fc2ブログ

2023.12.05.07.59

えるうーえるろっさむせかいろぼっとせいさくしょ

ロボット (Robot) と謂う語句、そして概念はここから産まれたと謂う。
だが、その戯曲はサイエンス・フィクション (Science Fiction) と謂うよりも寓話 (Fable) の方に近い。

images
Karel capek coby autor dramatu „R.UR. v karikature sveho bratra Josefa

文庫『ロボット - RUR (R. U. R : Rossumovi univerzalni roboti) 』 [カレル・チャペック (Karel Capek) 作 阿部賢一 (Kenichi Abe) 訳 20202020中公文庫 (Chuko-bunko) 刊] の表紙も飾っている、なにやら、ひさうちみちお (Michio Hisauchi) が描きそうな上掲画像は、その戯曲の作者の兄であるヨゼフ・チャペック (Josef Capek) によるモノである。また、名称ロボット (Robot) も彼の発案だと謂う。

本題に入る前に、ロボット (Robot) と謂う語句もしくは概念の近似値にあるアンドロイド (Android) とサイボーグ (Cyborg) の出自をみておこう。
前者は小説『未来のイヴ (L'Eve future)』 [ヴィリエ・ド・リラダン (Auguste Villiers de l'Isle-Adam) 作 1886年発表] からおこったと謂う。この小説でのアンドロイド (Android) はハダリー (Hadaly) と命名されている。彼女こそ作品名にある『未来のイヴ (L'Eve future)』なのだ [今、アンドロイド (Android) で検索すると、似て非なるモノばかりがそこに登場する]。
後者の命名は1960年、マンフレッド・クラインズ (Manfred Clynes) とネイザン・S・クライン (Nathan S. Kline) による。生命 (Organ) と自動制御技術 (Cybernetic)を合成した語句だ。そこには有機化合物 (Organic Compound) が含有されていて生命は存在している筈だけれども、何故かその名称には物語、すなわちロマン (Romantisme) が存在していないのだ。

では、本題。

戯曲『RUR- ロッサム世界ロボット製作所 (R. U. R : Rossumovi univerzalni roboti)』 [カレル・チャペック (Karel Capek) 作 1920年発表 1921フラデツ・クラーロヴェー (Hradec Kralove) にて初演 大久保ゆう (Yu Okubo) 訳 2014青空文庫 (Aozora Bunko) 所蔵] の第1幕と第2幕を読む限り、どこをどうみてもそれは階級闘争 (Klassenkampf) の寓意 (Allegory) である。有産者階級 (Bourgeois Class) に対する無産者階級 (Propertyless Class) の叛乱、そして打倒の物語である。その視点はなにも今だからこそ成立する、そんなモノではないだろう。寧ろ、現在よりも初演された当時の方が、それは迫真に迫るモノである筈だ。ソビエト社会主義共和国連邦 (The Union Of Soviet Socialist Republic) 建国が1922年 [そして消滅したのが1991年] なのだから。
だけれども当時、殆どのヒトビトはそれに見向きもしないで、別のモノを見ていたのだろう。
それは、際限なく進歩、発展する文明への危機意識が産み出したモノだ。次から次へと登場する、新しい機器、新しい手段、新しい交通や通信に、その眼を奪われ、そして畏怖を感じていたのだろう。ぼく達は、そこに疎外 (Entfremdung) をみてもいい [そしてそれはなにもその時だけのモノでもない、今、現在も同様だ]。
だから、この戯曲発表後、誰も彼もロボット (Robot) の叛乱を主題とする物語ばかりを産み出していくのだ。

