2021.12.28.09.16
ここはケーキも美味しいから、今度くる時はたべてみてね。
と、彼女はいう。
もう数十年も前、上京して暮らし始め、しばらく経った時の事である。ぼくの前に座って一緒に昼食をとっているのは、かつての同級生、彼女自身は東京で暮らして2年目の春、この店にぼくを案内したのも彼女だ。彼女は現役でミッション系の大学に合格し、1年間の浪人生活の後、ぼくが都内の別の大学に入学した、そういう訳である。
新しい場所で新しい生活が始まったとはいうものの当時のぼくには、特に具体的な目的もなくぶらぶらとしていた時季だった [それは結局のところ、4年間続いてしまう]。そしてその頃は学生生活で新たに知り合った友人達よりも、かつての級友や浪人生仲間達と逢っていたのだ。だからと謂って、なにをするでもない。高校時代の延長、もしくは、浪人生として受験を口実に手を出しそこねていた幾つもの課題を再履修している様なモノだった。
そんな時に、彼女に再会したのである。
しかもある路線を走る車内での事だ。吊革につかまるでもなくつかまっていた背後から、ぼくの名を呼ぶ声がする。振り返るとそこに彼女が座っていた。
陳腐なTVドラマの陳腐な挿話の様だが、実際にあったのだからしようがない。
ぼくはかつての同級生達と一晩遊んで帰宅する際であって、彼女は午後の講義に出席する際の事だった。ある月曜日、午前の遅い時間の出来事だ。
その日は、彼女の大学そばの喫茶店で話をし、日を改めて1日つきあってもらった。その際にイタリアントマトへと彼女が引率してくれたのだ。
都内と謂っても、ぼくの通っている大学は郊外にあり、当時のぼくの下宿もその近辺にある。だから週末、都心部に出掛ける度に、それは上京であって、いつまで経ってもおのぼりさん気分が抜けない。高校~浪人時代の友人達と遊び続けているのもそこに理由があったのかもしれない。なにせ、食事も買物も、どこへ行ったらいいのかてんで見当がつかないのだから。
そして、彼等と同道する度に、行くべき店等を憶えていく。高い店、安い店、美味しい店、つまらない店、そんな感じだ。
彼女に1日の引率を頼んだのも、そんな理由だった。そして、この店はきちんと記憶しておこうと思ったのだ。なにせ、彼等と行く場所は女性同伴には躊躇われる様な場所ばかりだったのだから。
その年の夏休み、1週間程、帰省した。
帰省といっても、飲食寝泊まりを実家に移動しただけで、やる事は東京でのそれと然程変わらない。但し、今回行動を共にするのは地元の学校へと入学したモノばかりだ。昼は、もしかしたら入学する羽目になってたのかもしれない地元大学構内を案内され、免許を取得したばかりの彼等の運転で、夜遊びへと出掛けた。
そしてその時季、彼女も帰省していた。逢うことになった。指定された場所は地元唯一の繁華街の一角にあるイタリアントマトだった。最近、開店したばかりだと謂う。そしてそれと同時に、他にめぼしい店はないのであった。
そこで待っていたのは、彼女ともう一人、やはりその女性もかつての同級生だ。せっかくだからと謂う事で、飲み物とは別にそれぞれがケーキを注文した。
彼女のお薦めのものでありながら、その時彼女が謂った"今度"が今回となってしまった。それまで行く機会を失していたのは、特に具体的な理由がある訳ではない。相変わらず、野郎達と繰り出しているばかりだった、それだけの事である。

ぼくが喰ったのは、ショコラケーキだ。
勿論、憶えている、「ここはケーキも美味しいから、」と勧めた彼女の台詞、その次を。
その直後、彼女はこう謂ったのだ。
「チョコレートケーキだけはやめた方がいいから、すっごく甘いの」
その注告を無視した理由は幾らでもおもいあたるが、ここでは掘り下げたくはない。
