2009.02.10.21.08
というのは、救急医療の窮状や、産科医師不足を論ずる為に題したのではなくて、ここで書くのは、実は漫画の話です。
漫画読みならば忘れてはならないフレーズである筈のこの「医者はどこだ」。
この台詞はその発表の後に、様々な漫画で、パロディ(Parody)や引用(Quotation)、オマージュ(Hommage)やリスペクト(Respect)やパスティーシュ(Pastiche)やカリカチュア(Caricature)をされてきているのだけれども、そのオリジンはこれ。つげ義春(Yoshiharu Tsuge)作『ねじ式』。
なのだけれども、この作品に関しては以前こちらで触れているので、今回はもうひとつの作品、もうひとつの「医者はどこだ」を紹介します。
それは、手塚治虫(Osamu Tezuka)の『ブラック・ジャック(Black Jack)
』。その第一回作品のタイトルがこの「医者はどこだ」。
物語の粗筋は次の通り。
交通事故で瀕死の息子を救う為に、町の有力者は、息子と同年代同体型の少年を冤罪に陥れて、手術の為の肉体提供者にしようとする。有力者に手術を依頼された無免許医のブラック・ジャック(Black Jack)は、少年の顔を息子の顔に整形して、少年の命を救う。
この作品が発表されたのは、1973年11月19日号の『週刊少年チャンピオン』において。水島新司(Shinji MIzushima)『ドカベン(Dokaben)』、永井豪(Go Nagai)『キューティー・ハニー(Cutie Honey aka Cutey Honey)』、藤子不二雄 A(Fujiko Fujio A)『魔太郎がくる!!』、つのだじろう『恐怖新聞』、吾妻ひでお(Hideo Azuma)『ふたりと5人』といった人気作品[つーか現在の視点で観れば、エポック・メイキング(Epoch-making)な作品ばかり]が目白押し。その中に手塚治虫(Osamu Tezuka)"漫画家生活30周年記念"と銘打って連載が開始されたのが、本作品なのである。
だが、そんな打ち出しにも関わらずに、その内情は随分と異なるものだった。
当時の手塚治虫(Osamu Tezuka)は、『きりひと讃歌(Ode To Kirihito)』、『奇子(Ayako)』『I.L(I.L)』や『やけっぱちのマリア』『アポロの歌(Apollo's Song)』といった問題作・話題作を発表するもののその人気には陰りが観えていて、もはや少年誌での作品発表は難しい状況となっていた。現に、『きりひと讃歌(Ode To Kirihito)』、『奇子(Ayako)』『I.L(I.L)』等は総て青年誌での発表であり、少年誌で発表された『やけっぱちのマリア』『アポロの歌(Apollo's Song)』等は逆にPTAから有害図書として非難批判される様な始末。
そういう状況下で発表されたのが『ブラック・ジャック(Black Jack)
』なのだけれども、捲土重来(Try Again Even Harder )や一発逆転といった大勝負を賭けてたわけではなくて、編集者サイドからのオファーは、短期連載[その経緯の詳細はこちらにあります]だった。
従って、何処とも知れぬ得体の知れない人物を主人公とした、一話読切りの連作として設定されたのが、本編の主人公ブラック・ジャック(Black Jack)なのである。
だから、彼の黒ずくめの風体から始って白髪まじりの髪の毛、顔面を断ち切る大きな手術痕や、そこを境目にして皮膚の色が大きく違う事等の、設定に関する描写や説明は連載当初では、殆どなされていなかった。
但し、短期連載の筈が、予想外にも読者の受けがよく、連載が長期化していくうちに、何とも知れぬ得体の知れない人物に、様々な表情や人格が後付けされてゆく。そして、それは天涯孤独の[様な印象を与えられていた]彼を取り巻くヒトビト、ピノコ(Pinoko)や本間丈太郎(Dr. Honma)やドクター・キリコ(Dr. Kiriko)や、ここでは医師として登場する手塚治虫その人(Osamu Tezuka Appeares In His Works)等の登場によって、次第に明らかとされてゆくのである。
だから、ブラック・ジャック(Black Jack)の初登場作品となる「医者はどこだ」は、今の彼を知るモノの視点から観ると、随分と奇異なものに観える。
と、いうのは、この物語に横たわる医療に於ける問題がすっかり忘れられているからだ。
有力者からのオファーを、手術する医者の視点から観れば、次の様になる。
「死に瀕したひとつの生命を救う為に、健康体に宿る生命を見殺しにして欲しい」
平時ならば、それに対する回答は、容易いだろう。勿論、眼前に山の様に積まれた現金と己の倫理との呵責は、あるのだろうけれども。
しかし、これが、妊婦とそれに宿る新しい生命との関係に読み替えてみたら?
