fc2ブログ

2023.02.14.09.06

とーまのしんぞう

かつての同居人の蔵書だった。
つまり、ぼくは成人し、社会人となって初めてその作品に接したのだ。
だから時々おもう。もしも、連載時にこの作品を読んでいたとしたら、そしてさらに、作中に描かれている少年達と同年齢だったとしたら、と。

彼女の本棚にあったのは、そのマンガ『トーマの心臓 (The Heart Of Thomas)』 [萩尾望都 (Moto Hagio) 1974週刊少女コミック連載] を1冊に纏めた単行本 [1989小学館叢書刊行 副題として原題の獨逸語 (Deutsche Sprache) 訳 "Das Herzklopfen Des jungen Thomas" が充てられてある。] であった [こちらを参照の事]。セピア調 (Sepia Toning) の淡い色彩の中、3人の少年が描かれている。中央で腰掛けているのはエーリク・フリューリンク (Erich Fruhling) であろうし、彼の向かって左側に座っているのはユーリことユリスモール・バイハン (Julusmole Bauernfeind aka Juli) であろうし、反対の右側で肩肘をついているのはオスカー・ライザー (Oskar Reiser) なのであろう。
そこに描かれている少年3人の断定を避けたのは、掲載されている作品がその漫画の作者ではないからだ。描いたのは東逸子 (Itsuko Azuma) である。
その結果、この単行本は、セピア調 (Sepia Toning) ならではが育む印象から、その書籍で綴られている物語が、かつてあった出来事、遠い追憶の叙景である様な感慨がもたらされるとおもう。その単行本の主たる購買層が、そのマンガ連載時の愛読者達であるのならば、あり得なくもない装丁なのである [雑誌連載から15年が経過している、連載時の読者が懐古として眺めるには最適な画風だろう]。
だからこそ、当時のぼくも掌にとりやすかったのかもしれない。そう。仮にそこにあるのが、そのマンガの連載と連動して刊行されていったフラワーコミックス (Flower Comics) [Moto Hagio) 1974年刊行開始 小学館] の装丁だったのならば、読む前にきっとぼくは辟易していた筈だ。そのマンガ家の作品はそれまでに何作か体験していたけれど、決してぼくが素直に受け入れられる描線ではないのであった。

その後、時折、おもいだした様に、彼女の本棚からひっぱりだす事もあったし、また、その前提となる同居が終焉した後も、掌にとる機会は幾度かあった。
そしてその都度、ひっかかるのがサイフリート・ガスト (Siegfried Gast)、彼の存在なのである。
彼の登場以降、これまであった物語の方向に変更をもたらされ、と同時に、その速度が急激にはやまる様な気がする。
これまでずっとぼく達が看過していた幾つもの事象が注目され、その結果、曖昧なままにされていた幾つもの事象の原因や真実が明らかにされるのだ。

サイフリート・ガスト (Siegfried Gast) は、物語の舞台であるギムナジウム (Gymnasium)、シュロッターベッツ高等中学 (Schlotterbach Gymnasium) のかつての在校生であり、素行の悪さから退校処分にあった人物である。
物語の主人公たるユーリ (Juli) は、あたかも彼を庇護しているかの様な存在であるシュロッターベッツ高等中学 (Schlotterbach Gymnasium) から離れた場所、ある旅程のなかで偶然、彼と再会し、そしてその結果、激しい動揺に陥るのだ。
その結果として、ぼく達はユーリ (Juli) の過去、現在の頑なな彼をもたらしたある事件の存在を知る。サイフリート・ガスト (Siegfried Gast) はその事件の中心人物であり、その事件によって彼は放校となったのだ。
サイフリート・ガスト (Siegfried Gast) と謂う人物が、この漫画で語られる物語の中では、ただそれだけの存在である [尤も、彼の行動方針や思考の裏付けとなるモノは非常に魅力的なモノ、否、誘惑的なモノではあるのだが]。

