2009.09.15.19.19
同名のゲームに関しては書きません。
つまり、そのゲームの名称の由来となった楽曲『電車でGO』に関して書くのだ。
上野耕路 (Koji Ueno) & 佐伯健三 (Kenzo Saeki) によるこの楽曲のオリジナル・ヴァージョンはハルメンズ (Halmens) のデヴュー・アルバム『ハルメンズの近代体操 (Halmens)
』で発表された。
1980年の事である。
しかし、この楽曲が注目を集めたのは、このアルバム発表時の事ではない。その4年後にブレイクした戸川純とヤプーズ (Jun Togawa With Yapoos) によるヴァージョン[『裏玉姫』や『玉姫伝~ライブ含有
』等で観る / 聴く事が出来る]によるのだ。
ぼく自身もそのヴァージョンで初めて知った。
当時のぼくは大学に入る為に上京したばかり。その大学には、食事が第一の目的(学食が安かったのだ)で、その次に閑そうな知り合いをつかまえる事だった。
そして、つかまえたその結果として、電車でGO。
"どこか"へと彼もしくは彼女と出かけて行ったのだ。
その向かった先は、真面目な学術講演会の場合もあれば、あやしげな新興宗教の集会の場合もあれば、オンボロで黴臭いサークル室の場合もあれば、映画館や美術館、それにライヴハウス、そして勿論、午から居酒屋コース。
なんでもあった。
ただし、そこへ往く為には、常に。
神田 (Kanda) ~御茶ノ水 (Ochanomizu) を脱出し、都下近郊 (Western Tokyo) へと移転したばかりのその大学には、周縁には一切の遊興施設がなかった上に、学生目当ての駐車場すらそこにはなかったのだ。
だから、電車でGO。
移動手段は電車しかなかった。
上京するまでのぼくの主な交通手段は自転車だったから、移動手段である筈の電車内の雰囲気はある意味で異質であり、ある意味で新鮮だった。
揺れる吊革、なびく吊広告、廻る扇風機[全車冷暖房完備はまだまだ先の夢]、景色は流れて往くのに、ぼく達はそんなモノお構いなしにたわいのないおしゃべりに興じている。
世代や職業や生活が全く異なるヒトビトが、向かう方向が一緒である[だろう]という理由だけで、ひとつの函に封印されている。そして、そこにはハレもあればケもあるのだけれども、物語は未だに始っていない[だって、そこで別れや出逢いが演じられる筈もない]。
その場にいるぼく達自身は、そんな行為を無自覚に行っていた訳だけれども、それがある時突然にそこが非日常に化す。
そんな可能性もある事を指摘したのが、この曲ではないのか。
つまり、この楽曲の作者は、事件の暴発をアジテートしているのである。
"隣の人の耳に息をふきかけちゃおう
うしろの人の髪の毛を ひっぱちゃおう"
とも、
"オバサンの スカートをめくっちゃおう
うるさい子供の頭を ひっぱたいちゃおう"
とも。
バスならば、そんな事件を引き起こすのに、充分な空間はさらさらないし、汽車ならば、こちらがなにもしなくても勝手に物語は進行してくれる[それは主に、電車でGOした先の映画館のスクリーン上に映し出され、延々とリピートされていたのだけれども]。
時は、未だ1984年。
世紀を跨ぎ越した今、振り返ってみれば、電車の中は牧歌的な空間だったのだ。
次回は「お」。
附記:
"前の人は他人 横の人は他人
ぼくと君は Lovers ぼくと君はLovers"
いまだかつてこんな虚ろなラヴ・ソングがあっただろうか。
つまり、そのゲームの名称の由来となった楽曲『電車でGO』に関して書くのだ。
上野耕路 (Koji Ueno) & 佐伯健三 (Kenzo Saeki) によるこの楽曲のオリジナル・ヴァージョンはハルメンズ (Halmens) のデヴュー・アルバム『ハルメンズの近代体操 (Halmens)
1980年の事である。
しかし、この楽曲が注目を集めたのは、このアルバム発表時の事ではない。その4年後にブレイクした戸川純とヤプーズ (Jun Togawa With Yapoos) によるヴァージョン[『裏玉姫』や『玉姫伝~ライブ含有
ぼく自身もそのヴァージョンで初めて知った。
当時のぼくは大学に入る為に上京したばかり。その大学には、食事が第一の目的(学食が安かったのだ)で、その次に閑そうな知り合いをつかまえる事だった。
そして、つかまえたその結果として、電車でGO。
"どこか"へと彼もしくは彼女と出かけて行ったのだ。
その向かった先は、真面目な学術講演会の場合もあれば、あやしげな新興宗教の集会の場合もあれば、オンボロで黴臭いサークル室の場合もあれば、映画館や美術館、それにライヴハウス、そして勿論、午から居酒屋コース。
なんでもあった。
ただし、そこへ往く為には、常に。
神田 (Kanda) ~御茶ノ水 (Ochanomizu) を脱出し、都下近郊 (Western Tokyo) へと移転したばかりのその大学には、周縁には一切の遊興施設がなかった上に、学生目当ての駐車場すらそこにはなかったのだ。
だから、電車でGO。
移動手段は電車しかなかった。
上京するまでのぼくの主な交通手段は自転車だったから、移動手段である筈の電車内の雰囲気はある意味で異質であり、ある意味で新鮮だった。
揺れる吊革、なびく吊広告、廻る扇風機[全車冷暖房完備はまだまだ先の夢]、景色は流れて往くのに、ぼく達はそんなモノお構いなしにたわいのないおしゃべりに興じている。
世代や職業や生活が全く異なるヒトビトが、向かう方向が一緒である[だろう]という理由だけで、ひとつの函に封印されている。そして、そこにはハレもあればケもあるのだけれども、物語は未だに始っていない[だって、そこで別れや出逢いが演じられる筈もない]。
その場にいるぼく達自身は、そんな行為を無自覚に行っていた訳だけれども、それがある時突然にそこが非日常に化す。
そんな可能性もある事を指摘したのが、この曲ではないのか。
つまり、この楽曲の作者は、事件の暴発をアジテートしているのである。
"隣の人の耳に息をふきかけちゃおう
うしろの人の髪の毛を ひっぱちゃおう"
とも、
"オバサンの スカートをめくっちゃおう
うるさい子供の頭を ひっぱたいちゃおう"
とも。
バスならば、そんな事件を引き起こすのに、充分な空間はさらさらないし、汽車ならば、こちらがなにもしなくても勝手に物語は進行してくれる[それは主に、電車でGOした先の映画館のスクリーン上に映し出され、延々とリピートされていたのだけれども]。
時は、未だ1984年。
世紀を跨ぎ越した今、振り返ってみれば、電車の中は牧歌的な空間だったのだ。
次回は「お」。
附記:
"前の人は他人 横の人は他人
ぼくと君は Lovers ぼくと君はLovers"
いまだかつてこんな虚ろなラヴ・ソングがあっただろうか。
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