ところで。

ロボット (Robot) と謂う存在の黎明期に、エリック (Eric) [ウィリアム・リチャーズ (William Richards)、アラン・リッフェル (Alan Reffell) 開発製造 1928年] と謂うモノがあった。そしてそのロボット (Robot) の胸にはおおきくエルウーエル(RUR)と謂う3文字が刻まれていたのだ。ここで考えたいのは、何故、そのロボット (Robot) の胸に3文字が存在していたのか、と謂う事だ。
ひとつは認知度の問題だ。当時、ロボット (Robot) と謂う名称よりもそれが登場する戯曲の方が著名であり、その戯曲名によってのみ、ロボット (Robot) と謂う名称並びに存在が認知されていたと謂う可能性である。
またひとつは、その戯曲に登場するロボット (Robot) を現在の技術水準で再現したモノがこのロボット (Robot) である、そんな主張である。そしてもしかすると、その主張には、戯曲に登場する様なロボット (Robot) の現実化の可能性を謳うと同時に、ひとつの警鐘としての意義さえも込められていたのかもしれない。

ロボット (Robot) がその様なモノ、新危な反乱分子 (Dissident) としての様相から脱却したのは、ロボット工学3原則 (Three Laws Of Robotics) [アイザック・アシモフ (Isaac Asimov) 提唱 短編集『われはロボット (I, Robot)』 [1950年刊行] にて こちらも参照の事] の提唱があってからである。その原則が機能する限りに於いて、物語の中では叛乱の芽を摘む事が出来る。そしてその制限が発動される事により、逆に物語に於けるロボット (Robot) の重要度、ロボット (Robot) の果たす役割の可能性を広げる事が出来たのだ。

めでたし、めでたし。

と、サイエンス・フィクション (Science Fiction) の歴史を眺めていると、そう安堵してしまうだろう。
だけれども、その結果、戯曲の中のロボット (Robot) 達の存在意義が去勢 (Caponizing) されてしまった事も忘れてはいけないだろう、そうぼくは思う。

ここで憶い出すべきは、ストラングラーズ (The Stranglers) のアルバム『ブラック・アンド・ホワイト (Black And White)』 [1978年発表] に収録されてある楽曲『ヘイ! [ロボットの勃興] (Hey! [Rise Of The Robots])』だ。以前にこちらでその作品の、ホワイト・サイド (White Side) と銘打たれたアルバム前半部6曲を当時のヨーロッパ (Europe) の地政学 (Geopolitik) と看做し得るのではないか、そう綴った。
その時点では、この楽曲に関しては茫洋とした認識しかなかった。だが、今ならこう想う。
この楽曲の歌詞 [こちらを参照の事] を眺めれば、そこに歌われてあるのはロボット工学3原則 (Three Laws Of Robotics) 以前のロボット (Robot) の叛乱では決してなく、被支配者階級 (Dominant Class) から支配者階級 (Dominant Class) への叛乱を仄めかしたモノであるのは、一目瞭然だ。
そしてもしかしたらそこでの叙述は一般論もしくは抽象論でもなく、かと謂って、パンク (Punk) と謂うアティテュード (Attitude) が孕む反抗意識 (RTebellious Spirit) の表出ですらないのかもしれない。
と、謂うのは戯曲の作者の祖国、チェコスロバキア (Ceskoslovenska republika) [1918年建国 1992年消滅] ではプラハの春 (Prazske jaro) [1968年] から約10年後の1977年、言論の自由 (Freedom Of Speech) 等を要求する『憲章77 (Charta 77)』が発表されたからだ。
この楽曲がその国の当時の情勢を前提としている、そう看做す事も可能かもしれないのだ。

