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2021.10.12.07.52

らいむぎばたけでつかまえて

読んだのは数十年も昔の事である。内容は殆ど憶えていない。だから、これから綴るのは論評でも読書感想文でもない。ぼくのそれを読もうとおもってこの頁にアクセスした方々には、申し訳ない。あなた達の期待には添えられないのだ。

だからと謂って「いまさら本書を再読する気にはならない」のはぼくも同じだ。勿論、松岡正剛 (Seigo Matsuoka) の顰みに倣った (Following HIm Blindly) 訳ではない。あの作品、つまり小説『ライ麦畑でつかまえて (The Catcher In The Rye)』 [J・D・サリンジャー (J. D. Salinger) 作 1951年刊行 野崎孝 (Takashi Nozaki) 訳 1964年刊行] は一度読めばもうそれで充分な作品だからだ。
と、断罪してしまうと読むに当らない駄作であるかの様な、少なくともそんな印象をその作品にぼくが抱いている様に思えてしまうだろうが、そうでもない。
ぼくが謂いたいのは、創作物には一期一会 (Once In A Lifetime) の作品とそうではない何度も何度も咀嚼する必要がある作品と、そのふたつがあって、あの作品は圧倒的に前者である、そう謂いたいだけなのだ。そして蛇足である事を承知した (Needless To Say) 上で綴り加えれば、2分類された前者にも名作と駄作がある様に、後者にも名作と駄作があるのだ。2分類されたどちらかの一方が他方よりも優れていると謂う意味でも、他方が一方に劣っていると謂う意味でもない。
とにかく、あの小説は、遭遇し体験して得た最初の印象もしくは理解が総てであって、それ以降、つまり再読はなんの効力も持たない。ぼくはそうおもっている。だから、ぼくのなかにあるその作品とそれを読んだ結果としての果実を、あなたと共有する事は決してない。せいぜいふたりが出来るのは、その小説が好きなのか嫌いなのか、各々の印象を告げあう事ぐらいのモノなのである。つまり、読書と謂う行為が極めて個人的な体験でしかない、そんな事ばかりが知らしめられる作品なのである。

だからぼくに出来る事、ぼくがして意味のある事は、その時の体験を綴る、ただそれだけなのだ [そして、それ以上の行為を他者に委ねる事も願う事も、なんの意味もないのだ]。

読んだのは、学生時代の事だ。日付の変わったばかりの時間に最初の頁を開き、最後の頁を閉じた時はぼんやりと陽がのぼってきた時だった。尤も、当時のぼくが過ごした夜は、いつもそんな時間にはじまってそんな時間に終わる読書であったから、この小説が特別な作品であると謂う意味は、そこにはない。日常的にぼくが耽る習慣の、その興に呈した幾つもある書籍のその1冊にすぎない。

そして、そんな数十年前の体験の過程のなかで憶えている事と謂ったら、たったのこれつきりだ。
ひとつは、主人公ホールデン・コールフィールド (Holden Caulfield) が延々と堂々巡りばかり、逡巡ばかりを繰り返しているなかで、不意に彼の発言が輝きだす一瞬があった事だ。それはゆうまでもなく、その小説の題名「ライ麦畑のつかまえ役 (The Catcher In The Rye)」と謂う語句が放り出された瞬間である。あたかも、この語句に逢着する瞬間をのみ、この小説が綴りたかった、そんな風情がそこにあるのだ。

そして、もうひとつ。この作品を読み終えたばかりのぼくが思ったのは、読むのが遅かったな、と謂う事なのである。
もっと早く出逢っていれば、まだ間に合ったのかもしれない。そんな感傷なのである。ぼくはもうホールデン・コールフィールド (Holden Caulfield) でもないのだし、とっくのむかしに「ライ麦畑のつかまえ役 (The Catcher In The Rye)」にもなれなくなってしまっていたし、第一になりたいともおもわない。そうおもえたのだ。

そんな数十年前の体験と記憶を基に、その小説の事をいま考えれば、随分とむしのいい話だなぁと謂う様なモノばかりだ。
ひとつは彼の頭のなかにあるライ麦畑 (Rye Field) と謂う心象だ。そこをまるで子供達の解放区の様な、おめでたい場所であるかの様に想定している。だだっ広い全く何もない空間のみこそが産み出し得るモノ、もしくは、自身の背丈よりも遥かに大きな植物があたり一面に生い茂っている場所で行われる行為、それらの認識が極めて限定的なのである。そこに、おおきな虚無が横臥している可能性も、不遜な空気が横溢する怖れも感じてはいないのだ。
だからそれによって、自身の行為を全く善なるモノと肯定する事しか出来ない。そこを走る子供達を不意に拘束しようとする彼の突発的な行為は、彼等の眼には果たして、彼自身が想い描いているモノと全くおなじモノと看做してもらえるなのだろうか。彼の認識を彼等が共有してくれるのだろうか。そんな疑念が全く彼には欠けているのである。