もしくは、これが災害時等で、多種多様な怪我人が居る現場ではどうだろう。軽症や重傷や重体の、しかも老若男女問わない様々な世代の、治療を欲するヒトビトで溢れかえっていたら...。
そこにいる医師は、適切な判断が出来るのだろうか?
その様な状況下で、適切な判断や執り得べき最良の選択が可能な医師への渇望、すなわち、医師視点ではなくて、患者視点でこの問題を見据えれば、たったひとこと「医者はどこだ」。
そして、この回答を求めて、メメクラゲに刺されて出血の止まらない左腕を抱えながら、僕らは不条理な世界を彷徨うのである。「医者はどこだ」と。
その様な問題に対する回答が、後の『ブラック・ジャック(Black Jack)
』で、なされたのだろうか? 否、この問題は常に、医師側に存在していた。
それとも、本作品を継ぐ"医療漫画"が、その回答を成す為に現れたのか?

少なくとも、本作品が初めて単行本化された『ブラック・ジャック』少年チャンピオンコミックス第一巻
では、"恐怖コミックス"と名付けられていたのである。
そして、その巻頭を飾るのが「医者はどこだ」。
次回は「だ」。
ところで、手塚治虫(Osamu Tezuka)と言えばスター・システム(The Star System)。『ブラック・ジャック(Black Jack)
』はその完成形と看做されていて、手塚治虫(Osamu Tezuka)・キャラクター総まくりの『Black Jack 300 Stars’ Encyclopedia
』なんていう本も刊行されています。
せっかくなので、「医者はどこだ」に出演したスター・キャラクター達を以下に列挙しておきます。誰がどんな役で登場したのか、それは作品に実際に触れてご確認下さい。
アセチレン・ランプ(Acetylene Lamp)
お茶の水博士(Professor Ochanomizu a.k.a. Dr. Packidermus J. Elefun)
カオー・セッケン(Kao Sekken)
サボテン・サム(Saboten Sam)
スパイダー(Spider)
力有武(Chikara Aritake)
テツノのオッサン(Tetsuno-no Ossan)
ドジエモン(Dojiemon)
ハム・エッグ(Ham Egg)
ヒョウタンツギ(Hyoutan-Tsugi a.k.a. Gourdski, Poison Mushroom)
ブラック・ジャック(Black Jack)
ヘック・ベン(Ben Heck)
丸首ブーン(Marukabi Boon)
レッド公(Duke Red)
ロック・ホーム[間久部緑郎](Rokuro Makube a.k.a. Rock Holmes)
漫画読みならば忘れてはならないフレーズである筈のこの「医者はどこだ」。
この台詞はその発表の後に、様々な漫画で、パロディ(Parody)や引用(Quotation)、オマージュ(Hommage)やリスペクト(Respect)やパスティーシュ(Pastiche)やカリカチュア(Caricature)をされてきているのだけれども、そのオリジンはこれ。つげ義春(Yoshiharu Tsuge)作『ねじ式』。
なのだけれども、この作品に関しては以前こちらで触れているので、今回はもうひとつの作品、もうひとつの「医者はどこだ」を紹介します。
それは、手塚治虫(Osamu Tezuka)の『ブラック・ジャック(Black Jack)
物語の粗筋は次の通り。
交通事故で瀕死の息子を救う為に、町の有力者は、息子と同年代同体型の少年を冤罪に陥れて、手術の為の肉体提供者にしようとする。有力者に手術を依頼された無免許医のブラック・ジャック(Black Jack)は、少年の顔を息子の顔に整形して、少年の命を救う。
この作品が発表されたのは、1973年11月19日号の『週刊少年チャンピオン』において。水島新司(Shinji MIzushima)『ドカベン(Dokaben)』、永井豪(Go Nagai)『キューティー・ハニー(Cutie Honey aka Cutey Honey)』、藤子不二雄 A(Fujiko Fujio A)『魔太郎がくる!!』、つのだじろう『恐怖新聞』、吾妻ひでお(Hideo Azuma)『ふたりと5人』といった人気作品[つーか現在の視点で観れば、エポック・メイキング(Epoch-making)な作品ばかり]が目白押し。その中に手塚治虫(Osamu Tezuka)"漫画家生活30周年記念"と銘打って連載が開始されたのが、本作品なのである。
だが、そんな打ち出しにも関わらずに、その内情は随分と異なるものだった。
