2023.03.19.06.56
『ファウスト (FAUST)』 by アート・ゾイド (ART ZOYD)

映画『ファウスト (Faust - Eine deutsche Volkssage)』 [F・W・ムルナウ (Friedrich Wilhelm Murnau) 監督作品 1926年制作] へ彼等独自の観点から、あらたに制作された架空のサウンド・トラック作品 (Soundtrack Album) である。
本来は台詞も音響もない無声映画 (Silent Movies) に、後年の音楽家が架空のサウンド・トラック作品 (Soundtrack Album) を制作する事は、本作が独自の試みでもないし、斬新な企てでもない。
例えば、上野耕路 (Koji Ueno) はアルバム『ミュージック・フロム・サイレント・ムーヴィ (Music For Silent Movies)』 [1985年発表 こちらで紹介済み] を発表している。

アール・ゾイ (Art Zoyd) [ちなみに表題として掲げてある英語 (English Language) 読みのバンド名は、購入した本作での表記に従った。現在は彼等の母国での発音、仏語 (Francais) に準じての表記が定着している様である。] 自身も既に、映画『吸血鬼ノスフェラトゥ (Nosferatu - Eine Symphonie des Grauens)』 [F・W・ムルナウ (Friedrich Wilhelm Murnau) 監督作品 1922年制作] への音楽作品『吸血鬼ノスフェラトゥ (Nosferatu)』[1990年発表] を発表している。それに続く第2弾、同じ映像作家のもうひとつの代表作に向けての作品が、本作である。

さらに続けて付け加えると、彼等が他のジャンルでの創作物 / 創作家と提携する事自体が、F・W・ムルナウ (Friedrich Wilhelm Murnau) の2作品以前に既にある。ローラン・プティ (Roland Petit) によるバレエ音楽であり、その音楽は彼等の第6作『天国と地獄の結婚 (Le mariage du ciel et de l'enfer)』[1985年発表] として発表されている。
これらの3作品を聴くと彼等の他作品、純然たる単独作品よりも、彼等の思考や嗜好、音楽性が非常に解りやすいかたちで呈示されている様におもえる。
それは必ずしも、そこで提携しているその創作物を知っている / 知っていないとは関係のないところ、でのはなしだ。
ぼくは第6作が言及しているバレエ作品は未体験なのだが、その事がその作品を聴く際に不利に働く事はなかった [尤も、その様な印象はひとそれぞれではあろう。その様なかたちでの提携作と謂う観点が単独作品よりも1段劣ると解釈してしまえば、その様な作品としてのみ、聴こえてしまうのだろう]。
恐らくぼくは、彼等の音楽にそれを表徴する映像もしくは視覚効果を要求して聴いているのであり、その要求を充足する存在としてそれらの創作物 [に関する情報] が機能しているのであろう。それはきっと、ある創作物に接する際に、鑑賞者がその創作家の実人生での逸話を求めてしまうのに似ているのかもしれない。
ぼくの彼等の接し方が、正しいのか誤っているのかは解らない。
そして、彼等がどの様な観点で、その様な方法論に則って、創作活動を行っているのかは解らない。
ただ、結果として、本作発表以降、彼等の音楽制作の方向はそちらへとおおきく舵をきっていく。純然たる単独作品がないわけではないが、それよりも以降、幾つもの提携作品が発表されていく。
それを順番に綴っておこう。

アルバム『魔女 (Haxan)』 [1997年発表] の原典は映画『魔女 (Häxan)』[ベンヤミン・クリステンセン (Benjamin Christensen) 監督作品 1922年制作] である。

アルバム『ユービック (u.B.I.Q.U.e.)』 [2001年発表] の原典は小説『ユービック (Ubik)』 [フィリップ・K・ディック (Philip K. Dick) 作 1969年刊行] である。

アルバム『メトロポリス (Metropolis』 [2002年発表] の原典は映画『メトロポリス (Metropolis)』 [フリッツ・ラング (Fritz Lang) 監督作品 1927年制作] である。

