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2009.05.11.00.32

『天国への扉 もしくは ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア (Knockin' On Heaven's Door)』 後編


ところで、これだけ有名な楽曲となると、様々なアーティストがライヴの構成に組み入れる場合がある。それは、もしかしたら、楽曲本来の持つメッセージとは無縁のものかもしれないけれども、誰もが知っている楽曲だけに、様々なアプローチが許されるのだ。
セッション・ナンバーとして演奏されたBAP feat. エリック・バードン (Eric Burdon) 、ロリー・ギャラガー (Rory Gallagher) and デヴィッド・リンドレー (David Lindley) のもの。アコースティック・セットでの箸休め (A Side Dish Served Between The Main Courses) 的なリラックスした雰囲気のもの。それとは逆のアプローチ、観衆の一人(?)をステージ上にあげてさらなる昂揚を呼び寄せるもの等がある。

前編では、この楽曲の持つふたつの可能性を指摘し、そのうちのひとつを主に書き連ねてきた。それは、この歌を、己自身の死[と生]を唄ったものとして解釈するものだった。
今回はそのもうひとつ、他者の死[と生]を唄ったものを採り上げてみたいと想う。


この楽曲本来の主旨から言えば、ガンズ・アンド・ローゼズ (Guns N' Roses) やシスターズ・オブ・マーシー (The Sisters of Mercy) の様に、今まで無軌道で無法の限りを尽くしてきたものが死に際に乞う最期の憐れみとして唄われるべきではないかと想う。地獄へ一直線 (Straight To Hell) も当然の己だけれども、一縷の望みを賭けて天国への入楼を請わさせてくれ、というものではないだろうか。
それがある時から、死者を悼む歌へと変わっていく。それも、極悪非道の悪人ではなく、むしろ、無辜の人々の死をテーマにしたものへと。
それが、1996年にダンブレーン (Dunblane) の小学校で起きた無差別殺傷事件 [ダンブレーン事件 (Dunblane Massacre) ]、その被害者へ向けて制作された鎮魂歌としてのこのヴァージョンである。テッド・クリストファー(Ted Christopher)のヴォーカルに、マーク・ノップラー (Mark Knopfler) がギター、そして事件の被害者の兄弟姉妹がコーラスで参加している。


その流れを受けて制作されたのが、アヴリル・ラヴィーン (Avril Lavigne) のカヴァー。チャリティー団体ウォー・チャイルド (War Child) のオムニバス・アルバム『HOPE~フォー・ザ・チルドレン・イン・イラク (War Child : Hope)』に提供され、ここで観る事の出来る映像もその趣旨に従って制作されている。
個人的には、ボブ・ディラン (Bob Dylan) とアヴリル・ラヴィーン (Avril Lavigne) とチャリティーの趣旨とを、一本の線で結びつける事が出来ずに、混乱した覚えがある。先に書いたダンブレーン事件 (Dunblane Massacre) へのトリビュート作品を間においてみれば、ようやく、それぞれの接点を確認出来る。


1997年にこの曲をテーマにした一本の映画が制作される。タイトルは単純に『ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア (Knockin' On Heaven's Door)』[トーマス・ヤーン (Tomas Jahn) 監督作品]。今年には長瀬智也 (Tomoya Nagase) ・福田麻由子 (Mayuko Fukuda) 主演によるリメイク作品『ヘブンズ・ドア (Heaven's Door)』[マイケル・アリアス (Michael Arias) 監督作品]も発表された。
この映画のテーマは、恐らく、己の死[と生]を他者の死[と生]との間に横たわるものを越えて、それぞれを分ち共有する事が出来るのだろうか、というものだろう。
誰にも死は訪れるし、いずれは己も死ぬ。だから、己の死と他者の死は、同じものと呼べるものなのだろうか?と。


常に死と生とにがんじがらめにあって、しかもそれを分ち共有する事も出来ず、さらに言えば、己自身の体験として後に続くモノへと語り伝える事が出来ないもどかしさを感じてはいないだろうか。
我々が語り伝え、分ち共有出来るのは、他者の死と生でしかない。
その前提に立てば、出来る事はふたつにひとつ。だが、それも究極的にはたったひとつのことかもしれない。
己へ向ける視線と他者に向ける視線を同じレベルに保つ事。
僕の個人的な見解から言えば、アンジェラ・アキ (Angela Aki) の解釈よりも、遠藤ミチロウ (Michiro Endo) の方が首肯出来るのだが....?


ボブ・ディラン (Bob Dylan) のナンバーであるにも関わらずに、自身のオリジナル・ナンバー当然の様な素振りを見せるのが、このテレヴィジョン (Television) によるヴァージョン。ボブ・ディラン (Bob Dylan) から遥かに離れた音楽スタイルであると同時に、リーダーのトム・ヴァーライン (Tom Verlanie) の作詞もまた彼にかなりの影響を受けているのだ、というのが如実に解ってしまう。
ニューヨーク・パンク (New York Punk Rock In 1970s) の揺籃期に登場し、バンド内外に存在する軋轢から解放された再結成時の演奏、もしもその数十年前に演奏されていたらどの様な容貌をこの曲は魅せただろうか。
弛緩した生?
もしくは中断された死?
この長ったらしい駄文のアンコール・ナンバーとしてお聴き下さい。
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