彼が登場するまで、ぼくはこの物語を次の様なモノとして、おもい描いていた。
トーマ・ヴェルナー (Thomas Werner) の死がもたらせたであろう、ユーリ (Juli) の厳格な言動が、トーマ・ヴェルナー (Thomas Werner) と瓜二つのエーリク・フリューリンク (Erich Fruhling) が寛解していく。勿論、当初はその容姿とその言動が故人であるトーマ・ヴェルナー (Thomas Werner) を想起させるが故に、ユーリ (Juli) が彼に示すのは拒絶反応と呼べる程の強いモノだ。それが、シュロッターベッツ高等中学 (Schlotterbach Gymnasium) と謂う密閉され隔離された社会の中でまもられ、少しづつ緩和されていく。無論、彼等のすぐそばにいるオスカー・ライザー (Oskar Reiser) をはじめとする周囲がみつめる中で、だ。彼等がいるからこそ、2人には事件が絶えず、そしてその事件があるからこそ、2人は成長する。恐らく、2人が母校から巣立つ際には、完全なる和解、否、友情と謂うモノが存在しているのであろう、と。
だから、きっと、当初は2人の庇護者の様な立場で彼等をみていたオスカー・ライザー (Oskar Reiser) の役割が物語の中で変わっていくのかもしれないのだ、と。
つまり、ぼくは、最終的に、彼女の蔵書の表紙、東逸子 (Itsuko Azuma) 描く3人の肖像画の様な世界の完成こそが、この物語の終幕であろう、と理解していたのだ。

実際がそうではないのは、あなたがこのマンガの読者であるのならば当然、知っているだろう。

そして、ぼくからみれば、本来ならば、もっと緩慢に穏やかに語られるべき幾つもの逸話を語る事を回避して、その物語を突如として終幕させる、その為の装置として、サイフリート・ガスト (Siegfried Gast) と謂う人物が登場したのではないだろうか、ともおもえるのだ。

サイフリート・ガスト (Siegfried Gast) の登場によって、トーマ・ヴェルナー (Thomas Werner) の死の真実が解明される。否、トーマ・ヴェルナー (Thomas Werner) は自死する事によって、なにかが達成されるとおもっていた、しかし彼のもくろみとはべつに、それがユーリ (Juli) になにをもたらせたのか、それがわかるのだ。
ユーリ (Juli) が厳格で頑なな態度をみせるのは、トーマ・ヴェルナー (Thomas Werner) の死からではない。それは直接的にはサイフリート・ガスト (Siegfried Gast) がユーリ (Juli) に授けたモノである。トーマ・ヴェルナー (Thomas Werner) は自らの死によって、そこからのユーリ (Juli) の救済を画策するが、結果的に彼の意図とは正反対の結果をもたらしてしまったのだ。

と、謂うところまでは、ぼくとしてはかろうじて、物語の展開として、ついてはいける。
しかし、そこから後の進展がぼくにはいまだに理解できないモノなのだ。

つまり、ユーリ (Juli) がエーリク・フリューリンク (Erich Fruhling) の彼へのおもいを全的に肯定する事、すなわち彼が彼への愛情を受け止める事、それと同時に、その結果として彼はシュロッターベッツ高等中学 (Schlotterbach Gymnasium) から神学校 (Seminary) へと転校する事、このふたつが同時に存在している事、これがいつまで経っても、ぼくには解らないのだ。つまり、相反してみえるふたつの行為が何故、共に肯定され得るのだろうか、と。 [臆々、この物語がトーマ・ヴェルナー (Thomas Werner) からユーリ (Juli) への遺書 (Suicide Note) から始まった様に、エーリク・フリューリンク (Erich Fruhling) からユーリ (Juli) への手紙で終わる、その結果、ユーリ (Juli) にとってのトーマ・ヴェルナー (Thomas Werner) [の死] の否定からエーリク・フリューリンク (Erich Fruhling) [の生] の肯定への移行が、主題であると謂うのは自明の事ではあるのだけれども]。
だから、このマンガの最終頁に横着する度にぼくは、呆然としているのである、いまだに。

次回は「」。

附記 1. :
解剖学 (Anatomy) 的表現である作品名『トーマの心臓 (The Heart Of Thomas)』』は生々しいが為に、作品を体験している渦中では、一体、何を意味しているのか解らなくなってしまう。が、これは下掲画像にある様に、トーマ・ヴェルナー (Thomas Werner) がユーリ (Juli) に宛てた遺書 (Suicide Note) のなかに登場する語句だ。
そして、こんな事をぼくは思う。
仮に、このマンガが日本人である萩尾望都 (Moto Hagio) の作品ではなくて、物語の舞台となっているシュロッターベッツ高等中学 (Schlotterbach Gymnasium) で交わされているであろう言語で綴られた海外作品と看做してみよう。つまり、それは獨逸語 (Deutsche Sprache) で綴られたマンガであり、ぼく達が実際にそれを読めるのは、その作品で綴られた言語を翻訳した作品である筈だ。つまり拙ブログの凡例に従えばその作品名は、彼女の蔵書にある獨逸語 (Deutsche Sprache) 副題を引用してみる事によって、マンガ『トーマの心臓 (Das Herzklopfen Des jungen Thomas)』となる。
と、なるとトーマ・ヴェルナー (Thomas Werner) の遺書も獨逸語 (Deutsche Sprache) で綴られた遺書 (Suicide Note) であり、そこには"動悸 (Herzklopfen)"と謂う語句が綴られてあって然るべきである。
そうだとしたら、翻訳者はそこにある語句"動悸 (Herzklopfen)"をどう翻訳するのだろうか [ここにあるのは辞書的な逐語訳である]。
恐らく心臓 (Heart) とはしないだろう。
そして、ぼくならば、そこに、""昂まり"とか"ときめき"、もしくはすこし捻って、"まごころ"とか"本心"と謂う語句を充てる様な気がする。
だけれども、そこでの翻訳を前提にして、このマンガを"トーマの昂まり"とか"トーマのときめき"とか”トーマのまごころ”とか"トーマの本心"とかしてしまっては、物語自体に潜む求心力や牽引力はたちどころに弱められてしまうのに違いない。
images