そしてその年の秋、ぼくの不注意から彼女に顰蹙をかってしまう。その場で謝罪はしたモノの、それからは逢う訳にもいかずにそのまま、疎遠となってしまった。
次回は「と」。
附記 1. :
イタリアントマトは数年後、ぼくの大学構内に出店した。4階建ての食堂ばかりが入っているビルの1フロアを占めたのだ。
味は全く一緒。しかも値段は学食として成立するモノ、そのビルに同居する他店と同じ価格帯、そとで喰う事を思えば、圧倒的に低価格である。
だからと謂って、あまり利用したいとは思わなかった。実際に出向くのは他の階ばかりだ。セルフ・サービスであるが上に、店内内装はそのビル特有のモノだった、それが一番おおきな理由だ。
都心部から地元、そして構内へと、企業の視点に立てば事業のさらなる拡大と謂う認識だろうが、ぼくの視点からみれば、これはどうみても都落である。
それ故に、世のトレンドと謂うモノはそんな形で消費、浪費、蕩尽されて行くのだ、そう思えてしまう。
附記 2. :
高校~浪人時代の友人達とは、その夏以降、次第に逢わなくなっていく。
彼等各々が、それぞれの方向へと向かい始めたから、の様だ。
附記 3. :
疎遠となってしまった彼女とは、ある夜に出逢ってしまった。しかも駅頭で。
ぼくが最初の会社に就職した年、残業と謂うモノが連日の様になり始めたばかりの頃だ。
改札に向かうぼくに向かって呼びかける声が聴こえる。振り返ると、ある一群のなかに彼女がいた。
陳腐なTVドラマの陳腐な挿話の様だが、実際にあったのだからしようがない。
ただそんな物語と違うのは、それ以降、彼女と逢う事はない事だった。
ほろ酔い加減の彼女と名刺交換したのにも関わらず [そしてその名刺は捜せばきっと出てくる]。
幸か不幸か、ぼくは [そして彼女も] 営業職ではなかったのだ。
バブル期最全盛、その想い出のひとつとして、憶えているばかりである。
と、彼女はいう。
もう数十年も前、上京して暮らし始め、しばらく経った時の事である。ぼくの前に座って一緒に昼食をとっているのは、かつての同級生、彼女自身は東京で暮らして2年目の春、この店にぼくを案内したのも彼女だ。彼女は現役でミッション系の大学に合格し、1年間の浪人生活の後、ぼくが都内の別の大学に入学した、そういう訳である。
新しい場所で新しい生活が始まったとはいうものの当時のぼくには、特に具体的な目的もなくぶらぶらとしていた時季だった [それは結局のところ、4年間続いてしまう]。そしてその頃は学生生活で新たに知り合った友人達よりも、かつての級友や浪人生仲間達と逢っていたのだ。だからと謂って、なにをするでもない。高校時代の延長、もしくは、浪人生として受験を口実に手を出しそこねていた幾つもの課題を再履修している様なモノだった。
そんな時に、彼女に再会したのである。
しかもある路線を走る車内での事だ。吊革につかまるでもなくつかまっていた背後から、ぼくの名を呼ぶ声がする。振り返るとそこに彼女が座っていた。
陳腐なTVドラマの陳腐な挿話の様だが、実際にあったのだからしようがない。
ぼくはかつての同級生達と一晩遊んで帰宅する際であって、彼女は午後の講義に出席する際の事だった。ある月曜日、午前の遅い時間の出来事だ。
その日は、彼女の大学そばの喫茶店で話をし、日を改めて1日つきあってもらった。その際にイタリアントマトへと彼女が引率してくれたのだ。
都内と謂っても、ぼくの通っている大学は郊外にあり、当時のぼくの下宿もその近辺にある。だから週末、都心部に出掛ける度に、それは上京であって、いつまで経ってもおのぼりさん気分が抜けない。高校~浪人時代の友人達と遊び続けているのもそこに理由があったのかもしれない。なにせ、食事も買物も、どこへ行ったらいいのかてんで見当がつかないのだから。
