fc2ブログ

2022.04.26.08.40

つみとかくご

その短編小説は一般的には『よみがえった改心 (A Retrieved Reformation)』 [オー・ヘンリー (O. Henry) 1903 雑誌『コスモポリタン / The Cosmopolitan Magazine) 掲載] として知られている。
表題に掲げるのは大久保ゆう (Yu Okubo) の訳出による版、短編小説『罪と覚悟 (A Retrieved Reformation)』[2014年公開] である。青空文庫 (Aozora Bunko) に所蔵されている。
件名をそれに準じたのは、本連載ルールに則ったモノであり、それ以上の意味はない。

幾つもあるオー・ヘンリー (O. Henry) の短編小説の中で、本作品がどの様な地位、もしくは評価を得ているのかは知らない。

知らないが、次の様な事は指摘しておいても良いだろう。
その小説家の作品の映像化作品のひとつに映画『人生模様 (O. Henry's Full House)』 [ヘンリー・コスター (Henry Koster)、ヘンリー・ハサウェイ (Henry Hathaway)、ジーン・ネグレスコ (Jean Negulesco)、ハワード・ホークス (Howard Hawks)、ヘンリー・キング (Henry King) 1952年制作] がある。彼の5篇の短編小説を5人の映画監督が映像化させた選集 (Omnibus Movie) である。拙稿の題材である短編小説『よみがえった改心 (A Retrieved Reformation)』もしくは短編小説『罪と覚悟 (A Retrieved Reformation)』は、その5篇の短編映画の原作とはなってはいない。なってはいないが、映画の冒頭で、ナレーター (Narrator) [演:ジョン・スタインベック (John Steinbeck)] がその5篇の作家の人物像や作品群を紹介する際に、他の短編小説群の一部を抜粋化し映像化したシーンが幾つも登場する。その中のひとつに短編小説『よみがえった改心 (A Retrieved Reformation)』もしくは短編小説『罪と覚悟 (A Retrieved Reformation)』をおもわせる映像が登場するのである。
つまり、この映画の為の5篇には選ばれなかったモノの、オー・ヘンリー (O. Henry) と謂う小説家を語るのに相応しい短編小説である、そんな認識であろう [と、同時に、その作家とその作品群を知るモノ達がみれば、一眼で、ああ、あの作品だなと立ち所に理解できてしまう、そんな解りやすいシーンがこの作品にはあるのだ。ある意味で、極めて映像化しやすい作品でもあろう]。

さて、本題である短編小説『よみがえった改心 (A Retrieved Reformation)』もしくは短編小説『罪と覚悟 (A Retrieved Reformation)』を読んでみよう [以下、作品の内容に関する部分は総て後者での表記等に準ずる事とする]。

物語は単純だ。
保釈 (Bail) 中の、金庫破り (Safecracker) の常習犯ジミィ・ヴァレンタイン (Jimmy Valentine) は、エルモア (Elmore) と謂う小さな街で、自らの前歴を隠す事によって信用と恋愛を掌中に収めようとしている。そして、そこで出逢った恋人アナベル・アダムズ (Annabel Adams) との結婚を契機に、完全に金庫破り (Safecracker) の稼業から掌を引こうと、彼は決意する。
そんな矢先に事件が起きる。
最新式の金庫が披露された当日、アナベル・アダムズ (Annabel Adams) の2人の妹の一方である次女が、遺る一方である三女をその中に閉じ込めてしまうのだ。金庫は開けるべき時間が来るまでは決して開かない。その金庫の販売元はリトルロック (Little Rock)、エルモア (Elmore) からかなり離れたところにある。
それを知ったジミィ・ヴァレンタイン (Jimmy Valentine) は、手際よく金庫を破り (Safecracker)、三女を開放する。
そして、金庫破り (Safecracker) と謂う犯罪を犯した彼は、刑事 (Detective) ベン・プライス (Ben Price) の許に自首するが、刑事 (Detective) はみてみぬふりをしてその犯罪を見逃すのだ。

解読すべきは2つの点だ。
ジミィ・ヴァレンタイン (Jimmy Valentine) がそこで金庫を破れば (Safecracker)、犯罪者として捕縛されてしまう。と、同時に、その街で獲得してきた信頼と、アナベル・アダムズ (Annabel Adams) との恋も喪われてしまう。にも関わらずに、彼は恋人の幼い妹を救出するのに全力を尽くす。
ベン・プライス (Ben Price) は、今ここで少女を金庫の中から解放した人物が、金庫破り (Safecracker) の常習犯、ジミィ・ヴァレンタイン (Jimmy Valentine) であるとたちどころに理解する。彼がずっと追跡、捜索してきた人物なのである。にも関わらずに、彼は、ジミィ・ヴァレンタイン (Jimmy Valentine) が、少女を救命した点をもって、彼を捕縛出来る絶好の機会を放棄するのである。

なんだか、小説『レ・ミゼラブル (Les Miserables)』 [ヴィクトル・ユーゴー (Victor Hugo) 作 1862年発表] で織りなされる様に語られる幾つもの物語、そのひとつであるジャン・ヴァルジャン (Jean Valjean) とジャヴェール警部 (Inspecteur Javert) との物語、そこでの2人の最後の対決が想い起こされもする。

そしてそれ故に、この短編小説を読んだ殆どの読者は、ああ、いい話だねぇと納得するのであろう。
だけれども、この短編小説に描かれている主題を、刑法上の緊急避難. (Necessity On Criminal Law) の問題である、と理解すると、たちまち、そこにみえる光景が全く異なってくるのである。

