこに住んでいて、同学年の女子がどことどことどこに住んでいるのかというのは、すっかりお見通しだったのである。
そして、それはもちろん、彼女の親の場合にもあてはまる事だったのだろう。

とはいうものの、彼女とぼくの接点はいつまでたっても産まれる事もなく、そして、ぼくの頭の中にも、隣の棟に同学年の女子がひとりいるんだよな、という程度の認識しかなかった。

ある日の事である。
学校が退けて、同級生達が数人、ぼくの家に遊びに来た。もちろん、全員男子である。
いつもの様に、ぼくの持っているおもちゃ―例えば、虎の穴(Tiger's Cave Wrestling Co., Ltd) 出身の覆面レスラーのソフビ人形とか、G.I.ジョー (G.I. Joe) とか、組み立てただけで満足してしまったプラモデルやらを引っ張りだしたりしていた。それがもうしばらくすると、トランプやバンカースといった室内ゲームにうち興じるか、このちらかった部屋を見捨てて、どこかへと奔走するのだけれども、その日は何故か違った。

images
やはり、ぼくのおもちゃ箱の片隅に埋もれていた望遠鏡や折りたたみ式の双眼鏡で、部屋の内外を眺めていた一人が、ふと呟いた。
―ちかは、この近所だろう。

その日から、なんとも言い難い日々が始るのである。それは、小学校3~4年生の頃の事であった。

次回は「」。

掲載画像は、多賀新 (Shin Taga) の『待つ女』[春陽堂刊『銅版画・江戸川乱歩の世界』より]。
江戸川乱歩 (Edogawa Rampo) 著『屋根裏の散歩者』 [春陽堂 江戸川乱歩文庫]の表紙に使用された。本短編集では窃視 (Voyeurism) をテーマとした表題作『屋根裏の散歩者 (The Stalker In The Attic)』に加え、『押絵と旅する男 (The Traveler With The Pasted Rag Picture)』他5篇を収録してある。

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