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2021.03.23.09.04

つきせかいのおんな

最後に彼女に逢う。彼女の笑顔に遭遇する。その為にこそ語られる200分の物語をみる。
そう謂う映画なのである。

その映画『月世界の女 (Frau im Mond)』 [フリッツ・ラング (Fritz Lang) 監督作品 1929年制作]、その題名だけからどの様な女性をぼく達は想い描くべきだろうか。

その為のヒントならば、いくらでもある。
小説『火星の女 (Girl From Mars)』 [作:夢野久作 (Yumeno Kyusaku) 1936年刊行] に登場するその女性は、素晴らしい身体能力に恵まれた女性である。にも関わらずに、彼女をそう呼ぶ呼び名、「火星の女 (Girl From Mars)」は蔑称である。そしてそれ故に、自嘲して自らもそう名乗っている。だから、その映画のその女性が、そんな由来を持つ呼称である可能性は極めて低いだろう [否、あって欲しい]。
小説『月世界最初の人間 (The First Men In The Moon)』 [作:ハーバート・ジョージ・ウェルズ (H. G. Wells) 1901年刊行] は、文字通りに、月世界探検 (Mission To The Moon) へと赴き、 (The Moon) に降り立った男性の謂いである。
だけれども、小説『火星のプリンセス (A Princess Of Mars)』 [作:エドガー・ライス・バローズ (Edgar Rice Burroughs) 1917年刊行] は、火星 (Mars) 探検に成功した王女 (Princess) の事ではない。火星 (Mars) に棲む王女 (Princess)、火星 (Mars) に赴いた物語の主人公ジョン・カーター (John Carter) が、そこで出逢う女性である。敢えて謂えば、そこで彼を待っていた女性である。

その映画の命名の由来を紐解くシーンは、物語の中盤に登場する。
ひとりの女性が、報道陣の熱い視線を浴びながら、月ロケット (Rocket To The Moon) に搭乗する、その光景である。彼女こそが月世界探検 (Mission To The Moon) に赴く初の女性宇宙飛行士 (Female Astronaut) なのである。そして、ぼく達はそこでの彼女の描写をそのま受容し、そして題名を誤読してしまう。
何故ならば、彼女の搭乗から月ロケット (Rocket To The Moon) 発射へと至るその描写が破格なのだから。そして、そこでの描写と同様の光景が後年、実際の宇宙開発 (Space Exploration) の際にみられた事から、ぼく達はそこでもまた、誤解してしまう。丁寧な科学考証に基づいた緻密な描写であり、またその結果、預言とも謂える迫真性を得た名画である、と。
それは実際にそうなのかもしれない。だが、少なくともぼく達は他の事に気付くべきなのだ。格納庫 (Hangar Shed) から発射場 (Rocket Launching Pad) へと向かう、その描写は、人形特撮TV番組『サンダーバード (Thunderbirds)』 [19651966ITC放映] や特撮TV番組『ウルトラセブン (Ultraseven)』 [19671968TBS系列放映] に、そのまま継承されているのだ、と。そこで何度も観たそれらの光景は、映画『月世界の女 (Frau im Mond)』での、月ロケット (Rocket To The Moon) 発射の焼き直しなのである。
そして、その運搬の光景が描かれている間ずっと、挿入されている別の映像がある。それは、その光景に歓喜し熱狂する群衆のざわめきと、それを煽る報道のありさまである。そこに着目すれば、その光景をそのまま再現してしまったかの様な、ナチズム (Nationalsozialismus) の擡頭に恐れ慄く事も出来ようし、また、この映画を制作した監督が映画『メトロポリス(Metropolis)』 [フリッツ・ラング (Fritz Lang) 監督作品 1926年制作] を制作した人物である事も至極当然の様に、受容出来ようモノなのである。

その感動の高揚に導かれるがままにぼく達もまた、宇宙空間へ、月世界 (The World Of The Moon) へと誘われるのだが、その前に触れておかねばならない事がある。
その理由は、先にも記した様に、月ロケット (Rocket To The Moon) が発射されるのは、物語の中盤である事による。つまり、それ以前に語られていた物語をここで再認識しておく必要が、ぼくにはあるのだ。

それは、月ロケット (Rocket To The Moon) に搭乗した5名の人物達のなかにある、その動機なのである。
最初に挙げられるべきは、 (The Moon) に存すると謂う金鉱 (Gold Mine) の発見である。その主張の首謀者は、その発言をもって学会 (Academic Conference) を追われてしまう。そして、その発言に着目した人物によって、謀略が企まれ、物語前半はその謀略が着実に履行されていく、その模様を中心に描いて、物語が語られていく。
そこに描かれてある光景は、例えば小説『地球から月へ (De la Terre a la Lune)』 [作:ジュール・ヴェルヌ (Jules Verne) 1865年刊行] で語られている、牧歌的な月ロケット (Rocket To The Moon) 開発の光景、楽観論にみちた建設的な行動とは真逆のモノである。
ぼくの脳裏に浮かぶのはマンガ『ロスト・ワールド (Lost World)』 [作:手塚治虫 (Osamu Tezuka) 1948年刊行] の前半部、真の物語の舞台であるママンゴ星 (The Planet Mamango) に向かう直前まで描かれていた、エネル石 (Energi Stone) を巡る争奪戦 [そしてその争いはママンゴ星 (The Planet Mamango)に於いても継承される] の光景なのである。
と、謂うよりも、ぼく達が憶い出すべきは、この映画を制作した監督が映画『ドクトル・マブゼ (Dr. Mabuse, der Spieler - Ein Bild der Zeit)』 [フリッツ・ラング (Fritz Lang) 監督作品 1922年制作] を制作した事であるべきなのだろうか。その映画に描かれてある争闘の世界、そしてそれは観るモノの眼を奪い、しかも捕らえて離さない程に、魅力的な映像の乱舞がそっくりそのまま、この映画にも現出しているのだ。

