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2020.12.08.08.52

たまごのたつはなし

コロンブスの卵 (Uovo di Colombo) なら知っている。 (Egg) をすこしつよく、その底部がつぶれる程度のちからでぐしゃっと卓上におけばいい。その方法とそれをめぐる逸話を知ったのは、小学校2年生 (Second Grader Of Elementary School) の頃だ [既にここに綴ってある]。
それからしばらくして、食塩 (Salt) を利用する方法を知る。あらかじめひとつまみ程度の食塩 (Salt) を卓上に盛り、その上に (Egg) を据えるのである。 (Egg) がその上にたっている事を確認したら、ふっと強い息でその下にある食塩 (Salt) を吹き飛ばす。その結果、実際には食塩 (Salt) によって支持されている (Egg) は、さも自力で立っている様にみえるのだ。
件名として掲げたその文章を読む前、そのふたつの方法のいずれかについて記述されてあるとばかりに思っていた。
しかし、全然、違う話なのである。

青空文庫 (Aozora Bunko) の所蔵作品を順番に読んでいる。作家別、50音順 (The Order Of The Japanese Syllabary) のラインナップに従って読み進め、今ようやくな行 (The "Na" Column Of The Japanese Syllabary Table) に辿り着いた。今は、夏目漱石 (Natsume Soseki) である。
彼の数人前には、中谷宇吉郎 (Ukichiro Nakaya) があり、そこにある著述作品を順番に読んでいた時の事である。
妙な既読感がある。しかし、著者の名前こそ事前に知ってはいるモノの、彼の作品に接するのは今回が初めての筈なのだ。
既読感がある作品は随筆『立春の卵 (An Egg In Lichun)』 [1947年 雑誌『世界』掲載] と謂う。

これまでの記憶をずっと辿っていくと、かつて学習した教科書 (Textbook) のどこかにそれとよく似た文章があると思い出す。
調べてみると、その文章は随筆『たまごの立つ話 (A Tale Of How An Egg Can Stands Alone)』と謂うモノで、教科書 (Textbook)『現代の国語 新版 1年 (Modern Japanese New Edition First Grader)』 [1978三省堂刊行] に掲載されてある。
既読感の原因は、そこにある様なのだ。

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"The Triumph Of The Egg" 1933 photo by Paul Outerbridge

随筆『立春の卵 (An Egg In Lichun)』 と随筆『たまごの立つ話 (A Tale Of How An Egg Can Stands Alone)』の関係はよく解らない。前者を記述した中谷宇吉郎 (Ukichiro Nakaya) が、生徒・学生向けに書き改めたモノなのか、それとも、前者を教科書 (Textbook) 向けに編集者が手を加えたものか、そのいずれかだろうが、では果たして、どちらなのだろう。経緯は解らないのだ。
解らないが、それぞれの作品で綴られてある主題と骨子、そしてその為の論の進め方には変更はない様ではある。
だから、ここでは、ふたつの作品を厳密に分別して語るのではなくて、両者を混同したままで、ここから先へと進める事とする。

立春 (Lichun) に (Egg) が立つと謂う。中国 (China) の古書にその記述があると謂う。そして、最近になって、それを立春 (Lichun) に実際に試してみたところ、見事に (Egg) がたったと謂う。
そんな科学的な事件? を発端とした筆者の思考と行動をそのまま綴ったモノである。そして、立春 (Lichun) 以外の日は、 (Egg) が立たないのであろうかと、実際に筆者自らが試みる事になる。
その実験までを含めた顛末とその結果を得ての筆者の思考がその作品のなかに押し込められているのだ。

実際にどうだったのかは、文章そのものにあたればいい。決して長くはない文章である。そして、拙稿を読んでいるあなたもぼく同様に、教科書 (Textbook) でその論述を既に読んでいるのかもしれない。