既にこちらに綴ってはあるが、ぼくがロボット工学3原則 (Three Laws Of Robotics) を知ったのは幼少時、TVアニメ番組『ロボタン (Robotan)』 [森田拳次 (Kenji Morita) 原作 19661968フジテレビ系列放映] の、朝日ソノラマ (Asahi Sonorama) 発売のソノシート (Sonosheet aka Flexi Disc) によって、だ。そのブックレットの1端に、その原則が当時のぼく達にも理解出来る様に、明快に図示してあったのだ [こちらを参照の事]。
だが、それと同時季には、雑誌『週刊少年マガジン (Weekly Shonen Magazine)』のグラビア頁に於いて、大伴昌司 (Shoji Otomo) の企画構成によって、パルプ・マガジン (Pulp Magazine) に展開されているサイエンス・フィクション (Science Fiction) の世界が何度となく紹介されていたのだ。そして、その中にはロボット (Robot) の叛乱を題材としたモノが幾つかあったのだ。
つまり、ぼくとぼくの同世代の少年達は、ロボット工学3原則 (Three Laws Of Robotics) 登場以前とそれ以後、相対立するふたつの世界観を同時季に体験していたのである。

それはなにもソノシート (Sonosheet aka Flexi Disc) 1作と1冊の週刊誌の対比だけではない。
ぼく達は、ロボット工学3原則 (Three Laws Of Robotics) の申し子とも謂えるアトム (Mighty Atom) [マンガ『鉄腕アトム (Atom)』 [手塚治虫 (Osamu Tezuka)19521968少年 (Shonen : Boys) 連載] だけに親しんでいたのではないのだ。
いみじくも、TVアニメ番組『鉄人28号 (Tetsujin 28-go)』 [横山光輝 (Mitsuteru Yokoyama/a>) 原作 1963日本テレビ系列放映] の、その主題歌『鉄人28号 (Tetsujin 28-go)』 [作詞作曲:三木鷄郎 (Toriro Miki) 歌唱:デューク・エイセス (Duke Aces)] では、鉄人28号 (Tetsujin 28-go) は「あるときは 正義の味方 / あるときは 悪魔のてさき / いいも わるいも リモコンしだい (Sometimes The Crime Avenger / Sometimes The Limb Of The Devil / Both Good Or Bad, Depending on The Remote Controller)」と歌われてきていたし、マンガ『マジンガーZ (Mazinger Z) [永井豪 (Go Naghi) 19721973週刊少年ジャンプ (Weekly Shonen Jump) 連載] でマジンガーZ (Mazinger Z) は、その発明者兜十蔵博士 (Dr. Juzo Kabuto) 自らが「神にも悪魔にもなれる (You Can Be A Good Or A Devil)」と断言していたではないか。
ロボット工学3原則 (Three Laws Of Robotics) は薄氷の上に立っている (Be On Thin Ice) 様なモノなのだ。

と、数十年前の記憶を弄っていると、どこまでも文章が暴走して果てしない。
ここで主題へと無理矢理に引き戻してみよう。

ここからが主題、その続きだ。

その戯曲からロボット (Robot) と謂う名称並びにその概念が生成された。だが正しくは3幕もののそのごく一部、第1幕と第2幕をもってロボット (Robot) が誕生したと謂うべきだろう。
と、謂うのは、遺る1幕、終幕によってここで演じられるべき物語は急展開を遂げるのだ。

なんだかマンガ『火の鳥 [未来編] (Phoenix : Future)』 [手塚治虫 (Osamu Tezuka)19671968コム (Com) 連載] の最終局面をみている様に思えるのだ。
そのマンガでは、人類滅亡後、猿田博士 (Dr. Saruta) の衣鉢を継いで (Taking Over The Spirit Of His Work)、人類再生への道を探る山之辺マサト (Yamanobe Masato) の姿が描かれている。しかも彼は火の鳥 (Phoenix) によって、不老不死 (Eternal Youth) と化しているのだ。
そして、何度となく犯してしまう失敗の果てに、死滅してしまった地球 (The Earth) 上にようやく生命の進化がみられ、人類登場ももうまもなくとおもえる頃、その進化は異なる方向へと舵をきるのだ。
蛞蝓 (Slug) がこの星に棲む、唯一の知的生命体 (Intelligent Being) となる。
そして、山之辺マサト (Yamanobe Masato) は彼等によって造物主 (Lifemaker) と崇め敬われるのである。
この1人と 1種族との関係は、戯曲上での、R.U.R社建築主任 (Clerk Of Works, R.U.R.) であったアルクイスト建築士 (Alquist) とロボット (Robot) 達の関係に相似する。彼等のふたりとも、救済を懇願するその種族の1個体に対してはなにも出来ないのである。
ただ、違うのは、蛞蝓 (Slug) 達は滅亡していくだけの存在であるのに対し、ロボット (Robot) 達には僅かながらも可能性が仄めかされている点だ。

