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2022.07.19.11.35

にんげんそうせえじ

高橋葉介 (Yosuke Takahashi) の作品に、短編マンガ『腸詰工場の少女 (Chozume-kojyo No Syojyo : Sausage Factory Girl)』 [1982年刊行] がある。
ぼく達の妄想の中にある様な昭和初期 (Showa Era Early days) [つまり実際のそれとは違う] を舞台として展開される猟奇的な物語だ。それをひとりの少女を主人公として、あたかも『女工哀史 (Jyoko Aishi : Sad History Of Factory Girls)』 [細井和喜蔵 (Wakizo Hosoi) 著 1925年刊行] の様なオブラート (Oblaat) でくるみ込んでいる。
そのオブラート (Oblaat) を取り払うと、果たしてどの様な物語になるか。
そんな推察を基に読み始めると、途端に足許を救われる。

その短編小説『人間腸詰 (Human Sausage)』 [夢野久作 (Yumeno Kyusaku) 1936新青年掲載] の題名からぼく達が要求するのは、映画『地獄のモーテル (Motel Hell)』 [ケヴィン・コナー (Kevin Connor) 監督作品 1980年制作] や映画『デリカテッセン (Delicatessen)』 [ジャン=ピエール・ジュネ (Jean-Pierre Jeunet)、マルク・キャロ (Marc Caro) 監督作品 1991年制作] の様な人肉嗜食 (Cannibalism) の物語だ。
さもなければ、ある被害者の片腕をむんずと掴み、それをそのまま、稼働しているミートミンサー (Meat Grinder) へと挿入する様な [そんな血飛沫の迸る様な映像作品をどこかで観た記憶がないではない]。
だけれども、この物語は決してその様な期待を充足させてはくれないのだ。

images
物語の舞台は、セントルイス万国博覧会 (Louisiana Purchase Exposition) [1904セントルイス (St. Louis) にて開催] である。主人公はそこで公開される台湾館 (Forumosa Pavilion) [上掲画像] の建設に派遣された大工、治吉 (Jikichi) だ。彼はその完成後も当地に残留し、そこで、サンドイッチマン (Sandwich Man) を勤める事になる。
彼と、植木屋である六の親父 (Roku, The Buddy) はそこでひたすら、「じゃぱん がばめん ふぉるもさ ううろんち わんかぷ てんせんす かみんかみん (Jyapan Gabamen Forumosa Uuronchi Wankapu Tensensu Kamin Kamin)」と連呼するのだ。英語 (English) を解せない彼等にとってはあたかも呪文の様に聴こえるが実際には「日本専売局台湾烏龍茶 1杯10銭 イラハイイラハイ (Japan Government Formosa Oolong Tea One Cup Ten Cents Come In Come In)」と謂う意味である。
大人しくそこで連日、その呪文を連呼していれば、小銭 [訪問客からのチップ (Tip)] も稼げて、セントルイス万国博覧会 (Louisiana Purchase Exposition) 終了後には無事に帰国の途につける筈が、妙な色気を出した結果、危難に逢う。
ふたりの"台湾娘 (Forumosa Girls)"、フィフィ(Fifi) とチィチィ(Chichi) の誘惑に誘われた彼はそのまま、自身の大工としての熟練の技術があるが為に、拉致誘拐されてしまうのである。

極端な表現をすれば、この物語は小説『黒蜥蜴 (The Black Lizard)』 [江戸川乱歩 (Edogawa Ranpo) 作 1934日の出連載] のヒロイン、岩瀬早苗 (Sanae Iwase) の視点でもって、自身が襲われた危難の数々を語る様なモノなのだ。何故ならば、彼女はその美貌があるが為に、緑川夫人 (Madame Midorikawa) こと黒蜥蜴 (Black Lizard) に拉致誘拐される。その怪盗の目的は、彼女を自身の蒐集品のひとつとして、剥製 (Taxidermy) にする事にある。
その物語をヒロイン自身の視点から、すなわち人間腸詰 (Human Sausage) の危難に遭遇する治吉 (Jikichi) の視点によって、語りきろうとするのが本作なのである。