しかしながら、物語の主人公であるヘリウス (Wolf Helius) [演:ヴィリー・フリッチ (Willy Fritsch)] が月ロケット (Rocket To The Moon) 開発に掌を染めるには、金鉱 (Gold Mine) 発見とは別に、複雑な事情が彼にはあった。恋人が他の男性と婚約してしまった、その失意からの逃避と謂う理由がある。しかも、その恋人と謂うのが、既に上に登場した女性フリーデ (Friede Velten - Astronomy Student) [演:ゲルダ・マウルス (Gerda Maurus)] である。すなわち、彼女もまたおのれの婚約者を帯同して、月ロケット (Rocket To The Moon) に搭乗するのである。

しかも、謀略の策動の行く果てとして、ヘリウス (Wolf Helius) 達は、彼等に敵対するモノが弄ぶ甘言に従わざるを得ず、彼等は彼等に対して敵対行為を行なっていたその相手と組まざるを得なくなっていたのだ。つまり、最終的には、互いの宿敵同士が掌を組む事によって初めて、月ロケット (Rocket To The Moon) が完成する。その結果、文字通りの呉越同舟 (Bitter Enemies In The Same Boat)、ひとつの月ロケット (Rocket To The Moon) にかつての敵対者が同乗する事になったのである。
主人公ヘリウス (Wolf Helius) の視点に立てば、月ロケット (Rocket To The Moon) の真の目的に対してその行方を阻むかもしれない人物と、自身の恋愛感情をもつれさす人物とが、共にひとつの月ロケット (Rocket To The Moon) に同乗している事になるのだ。しかも、表面上は互いに協力を惜しまない風情で佇んでいるが、問題の根元は、なんら解決されてもいないのである。確執は確執のまま遺恨は遺恨のままに、ともに地上を離れ、宇宙空間 (Outer Space) へ、さらには月世界 (The World Of The Moon) へと、邁進する事になる。

[航行上にあらたな問題として勃発したのは、密航者 (Stowaway) の存在である。しかし、彼が存在する事によって孕む問題が露わとなるのは、物語のクライマックスに置いて、である。]

月ロケット (Rocket To The Moon) は無事に月面 (The Surface Of The Moon) へと到達した。そして、彼等はそれぞれが抱いていた目的を実際に行動に移す。しかも、誰もが皆、初心を貫徹しようとするのだ。それ故に、金鉱 (Gold Mine) 発見は、争奪戦の様を呈し、それによって、それを主目的とした人物達の誰もが横死を遂げる。

では、我が主人公、ヘリウス (Wolf Helius) はどうなのか。
争奪戦に参加する事のなかった人物達は皆、かろうじて無事であった。しかし、その煽りを受けて生存者全員での帰還は困難なモノとなる。
彼等は意を決して、究極の選択を迫られ、そして、誰もが、当初からあったおのれの望みを完遂しようとする。

愛するモノに愛を拒まれた [筈の] ヘリウス (Wolf Helius) は、その愛するヒトさえもいない、おのれだけの居場所を求めて、 (The Moon) へと向かった筈なのだ。
そして迫られた選択を確実なかたちで遂行する事によって、いま、ここに彼はそこで望むべき環境を入手する事になる。
しかし。

彼の目の前に、ひとりの女性が待っている。悪戯が発覚して恥じらう様な、己の真の感情の発露に戸惑う様な、そんな面持ちではにかんでいるひとりの女性がそこにいる。
その彼女こそが、『月世界の女 (Frau im Mond)』、 (The Moon) で彼を待っている女性なのである。

次回は「」。

附記 1. :
この映画の原作は、同名の小説『月世界の女 (Die Frau im Mond)』 [作:テア・フォン・ハルボウ (Thea von Harbou) 1929年刊行] である。そしてその執筆者は当時、映画監督の妻であり、映画の脚本にも映画監督と共に関与している。
そして、その小説は、映画公開の前年である年に刊行された。その年に、雑誌『ヴォーグ (Vogue)』では1928年11月10日号 (November 10, 1928) に於いて、『月世界の住人 (Dwellers In The Moon)』 [著:ジェネビーブ・ウィムサット (Genevieve Wimsatt)] なる特集記事を展開している。

images
附記 2. :
上掲画像はマンガ『ロスト・ワールド (Lost World)』の最終頁 [こちらから] 。
映画とマンガ、ふたつの作品を体験したヒトビトならば、ぼくがこの画像を掲載した理由を解ってもらえるだろう。
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