思うに、この小説は、執行猶予 (Moratorium) 期間にある人物が、自身がその渦中にある事に安心立命させる為の機能を有しているのだ。つまり、ぼくはここにいていい、ぼくはこのままでいい。そんな安寧の機能が働くのである。
そしてその機能は、そんな時間が人生と謂う場に於いて、どこに誰にも訪れる、そんな暗黙の了解 (Implicit Assumption) が、読者と彼の属する社会にあって始めて、小説のなかに存する事が約束されるのだ。
その時、それに満足し得るモノ達はきっと、怏々として、青春 (Youth) と謂う語句を無造作に放つのだろう。

寺山修司 (Shuji Terayama) の監督作品、映画『書を捨てよ町へ出よう (Throw Away Your Books, Rally In The Streets)』 [1971年] の題名にある「書(Books)」と謂うモノは、その様な書物をもさしているのではないだろうか。
上でこの小説を「一度読めばもうそれで充分な作品」と断罪したのは、はそんな意味をもぼくは込めている。

少なくともコロナ禍 (COVID-19 Calamity) のいま、数多くの人々が自身の執行猶予 (Moratorium) 期を否応なく過ごしている最中に、こんな長閑な思考がそのまま了解され得るとは、ぼくにはとても思えない。

その小説の題名からぼくが、想起されるのはそんなおもいなのだった。

次回は「」。

附記:
リンダ・ハミルトン (Linda Hamilton) の主演作のひとつに映画『チルドレン・オブ・ザ・コーン (Children Of The Corn)』[フリッツ・カーシュ (Fritz Kiersch) 監督作品 1984年制作] がある。映画『ターミネーター (The Terminator)』 [ジェームズ・キャメロン (James Cameron) 監督作品 1984年制作] でその女優が、ヒロインのサラ・コナー (Sarah Connor) 役を演じる直前の作品である。
まるで、映画『光る眼 (Village Of The Damned)』 [原作:ジョン・ウィンダム (John Wyndham) ジョン・カーペンター (John Carpenter) 監督作品 1995年制作] や映画『蠅の王 (Lord Of The Flies)』 [原作:ウィリアム・ゴールディング (William Golding) ハリー・フック (Harry Hook) 監督作品 1990年制作] の出来損ないの様な物語ではあるが、何故か続編が幾つも制作されて現在では正編を加えれば全8作となる人気シリーズだ。
この映画の骨子 (Plot) を、子供達に追われ玉蜀黍畑 (Corn Field) からの逃亡を謀る男女の物語と看做せば、小説『ライ麦畑でつかまえて (The Catcher In The Rye)』をそっくりそのまま転倒させた世界である。映画は小説の、風刺 (Parody) なのか、模倣 (Pastiche) なのか、誇張 (Caricature) なのか、それとも敬意 (Respect) なのであろうか。
ちなみにこの映画は小説『トウモロコシ畑の子供たち (Children Of The Corn)』 [作:スティーブン・キング (Stephen King) 短編集『深夜勤務 (Night Shift)』[1978年刊行] 所収 1977年『ペントハウス (Penthouse,)』掲載] を原作とし、そして、映画の世界観と原作の世界観はまるっきり異なると謂う [ぼく自身は未読なのでこれ以上に踏み込んだ言及は出来ないのだ]。

附記の附記 1. :
上の附記で言及した映画『光る眼 (Village Of The Damned)』は映画『未知空間の恐怖 / 光る眼 (Village Of The Damned)』原作:ジョン・ウィンダム (John Wyndham) ウォルフ・リラ (Wolf Rilla) 監督作品 1957年制作] のリメイク作である。映画『チルドレン・オブ・ザ・コーン (Children Of The Corn)』は断然に、前者の方に似ている。
それと同様に、映画『蠅の王 (Lord Of The Flies)』は映画『蠅の王 (Lord Of The Flies)』 [原作:ウィリアム・ゴールディング (William Golding) ピーター・ブルック (Peter Brook) 監督作品 1963年制作] のリメイク作である。だが、ぼくは正編は未体験である。

附記の附記 2. :
と、謂う訳で。

images
"Caught In The Corn" from the movie "Children Of The Corn" directed by Fritz Kiersch.
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