と、謂うと恐らく誰も信じてはくれないだろう。
何故ならば、この短編小説の語り口が、江戸川乱歩 (Edogawa Ranpo) のその小説と全く異なるからだ。

物語は、治吉 (Jikichi) の視点のみによって語られる。しかし、その語り口が喜劇めいた色彩を帯びている。
勿論、恐怖と笑いは紙一重の存在である。恐怖のあまり哄笑が不意に顕れる場合もある [この作家のいくつの作品がそうだ] し、その逆、爆笑の陰に恐怖が潜んでいる場合もある [例示すれば『まことちゃん (Makoto-chan )』 [楳図かずお (Kazuo Umezu) 19761981週刊少年サンデー連載] がそうだ]。
だが、ここで語られる物語は、まるで酔っ払いのよた話である。と、謂うか、そんな酔狂な酒席の場でもって語られていく。語り手である治吉 (Jikichi) は呑んでいる。いやさ、呑まされてもいる。それ故に、どこまでが事実であり、どこまでが放言であり虚言であるのかさえも、読者には解らなくなってくる。
決して信用は出来ない。
第一に、彼の語る体験の中に、人間腸詰 (Human Sausage) は登場するし、その製造に主る機械も登場するモノの、その冒頭で彼はこう断言しているのである。
「あっしが腸詰になり損なった話 (My Story Of How Missing Being Made A Human Sausage)」と。
つまり、小説『アクロイド殺し (The Murder Of Roger Ackroyd)』{アガサ・クリスティ (Agatha Christie) 作 1926年刊行] の様な、トリック (Trick) が巧妙に隠蔽されている可能性がないではない。

と綴れば、おもいだすべきは、本作を執筆した作家の畢竟の大作、小説『ドグラ・マグラ (Dogra Magra)』 [1935年刊行] である。本作での、一人称の、その視点のみでもって自身の体験や心象を語るその手法は、後に執筆される大作の萌芽として、ここに観る事が出来るのではないか。
いや、なに、そんな大鉈を振るうまでもない。同種の手法に基づいた作品に、例えば小説集『少女地獄 (Girl Hell)』 [夢野久作 (Yumeno Kyusaku) 1936年刊行] がある。この手法は作家の常套手段なのである。

また、小説『ドグラ・マグラ (Dogra Magra)』云々で謂えば、治吉 (Jikichi) にとっての呪文「じゃぱん がばめん ふぉるもさ ううろんち わんかぷ てんせんす かみんかみん (Jyapan Gabamen Forumosa Uuronchi Wankapu Tensensu Kamin Kamin)」は、その中で謳われる阿呆陀羅経 (Mock Buddhist Sutra) に匹敵するのではないだろうか。

いやそれよりも、ぼく達がおもい浮かべるべきは小説『いなか、の、じけん (Incident In A Country)』 [夢野久作 (Yumeno Kyusaku) 19271930探偵趣味猟奇連載] であろう。
その作品の幾つかの掌編は、そこに登場する人物達の無智がある事件を勃発させ、しかも無智であるが為に、彼等はその窮地から救出されるのだから。
しかも、その作品で勃発する事件とは、前近代的な地縁社会に、最先端の文化や文明が流入したが故であるのに対し、本作はそれを逆行しているのだ。つまり、前近代的な人物すなわち治吉 (Jikichi) が、文明の最先端であるセントルイス万国博覧会 (Louisiana Purchase Exposition) に登場したが故に、本作の顛末がある。

次回は「」。

附記:
セントルイス万国博覧会 (Louisiana Purchase Exposition) 開催を舞台とした物語にミュージカル映画『若草の頃 (Meet Me In St. Louis)』 [ヴィンセント・ミネリ (Vincente Minnelli) 監督作品 1944年制作] がある。その物語はセントルイス万国博覧会 (Louisiana Purchase Exposition)が無事に開幕を遂げる事をもって幕引きとなるが、その物語の主人公エスター・スミス (Esther Smith) [演:ジュディ・ガーランド (Judy Garland)] が台湾館 (Forumosa Pavilion) を訪う光景があってもおかしくはない。
もしそうだとしたら、彼女は、治吉 (Jikichi) と六の親父 (Roku, The Buddy) による「じゃぱん がばめん ふぉるもさ ううろんち わんかぷ てんせんす かみんかみん (Jyapan Gabamen Forumosa Uuronchi Wankapu Tensensu Kamin Kamin)」を聴く事が出来、彼等に僅かばかりの小銭を与えるのであろう。
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