そして、それ故に、ぼくはこの戯曲を『旧約聖書 (Vetus Testamentum)』の『創世記 (Liber Genesis)』、その『第3章 楽園追放 (3 Paradisus amissus) 』と対比させて読むべきだと思うのだ。
人間によって最後に造られたひとつがいのロボット (Robot)、ロボット・プリムス (Primus, A Robot) と女ロボット・ヘレナ (Helena, A Robotess) はアダム (Adam) とイヴ (Eve) である。
そのアダム (Adam) とイヴ (Eve) に知恵の樹の実 (Fruit FromThe Tree Of The Knowledge Of Good And Evil) ならざる、それに対応させてみる事が出来るある装置を装備させたのは、戯曲の [人間の] ヒロイン、R.U.R社会長の娘 (President Of The Humanity League, Daughter Of President Glory) であるヘレナ・グローリー (Helena Glory) である。それ故に彼女は (Serpent) に対応させる事が出来よう。
そして、ロボット・プリムス (Primus, A Robot) と女ロボット・ヘレナ (Helena, A Robotess) の懇願に対し、アルクイスト建築士 (Alquist) が何も対応対策を提示出来ないまま、2体が彼の許から去らねばならなかった事こそ、ロボット (Robot) 達にとっての楽園追放 (Paradisus amissus) なのである。

さらにこうも思う。
人間からロボット (Robot) が誕生し、後者から前者への叛乱を経て、後者の楽園追放 (Paradisus amissus)、すなわち後者のみの自力によって今後、生存していかざるを得ない様に、人類も神と呼ばれる先行人類 (Antecedent Humans) への叛乱から現在に至った、そう看做す事が出来るのではないだろうか。
逆に謂えば、『旧約聖書 (Vetus Testamentum)』の『創世記 (Liber Genesis)』に一切綴られていない箇所を、描いてみてしまったのがこの戯曲なのではないだろうか。

次回は「」。

附記:
楽曲『ヘイ! [ロボットの勃興] (Hey! [Rise Of The Robots])』の歌詞中に登場する語句「ヴァーサトラン・シリーズ・エフ (Versatran Series F!)」とは、かつて存在していた、産業用ロボット (Industrial Robot) 開発の組織ヴァーサトラン (Versatran) である様だ。そこで製造される1製品名がその語句と解釈出来る。
ところで、ここで産業用ロボット (Industrial Robot) の叛乱と謂う語句を綴ってみると、憶い出すべきはマンガ『わたしは真悟 (My Name Is Shingo)』 [楳図かずお (Kazuo Umezu) 作 19821983ビッグコミックスピリッツ (Big Comic Spirits)連載] ではないだろうか。
そこに登場する真悟もしくはモンロー (Shingo aka Monroe) の自我の芽生え、そしてそれに基づく行動、そしてそこからぼく達がみいだす新たな神話体系 (The System Of Mythology) を想像すれば、このマンガは戯曲の末裔なのではないだろうか、と思えもする。
関連記事

theme : ふと感じること - genre :

i know it and take it | comments : 0 | trackbacks : 0 | pagetop

<<previous entry | <home> | next entry>>

comments for this entry

only can see the webmaster :

tackbacks for this entry

trackback url

https://tai4oyo.blog.fc2.com/tb.php/3907-1ea33784

for fc2 blog users

trackback url for fc2 blog users is here