附記 2. :
それ故に附記 1. での思索とは逆に『トーマの心臓 (The Heart Of Thomas)』と謂う題名には、キリスト教 (Christianity) における磔刑 (Crucifixion) や殉教 (Martyr)、そこにむかう信仰の存在を前提としている様な気がする。

附記 3. :
このマンガ発表の約1年後、マンガ『11人いる! (They Were Eleven)』 [萩尾望都 (Moto Hagio) 1975別冊少女コミック連載] が連載を始める。
手塚治虫 (Osamu Tezuka)スターシステム (Star System) 程、徹底したモノではないが、萩尾望都 (Moto Hagio) もそれに準拠しているふしがある。
その作品には ユーリ (Juli) によく似たタダことタダトス・レーン (Tadatos Lane aka Tada) と、エーリク・フリューリンク (Erich Fruhling) によく似たフロルことフロルベリチェリ・フロル (Frolbericheri Frol aka Frol) が登場する。そしてその舞台はギムナジウム (Gymnasium) よりも徹底的に密室化された空間、宇宙船内である。
そこに定員より1名多い11人の搭乗員がいる。彼等は定められた期間、そこで業務を分担して生活していかなければならない。それが彼等の卒業試験である。
1名多いその謎とそこから生ずる疑念をもってすれば、そこにいる11名は誰しもがその物語の主人公たりえる。そして、彼等それぞれが想定する11人目は、ある意味で異物、排除したい存在である [この時点でこのマンガがマンガ『トーマの心臓 (The Heart Of Thomas)』と似た構造をしているとおもえないか?]。そう、看做してみれば、搭乗員の誰にとっても不可解な11人目が存在し得る訳で、それを前提とすれば搭乗員の誰が主人公となり得る筈が、タダ (Tada) を主人公とした、フロル (Frol) を巡る物語にならざるを得ないは当然だ。後者が半陰陽 (Androgyny) である事はその状況に拍車をかける。と、同時に、タダ (Tada) のとる幾つかの不自然な言動が、他の搭乗員に疑念を生じさせる。彼こそ、11人目なのではないか、と。
そして、この作品に彼等の生命を脅かすデル赤斑病 (Del Red Leaf Spot) とその媒介物である電導ヅタ (Conduction Ivy) の登場によって、物語は一挙に終幕へと急ぐ。そのふたつこそ、タダ (Tada) の不自然な言動の、その正体を告げるモノで、それはタダ (Tada) の幼児期の体験に伴うモノなのだ [と、みていくと、サイフリート・ガスト (Siegfried Gast) と同様の機能を物語上、このふたつが担っている様におもえる]。
つまり、ぼくにはこのふたつのマンガに幾つもの共通点を発見してしまうのである。
と、謂う事は、マンガ『トーマの心臓 (The Heart Of Thomas)』にも、11人目となる存在がある筈であろうし、マンガ『11人いる! (They Were Eleven)』の中で語られる11人目も、それとは異なる意義がそこにある様な気がしてならないのだ。

附記 4. :
蛇足と謂っても良いのだけれども、このマンガの翻案作品や、そこから派生した、おなじマンガ家による幾つものマンガ作品を一切、ぼくは体験していない。
関連記事

theme : ふと感じること - genre :

i know it and take it | comments : 0 | trackbacks : 0 | pagetop

<<previous entry | <home> | next entry>>

comments for this entry

only can see the webmaster :

tackbacks for this entry

trackback url

https://tai4oyo.blog.fc2.com/tb.php/3713-b192ded7

for fc2 blog users

trackback url for fc2 blog users is here