当時の手塚治虫(Osamu Tezuka)は、『きりひと讃歌(Ode To Kirihito)』、『奇子(Ayako)』『I.L(I.L)』や『やけっぱちのマリア』『アポロの歌(Apollo's Song)』といった問題作・話題作を発表するもののその人気には陰りが観えていて、もはや少年誌での作品発表は難しい状況となっていた。現に、『きりひと讃歌(Ode To Kirihito)』、『奇子(Ayako)』『I.L(I.L)』等は総て青年誌での発表であり、少年誌で発表された『やけっぱちのマリア』『アポロの歌(Apollo's Song)』等は逆にPTAから有害図書として非難批判される様な始末。
そういう状況下で発表されたのが『ブラック・ジャック(Black Jack)
従って、何処とも知れぬ得体の知れない人物を主人公とした、一話読切りの連作として設定されたのが、本編の主人公ブラック・ジャック(Black Jack)なのである。
だから、彼の黒ずくめの風体から始って白髪まじりの髪の毛、顔面を断ち切る大きな手術痕や、そこを境目にして皮膚の色が大きく違う事等の、設定に関する描写や説明は連載当初では、殆どなされていなかった。
但し、短期連載の筈が、予想外にも読者の受けがよく、連載が長期化していくうちに、何とも知れぬ得体の知れない人物に、様々な表情や人格が後付けされてゆく。そして、それは天涯孤独の[様な印象を与えられていた]彼を取り巻くヒトビト、ピノコ(Pinoko)や本間丈太郎(Dr. Honma)やドクター・キリコ(Dr. Kiriko)や、ここでは医師として登場する手塚治虫その人(Osamu Tezuka Appeares In His Works)等の登場によって、次第に明らかとされてゆくのである。
だから、ブラック・ジャック(Black Jack)の初登場作品となる「医者はどこだ」は、今の彼を知るモノの視点から観ると、随分と奇異なものに観える。
と、いうのは、この物語に横たわる医療に於ける問題がすっかり忘れられているからだ。
有力者からのオファーを、手術する医者の視点から観れば、次の様になる。
「死に瀕したひとつの生命を救う為に、健康体に宿る生命を見殺しにして欲しい」
平時ならば、それに対する回答は、容易いだろう。勿論、眼前に山の様に積まれた現金と己の倫理との呵責は、あるのだろうけれども。
しかし、これが、妊婦とそれに宿る新しい生命との関係に読み替えてみたら?
もしくは、これが災害時等で、多種多様な怪我人が居る現場ではどうだろう。軽症や重傷や重体の、しかも老若男女問わない様々な世代の、治療を欲するヒトビトで溢れかえっていたら...。
そこにいる医師は、適切な判断が出来るのだろうか?
その様な状況下で、適切な判断や執り得べき最良の選択が可能な医師への渇望、すなわち、医師視点ではなくて、患者視点でこの問題を見据えれば、たったひとこと「医者はどこだ」。
そして、この回答を求めて、メメクラゲに刺されて出血の止まらない左腕を抱えながら、僕らは不条理な世界を彷徨うのである。「医者はどこだ」と。
その様な問題に対する回答が、後の『ブラック・ジャック(Black Jack)
それとも、本作品を継ぐ"医療漫画"が、その回答を成す為に現れたのか?

少なくとも、本作品が初めて単行本化された『ブラック・ジャック』少年チャンピオンコミックス第一巻
そして、その巻頭を飾るのが「医者はどこだ」。
次回は「だ」。
ところで、手塚治虫(Osamu Tezuka)と言えばスター・システム(The Star System)。『ブラック・ジャック(Black Jack)
せっかくなので、「医者はどこだ」に出演したスター・キャラクター達を以下に列挙しておきます。誰がどんな役で登場したのか、それは作品に実際に触れてご確認下さい。
アセチレン・ランプ(Acetylene Lamp)
お茶の水博士(Professor Ochanomizu a.k.a. Dr. Packidermus J. Elefun)
カオー・セッケン(Kao Sekken)
サボテン・サム(Saboten Sam)
スパイダー(Spider)
力有武(Chikara Aritake)
テツノのオッサン(Tetsuno-no Ossan)
ドジエモン(Dojiemon)
ハム・エッグ(Ham Egg)
ヒョウタンツギ(Hyoutan-Tsugi a.k.a. Gourdski, Poison Mushroom)
ブラック・ジャック(Black Jack)
ヘック・ベン(Ben Heck)
丸首ブーン(Marukabi Boon)
レッド公(Duke Red)
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