アルバム『アッシャー家の末裔 (La chute de la Maison usher)』 [2008年発表] の原典は映画『アッシャー家の末裔 (La chute de la Maison usher)』 [ジャン・エプシュタイン (Jean Epstein) 監督作品 1928年制作] である。

アルバム『アイキャッチャー:カメラを持った男 (Eyecatcher - Man With A Movie Camera)』 [2011年発表] の原典は映画『これがロシヤだ:カメラを持った男 (Chelovek s kinoapparatom : Man With A Movie Camera)』 [ジガ・ヴェルトフ (Dziga Vertov) 監督作品 1929年制作] である。

もしかしたら、ぼくが気づいていないだけ、もしくは明確に作品上での名義やバンド自身から表明されていないだけで、他に提携作品があるのかもしれない。
例えばアルバム『アルマゲドン:オペレイト・ポォ・ロボッツ (Armageddon - Operette Pour Robots)』 [2012年発表] は、その表題から、戯曲『ロボット (R. U. R. [Rossum's Universal Robots])』 [カレル・チャペック (Karel Capek 1920年発表] への言及である様におもえなくもない。その作品に於ける登場によって人造人間 (Artificial Human) を以降、ロボット (Robot) とぼく達が呼ぶ様になったからだ。彼等の人類への叛乱が主題の作品である [そしてその人造人間 (Artificial Human)、すなわちロボット (Robot) とは当時の苛烈な労働環境に置かれた労働者達の暗喩である]。
そんな事をおもうと同時に、ぼくはこんな事をもおもう。
上記のラインナップに何故、映画『カリガリ博士 (Das Cabinet des Doktor Caligari)』 [ロベルト・ヴィーネ (Robert Wiene) 監督作品 1919年制作] や映画『プラーグの大学生 (Der Student von Prag)』[シュテラン・ライ (Stellan Rye) 監督作品 1913年制作] への言及がないのだろうか、と。
どちらもドイツ表現主義 (Expressionismus) と呼称される映像表現技法であり、F・W・ムルナウ (Friedrich Wilhelm Murnau) の2作品と映画『メトロポリス (Metropolis)』は確実にそのジャンルに属するからだ。
だが、そんな疑問とは別に、これらの作品を聴くと、音楽を制作する彼等の姿勢にある種の傾向がみえてくる。
原典にある物語を忠実に音楽によって再現、もしくは再構築を謀ると謂うよりも、寧ろ、それを素材として自身の音楽そのものを語りきってしまおう、そんな態度がみえるのである。極端な表現をすれば単なる口実以上の意味がないのかもしれない。
そして、彼等の音楽自身も多様な表現や技法を試みると謂うよりもただ1点、深化だけを志向している様におもえるのだ。
例えば、それはF・W・ムルナウ (Friedrich Wilhelm Murnau) の2作品、それらを題材とした2作、アルバム『吸血鬼ノスフェラトゥ (Nosferatu)』と本作を聴き比べるだけでもよく解る。
F・W・ムルナウ (Friedrich Wilhelm Murnau) の2作品は、上に綴った様にどちらもドイツ表現主義 (Expressionismus) の代表作ではあるが、原典たる作品それ自体は全く異なる指向がある。ひとつはある恋人達が遭遇する怪異であり、ひとつは悪魔に翻弄される恋愛である。恐怖と愛情、その主従が2作品では逆転しているのである。映像作品の発表の時間軸に従ってその指向をみれば、その語る度合いが恐怖から恋愛へと比重を増しているのにも関わらずに、恋愛の芽生えや恋人達の語らいを思わせる彼等による音楽は、後者の方が圧倒的に少ないのだ。
アール・ゾイ (Art Zoyd) と謂えば、チェンバー・ロック (Chamber Rock) の代表格として位置付けられている。そしてそのジャンルの一方の雄、ユニヴェル・ゼロ (Univers Zero) は1987年に解散し、結果的に唯一無比とも呼べ存在ともなった [彼等は1999年に再結成する。その間、そのバンドのリーダーであったダニエル・ドゥニ (Daniel Denis) はアール・ゾイ (Art Zoyd) に在籍しており、本作にも参加している]。
だけれども、作品を発表するに従って、そのジャンルの要素が次第に減衰しているのだ。
作品を聴いているとチェンバー・ロック (Chamber Rock) と謂うよりもインダストリアル・ミュージック (Industrial Music) として聴こえなくもない。と、同時に、ゴシック・ロック (Gothic Rock) ともドゥーム・メタル (Doom Metal) とも解釈出来る瞬間すらあるのだ。

