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2009.10.13.19.26

いばらのみち

忍び (Ninja) が通る道は、けものみち (Kemono Michi) であるということは知っている。アニメ番組『忍風カムイ外伝 (Kamui The Ninja)』 [白土三平 (Sanpei Shirato) 原作] のエンディング・テーマとして水原弘が『忍びのテーマ』を唄っていた。その冒頭の一節である。
では、茨の道 (Thorny Path) は誰が通るのか?

この言葉に初めて遭遇したのは幼少時、秋田書店 (Akita Shoten) から発売された"写真で見る100年シリーズ"の一冊、『自動車100年 日本の自動車』[高岸清著]という児童書でのことだ。
その本は、タイトル通り、日本におけるモータリーゼーション100年の歩み (The Japanese Automotive History) を綴ったもので、その時代時代を彩った乗用車の貴重な写真が多数掲載されていたので、何度となく繰り返し、飽きもせずに眺めていたものだった。

映画『チキ・チキ・バン・バン (Chitty Chitty Bang Bang)』[ケン・ヒューズ (Ken Hughes) 監督作品] やアニメ番組『チキチキマシン猛レース (Wacky Races)』 [ハンナ・バーベラ・プロダクション (Hanna-Barbera Productions) 作品] といったレトロスペクティブでなおかつサイエンフィティックな乗用車が、メディアを席巻していたからなのかもしれない。幼い僕の中で、今で言うレトロ・フューチャーなスチーム・パンク (Steampunk) が魁かっていたのだ。

ご存知の様に、合衆国ではヘンリー・フォード (Henry Ford) による大衆車T型フォード (Ford Model T) への大量生産方式 (Mass Production) の導入 [1908年] によって、一気に自動車が大衆のものとなり、合衆国の基幹産業として覇せていった訳だけれども[それも遂に終焉しちゃいましたね]、日本国内はそれとは全く事情が異なる。

国としての経済基盤も脆弱な上に日清戦争 (The First Sino-Japanese War) ・日露戦争 (Russo-Japanese War) とほぼ10年に一回の割合で戦争を行い、その一方で、道路などのインフラ (Infrastructure) も全く整っていなかった日本では、高価な乗用車を購入出来る富裕層が不在。否、というそれ以前に、彼らが乗った乗用車を疾駆させる道路がない。
第一次大戦後の成金も、関東大震災 (1923 Great Kanto Earthquake) と、それと前後する不況によってバブルとはじけ、その後の太平洋戦争 (Pacific War) 下では、燃料である石油も潰えてしまう

そんな日本の辿った道の険しさを、そのまま並走する事になった技術者やビジネスマンの苦難を綴ったのが、この本だ。
掲載されていた乗用車のクラシカルで優雅な風合いとは全く異なる内容が、その本文にあったのだ。
[勿論、軍事用車輛としての開発とそのビジネスという、異なったベクトルはあるのだろうけれども、この本ではそれらには触れられていない。あくまでも民生車が主役なのだ。]

images
上に掲載するのは、1918年に橋本増治郎らによって設立された快進社で製造販売されたDAT41型である。後のダットサン (Datsun) の母型といえる

そんな彼らと彼らが育んだ乗用車の苦闘を表現したのが「茨の道 (Thorny Path)」。
幼かった当時の僕は、確かにそんな道を走ればパンク (Puncture) ばかりして大変だろうというイメージで、この言葉を憶えた。
もちろん言葉本来の意味は「困難な状況、苦難に満ちた人生などの喩え」である。

それでは、この言葉の出典はどこにあるのだろうと調べたが、皆目検討がつかない。
茨を負う」や「茨の冠」との関連イメージから、聖書 (Bible) ないしはキリスト教 (Christianity) の教えなのだろうか。
それとも、『いばら姫 (Dornroschen)』を覚醒ましに向かった白馬の王子 (White Knight) が辿った道なのだろうか。
それとも、カティプナン (The Katipunan) の『Kartilya ng Katipunan (Primer of the Katipuna)』にある次の一節からだろうか。

10. Sa daang matinik ng buhay, lalaki ang siyang patnugot ng asawa at mga anak; kung ang umaakay ay tungo sa sama, ang pagtutunguhan ng inaakay ay kasamaan din.
(10. In the thorny path of life, the man leads the way and his wife and children follow. If the leader goes the way to perdition, so do the followers.)

次回は「」。
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