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2009.05.26.21.41

いばらきどうじ

茨木童子というのは、羅生門の鬼 (The Oni At Rashomon aka Rajomon) の謂である。

僕が最初に聴き知ったこの逸話は次の様なものである。

渡辺綱 (Watanabe no Tsuna) が羅生門 [もしくは羅城門 (Rashomon aka Rajomon)] で美女に出逢う。するとその美女は (Oni) に変幻し渡辺綱 (Watanabe no Tsuna) を襲う。あわやというところで、渡辺綱 (Watanabe no Tsuna) は (Oni) の腕を一本斬り払い、あやうく難を逃れる。
しかし、片腕を喪ったその (Oni) は後日、己の腕を取り戻す為に、再び、渡辺綱 (Watanabe no Tsuna) を襲うのである。

この逸話は、羅生門 [もしくは羅城門 (Rashomon aka Rajomon)] での暗闘へと至る根深い遺恨から始まり、そしてまた、喪われた腕を巡る双方の画策へと続く、長い長い物語のほんの一部のエピソードである。
だけれども、それらを含めた全貌を僕自身が把握出来るのは、相当後になっての事である。

"足柄山の金太郎 (Kintaro From Mt. Ashigara)"で御馴染みの坂田金時 (Sakata no Kintoki) 等とともに、渡辺綱 (Watanabe no Tsuna) が源頼光 (Minamoto no Yorimitsu aka Minamoto no Raiko) の四天王 (Four Heavenly Kings) と称された事。その源頼光 (Minamoto no Yorimitsu aka Minamoto no Raiko) と四天王 (Four Heavenly Kings) が大江山に巣喰う酒呑童子 (Shuten-doji) 一族の討伐に向かった事。その激戦の渦中にあって茨木童子渡辺綱 (Watanabe no Tsuna) が死闘を繰り広げるものの、両者いずれもひけをとらず、結果、酒呑童子 (Shuten-doji) 一族の中で唯一、茨木童子を採り逃してしまう事。
その復讐戦として両者が羅生門[ もしくは羅城門(Rashomon aka Rajomon)] で相見える事。
これらの物語群は、僕が長じるに従って次第に一本の糸として紡ぎ出されていったものなのである。

しかし、それは紡ぎ出された細い糸であるにも関わらずに、数限りない解れが顕現されるのだ。
例えば。
渡辺綱 (Watanabe no Tsuna) が女装した茨木童子に襲われたその場所は、何故、羅生門 [もしくは羅城門 (Rashomon aka Rajomon)] なのか [一条戻橋での邂逅を説く説話も他にある]。
酒呑童子 (Shuten-doji) 一族が何故、大江山を己らの拠点として構えたのか。彼らを討伐する四天王 (Four Heavenly Kings) 達は何故、修験者 (Shugenja) に身をやつしたのか。そもそも何故、彼らが (Oni) とされたのか。
氏素性のあり方や幼児期からの異能力の発露からみれば、茨木童子は"足柄山の金太郎 (Kintaro From Mt. Ashigara)"すなわち坂田金時 (Sakata no Kintoki) とさしも違わない筈なのに、一方は英雄となりこどもの理想像とまで上り詰めたのに、他方は (Oni) と蔑まされた、この落差はなんなのだろう。

そしてもうひとつ。
源頼光 (Minamoto no Yorimitsu aka Minamoto no Raiko) と渡辺綱 (Watanabe no Tsuna) が登場する別の怪異譚、土蜘蛛 (Tsuchigumo) 退治との関連性はあるのだろうか?[こちらを参照願います。]

ちょっと先を急ぎすぎている。

そんな問題意識に覚醒めるそのかなり以前から、ぼく達は、多くの茨木童子こと羅生門の鬼 (The Oni At Rashomon aka Rajomon) に出逢っていたのであった。
フランケンシュタイン 対 地底怪獣 (Frankenstein Conquers The World) 』[本多猪四郎 (Ishiro Honda) 監督作品] のタイトル・ロールであるフランケンシュタインの怪物 (Frankenstein) や、『宇宙猿人ゴリ (Spectreman) 』に登場するダストマン (Dustman) や、『ゲゲゲの鬼太郎 (GeGeGe no Kitaro) 』のリモコン手 (A Detachable Hand) 等、斬り落とされた、もしくはひきちぎられた片掌 / 片腕が物語を牽引する挿話は、枚挙に暇がない。
しかも、その腕は総て一個の独立した人格を持って行動したり、もしくは離れた場所にいる片腕の[元の]所有主によって遠隔操作されたりするのだ。
尤も、それを敷衍させ続けると、腕だけの存在である巨腕ガンガー [『ジャイアントロボ (Giant Robo) 』に登場] や、『マジンガーZ (Mazinger Z)』のロケットパンチ にまで発展しちゃうのだけれども。

勿論、茨木童子の斬り離された片腕は、そこまで強烈な自己を主張もしないし、大活躍もしない。
渡辺綱 (Watanabe no Tsuna) の一斬によって切断されたその所有権を巡る争いの、その誘因として存在しているだけである。
なのだけれども、己の元を離れてしまったその片腕に、何故、こうも、茨木童子は確執したのか。

もしかしたら、片腕は斬り落とされたのではないのではないか。むしろ、茨木童子自らの意思でもって、渡辺綱 (Watanabe no Tsuna) の許へと送り込まれたナニモノカではないのか。その片腕は、渡辺綱 (Watanabe no Tsuna) によって彼の自邸に持ち込まれる。それこそが片腕に課せられた使命ではないのだろうか。

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ここに掲載した月岡芳年 (Tsukioka Yoshitoshi) 描く『老婆鬼腕を持去る図 (The Old Woman Retrieves Her Arm)』 [『新形三十六怪撰 (New Forms Of Thirty-Six Ghosts) 』より] を観る度に、不思議な感慨に囚われる。己の片腕を小脇に抱え、闇へと跳躍する茨木童子の、その眼光の鋭さを。
恐らく彼の背後には、腕を奪還されて切歯扼腕 (Clench One's Fists And Grind One's Teeth) する渡辺綱 (Watanabe no Tsuna) 達が控えているのだろう。そんな彼らの忸怩たる想い (Looking Abashed) を満月の光とともに浴びる、茨木童子の会心の笑みが、そこには描かれている。それは取りも直さず、我々の与り知らぬところでこの片腕が果たした役割を語り尽くしているのではないか。
そんな気がする。

恐らく、片腕の代わりとなるあるモノがそこに遺されたのに違いない。

次回は「」。
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