蛇足として本作のヴィジュアルについても触れておこう。ぼくが購入した際のアルバム・ジャケットにあるのは、ある都市の上空を覆う悪魔メフィストフェレス (Mephisto) [演:エミール・ヤニングス (Emil Jannings)] である。彼はこの都市に病疫をもたらす。主人公ファウスト (Faust) [演:ヨースタ・エックマン (Gosta Ekman)] はその治療に努力するが、何もできない。そこからの無力感、絶望によって彼の堕落、悪魔メフィストフェレス (Mephisto) との契約締結へと至る。物語の発端を物語る象徴的なシーンなのである。
だが現行のヴィジュアルは悪魔メフィストフェレス (Mephisto) の前に敵対し、彼を糾弾する大天使 (Erzengel) [ヴェルナー・フュッテラー (Werner Fuetterer)] の姿なのである。
この変更はどんな理由によってなのかは解らない。
映画の主人公はあくまでも、ファウスト (Faust) [演:ヨースタ・エックマン (Gosta Ekman)] である。そして、彼の救済を主題とするのならば、大天使 (Erzengel) の存在価値はそこにはあるだろう。
だがぼく達が観るべきは、悪魔メフィストフェレス (Mephisto) の所作であり、それを遺憾なく注視たらしめる俳優エミール・ヤニングス (Emil Jannings) の身体ならびに表情の表現である筈なのである。
ものづくし (click in the world!) 245. :『ファウスト (FAUST)』 by アート・ゾイド (ART ZOYD)