刑法上の緊急避難 (Necessity On Criminal Law) とは、この場合、次の様なモノである。
現状をそのまま放置しておけば、ひとりの生命が喪われてしまう。
それを回避する為には、金庫を破壊、すなわち器物損壊罪 (Property Damage) を犯さなければならない。
一方にひとりの生命があり、他方に金庫と謂う物品、財産がある。それが秤にかけられて二者択一 (A Choice Between Two Things) を迫られているのである。そして、前者の方が明らかに後者よりも重く、価値がある。
その一方の価値を護る為に、他方の価値を犠牲にする。すなわち、器物損壊罪 (Property Damage) が実行される。だが、その犯罪の実行の目的が、それよりも遥かに価値のあるモノ、この場合は生命を護る為である点をもって、その行為の違法性 (Criminal Defenses) が阻却されるのだ。
すなわち、この短編小説の場合で謂えば、今回の金庫破り (Safecracker) に関してはジミィ・ヴァレンタイン (Jimmy Valentine) が罪を問われる事はない。

尤も、この短編小説の様な事件が起きた際には、実際的には、警察 (Police) による捜査から始まる一連の、法的な手続きを経なければならないのかも知れない。そして、それが行われた結果、假令、刑法上の緊急避難 (Necessity On Criminal Law) が適応されるべきであると判断されたとしても、ジミィ・ヴァレンタイン (Jimmy Valentine) の余罪 (Other Crimes) が追求され、それをもって逮捕 (Arrest) される可能性がない訳でもない。
また、その捜査によって、もしくは、それとは別の観点から、ジミィ・ヴァレンタイン (Jimmy Valentine) の前歴が明らかとなり、彼の将来と現在の恋愛が喪われてしまう可能性がない訳ではない。
しかし、それらは総て、今回の金庫破り (Safecracker) 云々とは別の場所で語られるべき物語であると同時に、別の主題の物語として語られるべきでもあろう。

だけれども、次の様な観点がある事は提供しても良いとはおもう。

短編小説では、事件の発覚から、その解決の為の行為 [金庫破り (Safecracker)] に着手するまでの間、ジミィ・ヴァレンタイン (Jimmy Valentine) の内心は一切、描写されていない。そして、それが故に、読者個々人の自由な解読を誘発する事が可能となる。
と、同時に、それを以て、物語としての普遍性を勝ち得たのではないだろうか。

images
例えば。
そう、ここには一切、描かれてはいないが、彼の内心には、逡巡も躊躇もあった筈なのだ、と。
そんな発想を基に、この短編小説を翻案した作品に、マンガ『おそ松くん (Osomatsu-kun)』 [赤塚不二夫 (Fujio Akatuska) 作 19621969週刊少年サンデー連載] の1篇『チビ太の金庫破り (Chibita, The Safecracker)』 [1965週刊少年サンデー掲載] がある。
そして、その作品を、刑法上の緊急避難 (Necessity On Criminal Law) の観点からみると、全く異なる解釈が可能となる。
主人公チビ太 (Chibita) の逡巡は全くの無用、明らかに、法の無知から発生するモノであり、それによって彼の内心が振り回されるのは、全くの喜劇でしかないのだから。

次回は「」。

附記:
刑法上の緊急避難 (Necessity On Criminal Law) が適用されるのには、幾つかの条件がある。
また、「一人の生命は地球よりも重い (Human Life Is Weightier Than The Earth.)」 [福田赳夫 (Takeo Fukuda) 1977年] と謂う認識を肯定したとしても、生命を救難する事がすなわち刑法上の緊急避難 (Necessity On Criminal Law) が適用されるとは限らない。
例えば、マンガ『ブラック・ジャック (Black Jack)』 [ 手塚治虫 (Tezuka Osamu)19731983週刊少年チャンピオン連載] の主人公、ブラック・ジャック (Black Jack) は無免許 (Unlicensed) でありながらも医療行為、外科手術を行うが、彼がそれによって生命を救ったとしても、刑法上の緊急避難 (Necessity On Criminal Law) が適用されるとは限らない。寧ろ、適用される方が例外と謂っても良いだろう。
ただ、思うに、その中の1篇『山手線の哲 (Tetsu Of Yamanote Line )』[1978週刊少年チャンピオン掲載] は、友引警部 (INspector Tomobiki) [演:アセチレン・ランプ (Acetylene Lamp)] が無免許医 (Unlicensed Doctor) としての逮捕状 (Arrest Warrant) を提示する一方で、[違法である筈の] 医療行為をブラック・ジャック (Black Jack) に強要するのは、なんだか短編小説『よみがえった改心 (A Retrieved Reformation)』もしくは短編小説『罪と覚悟 (A Retrieved Reformation)』の変奏である様にも、ぼくには思える。その1篇に登場する各登場人物の役回りや、彼等に付随する技能や権能が、少しずつ位相 (Phaze) を違えてある様に思えるからだ。
関連記事

theme : ふと感じること - genre :

i know it and take it | comments : 0 | trackbacks : 0 | pagetop

<<previous entry | <home> | next entry>>

comments for this entry

only can see the webmaster :

tackbacks for this entry

trackback url

https://tai4oyo.blog.fc2.com/tb.php/3516-18e88967

for fc2 blog users

trackback url for fc2 blog users is here