そして、彼等と同道する度に、行くべき店等を憶えていく。高い店、安い店、美味しい店、つまらない店、そんな感じだ。
彼女に1日の引率を頼んだのも、そんな理由だった。そして、この店はきちんと記憶しておこうと思ったのだ。なにせ、彼等と行く場所は女性同伴には躊躇われる様な場所ばかりだったのだから。
その年の夏休み、1週間程、帰省した。
帰省といっても、飲食寝泊まりを実家に移動しただけで、やる事は東京でのそれと然程変わらない。但し、今回行動を共にするのは地元の学校へと入学したモノばかりだ。昼は、もしかしたら入学する羽目になってたのかもしれない地元大学構内を案内され、免許を取得したばかりの彼等の運転で、夜遊びへと出掛けた。
そしてその時季、彼女も帰省していた。逢うことになった。指定された場所は地元唯一の繁華街の一角にあるイタリアントマトだった。最近、開店したばかりだと謂う。そしてそれと同時に、他にめぼしい店はないのであった。
そこで待っていたのは、彼女ともう一人、やはりその女性もかつての同級生だ。せっかくだからと謂う事で、飲み物とは別にそれぞれがケーキを注文した。
彼女のお薦めのものでありながら、その時彼女が謂った"今度"が今回となってしまった。それまで行く機会を失していたのは、特に具体的な理由がある訳ではない。相変わらず、野郎達と繰り出しているばかりだった、それだけの事である。

ぼくが喰ったのは、ショコラケーキだ。
勿論、憶えている、「ここはケーキも美味しいから、」と勧めた彼女の台詞、その次を。
その直後、彼女はこう謂ったのだ。
「チョコレートケーキだけはやめた方がいいから、すっごく甘いの」
その注告を無視した理由は幾らでもおもいあたるが、ここでは掘り下げたくはない。
そしてその年の秋、ぼくの不注意から彼女に顰蹙をかってしまう。その場で謝罪はしたモノの、それからは逢う訳にもいかずにそのまま、疎遠となってしまった。
次回は「と」。
附記 1. :
イタリアントマトは数年後、ぼくの大学構内に出店した。4階建ての食堂ばかりが入っているビルの1フロアを占めたのだ。
味は全く一緒。しかも値段は学食として成立するモノ、そのビルに同居する他店と同じ価格帯、そとで喰う事を思えば、圧倒的に低価格である。
だからと謂って、あまり利用したいとは思わなかった。実際に出向くのは他の階ばかりだ。セルフ・サービスであるが上に、店内内装はそのビル特有のモノだった、それが一番おおきな理由だ。
都心部から地元、そして構内へと、企業の視点に立てば事業のさらなる拡大と謂う認識だろうが、ぼくの視点からみれば、これはどうみても都落である。
それ故に、世のトレンドと謂うモノはそんな形で消費、浪費、蕩尽されて行くのだ、そう思えてしまう。
附記 2. :
高校~浪人時代の友人達とは、その夏以降、次第に逢わなくなっていく。
彼等各々が、それぞれの方向へと向かい始めたから、の様だ。
附記 3. :
疎遠となってしまった彼女とは、ある夜に出逢ってしまった。しかも駅頭で。
ぼくが最初の会社に就職した年、残業と謂うモノが連日の様になり始めたばかりの頃だ。
改札に向かうぼくに向かって呼びかける声が聴こえる。振り返ると、ある一群のなかに彼女がいた。
陳腐なTVドラマの陳腐な挿話の様だが、実際にあったのだからしようがない。
ただそんな物語と違うのは、それ以降、彼女と逢う事はない事だった。
ほろ酔い加減の彼女と名刺交換したのにも関わらず [そしてその名刺は捜せばきっと出てくる]。
幸か不幸か、ぼくは [そして彼女も] 営業職ではなかったのだ。
バブル期最全盛、その想い出のひとつとして、憶えているばかりである。
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