『ファウスト (FAUST)』 by アート・ゾイド (ART ZOYD)
「フランスの映像派チェンバー・ロック・グループ巨匠ムルナウの白黒サイレント映画につけたサウンド・トラック。ユニヴェル・ゼロのダニエル・ドゥニが参加。」
ART ZOYD
FAUST (1926) un film de / a film by / ein Film von F.W. MURNAU
FAUST 71:54
1. DOWN G. Hourbette 5:23
2. GATES OF DARKNESS 1 T. Zaboitzeff 8:10
3. FLASK T. Zaboitzeff 2:44
4. PLAGUE G. Hourbette 1:49
5. FAUST T. Zaboitzeff 3:31
6. MARAIS G. Hourbette 2:10
7. PAROLE G. Hourbette 1:36
8. PACT T. Zaboitzeff 3:25
9. BRUISSEMENTS G. Hourbette 3:21
10. ESSAIM G. Hourbette 1:40
11. IRRUPTION G. Hourbette 0:31
12. GATES OF DARKNESS 2 T. Zaboitzeff 4:01
13. PAVAN T. Zaboitzeff 4:02
14. DIES IRAE G. Hourbette 3:57
15. PROCESSION G. Hourbette 2:09
16. EASTER T. Zaboitzeff 2:26
17. MARTHE T. Zaboitzeff1:44
18. GAMES T. Zaboitzeff 3:46
19. INTRIGUES T. Zaboitzeff 3:38
20. ACCELERANDOG. Hourbette 11:51
FAUST - ART ZOYD EST UNE COMMANDE DE / IS COMMISSIONED BY
ENTSTAND IM AUFTRAG VON : COMUNE DI ROMA & IL LABIRINTO
ART ZOYD : PATRICA DALLIO, DANIEL DENIS, GERARD HOURBETTE & THIERRY ZABOITZEFF
ENREGISTREMENT & MIXAGE / RECORDING & MASTERING AUFUNAHME & TONMISCHUNG : ART ZOYD -UNSAFE STUDIO 1994 / 1995
ART ZOYD EST SOUTENU PAR / IS GRANTED BY / MIT UNTERESTUTZUNG VON : LE CONSEIL GENERAL DU NORD, LE CONSEIL REGIONAL NORD-PAS-DE-CALAIS, LA VILLE DE MAUBEUGE
REMERCIEMENTS A / THANKS TO / DANK AN : EMMANUEL VALETTE (ART ZOYD PHOTOS / FOTOS)
TRANSIT FILM GMBH - MUNCHEN, F. W. MURNAU STIFTUNG - WIEBADEN, FILMEDIS - PARIS
CONCEPTION GRAPHIQUE / COVER DESIGN / GRAPHISCHE GESTALTING : UNSAFE GRAPHICS
PRODUCT PAR / PRODUCED BY / PRODUKTION : ART ZOYD (C) 1995
ATONAL RECORDS
FAUST
FAUST (1926) un film de / filmed by / ein Film von F.W. MURNAU
SCENARIO / SCREEN PLAY / DREHBUCH HANS KYSER
REALISATION / DIRECTION / REGIE FRIEDRICH WILHELM MURNAU
PHOTGRAPHIE / PHOTOGRAPHY / KAMERA CARL HOFFMANN
DECOR & COSTUMES / SET & COSTUMES / BAUTEN & KOSTUME ROBERT HERLTH & WALTER ROHRIG
ACTERS / CAST / DARSTELLER
FAUST GOSTA EKMAN
MEPHISTO EMIL JANNINGS
GRETCHEN CAMILLA HORN
MERE / MOTHER / MUTTER FRIDA RICHARD
VALENTIN WILHELM DIETERLE
MARHTE YVETTE GUILBERT
LE DUC / THE DUKE / HERZOG ERIC BARCLAY
LA DUCHESSE / THE DUCHESS / HERZOGIN HANNA RALPH
L' ARCHANGE / THE ARCHANGEL / ERZENGEL
WERNER FUTTERER
CEDANT / LICENSOR / LIZENZGEBER
F. W. MURNAU STIFTUNG / TRANSIT FILM GMBH
ART ZOYD
PATRICA DALLIO
CLAVIERS ECHANTILLONNEURS / KEYBOARDS, SAMPLES TASTENISTRUMENTE, SAMPLERS
DANIEL DENIS
PERCUSSION, CLAVIERS, ECHANTILLONNEURS
PERCUSSION, KEYBOARDS, SAMPLERS
SCHILAGINSTRUMENTE TASTENINTSRUMENTE, SAMPLERS
GERARD HOURBETTE
PERCUSSION, CLAVIERS, ECHANTILLLONNEURS
PERCUSSION, KEYBOARDS, SAMPLERS
SCHLAGIMNSTRUMENTE, TASTENINSTRUMENTE, SAMPLERS
THIERRY ZABOITZEFF
PERCUSSION, CALVIER, ECHANTILLONNEURS, BASSE ELECTRIQUE. VIOLONCELLE, CHANT PERCUSSION, KEYBOADS, SAMPLERS, BASS GUITAR, CELLO, VOCALS
SCHLAGINSTRUMENTE, TASTENINSTRUMENTTE, SAMPLERS, BASSGITARRE, CELLO, GESANG
猶、ぼくの所有しているロクス・ソルス (Locus-solus Recommended Records In Japan) 輸入のCDには、山田泰三 (Taizo Yamada) による日本語解説 1996年10月27日] が封入されている。
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