ぼくなりにそこに記述されてある事柄を纏めてみると、次の様なモノとなる。

中国 (China) の古書にある記述をそのまま信用してしまうのは、決して科学的な態度ではない。だからと謂って、その反対に真っ向から否定してしまうのも、また、科学的な態度とは謂えない。だから、先ず追試 (Scientific Scrutiny) が必要となる。その古書に述べられた事をそのまま実行してみるのである。つまり、立春 (Lichun) と謂う特別な日に、 (Egg) を立てる実験を行う。
その結果をみて、話題となった時点に、筆者は遭遇したのだ。
だが、果たして、追試 (Scientific Scrutiny) の結果だけに信を置くのは、果たして真に科学的な態度であろうかと、筆者は疑問に思う。そして、対照実験 (Scientific Control) の必要を感じ、それを実行してみる。つまり、所与の条件である、立春 (Lichun) と謂う前提に変更を加え、別の日に、 (Egg) を立てる実験を行うのだ。

ところで、『松岡正剛の千夜千冊 (Seigo Matsuoka One Thousand and One Nights Volumes)』の第1夜 [第1回] (The First Night) は、中谷宇吉郎 (Ukichiro Nakaya) の随筆『 (Snow)』 [1938年刊行] である。そこにこんな記述がある。

「中谷宇吉郎は師匠の寺田寅彦にくらべると名文家でもないし、俳諧に遊ぶでもなく、関心も多様ではない。文章に機知を飛ばせるわけでもない。どちらかといえば理科一辺倒だ」

青空文庫 (Aozora Bunko) での彼の所蔵作品を読む限りに置いては、上の引用文に於ける「理科一辺倒 (Exclusive Devotion To Science)」に関しては一切、異論はない。一見すると日常的な些事に関する話題から、いつのまにか科学的な視点や科学的な思考が持ち出され、主題はいつしか科学とはなにか、さもなければどうあるべきかと謂う主題へと収斂されてしまうだ。
随筆『立春の卵 (An Egg In Lichun)』 乃至随筆『たまごの立つ話 (A Tale Of How An Egg Can Stands Alone)』も同様である。
古書にある記述を愛でると謂う事も出来ないし、そこにある記述の真偽が問い糾された結果をそのま寿ぐ事も出来ないのだ。
そして、それ故に、教科書 (Textbook) に掲載されてもしまうのだ。

と、謂う論調でもって、中谷宇吉郎 (Ukichiro Nakaya) にある限界を糾弾する事も実は可能なのだ。

だけれどもそれとは別に、その作品に記述されてある事柄を、所謂、科学から少し離れてみる事は出来ないであろうか。
と、謂うのは、中谷宇吉郎 (Ukichiro Nakaya) の態度が、科学者のそれであると謂うよりも、古典的な意味に於ける本格派推理小説 (Authentic Detective Novel) に登場する名探偵のそれにも似ていないだろうか。と、思ったからである。

例えば、密室殺人事件 (Locked‐room Murder Case) として読者の前に顕れる小説『モルグ街の殺人事件 (The Murders In The Rue Morgue』 [エドガー・アラン・ポー (Edgar Allan Poe) 1841年発表] に於ける探偵C・オーギュスト・デュパン (C. Auguste Dupin) の"窓 (The Windows)" を巡る推理は、随筆『立春の卵 (An Egg In Lichun)』 乃至随筆『たまごの立つ話 (A Tale Of How An Egg Can Stands Alone)』での探究と同一のモノをぼくは感ずるのである。

そこで、『松岡正剛の千夜千冊 (Seigo Matsuoka One Thousand and One Nights Volumes)』での第1夜 [第1回] (The First Night) にある先の記述をぼくはひっくり返してみたくもなる。
つまり、彼の師である寺田寅彦 (Torahiko Terada) ならば、この随筆『立春の卵 (An Egg In Lichun)』 乃至随筆『たまごの立つ話 (A Tale Of How An Egg Can Stands Alone)』をどの様に思考し、記述するのだろうか、そしてさらには、寺田寅彦 (Torahiko Terada) の師である夏目漱石 (Natsume Soseki) ならば、如何なる物語へと生成するのであろうか、と。そんな事も考えながら、青空文庫 (Aozora Bunko) 所蔵の夏目漱石 (Natsume Soseki) 作品をぼくは読み進めている。
[彼の随筆『寒月の「首縊りの力学」その他 ("The Mechanic On Hanging Oneself" By Kangetsu Mizushima And Others)』 や随筆『冬彦夜話 - 漱石先生に関する事ども - (Tales Told At Night By Fuyuhiko : About Mr. Soseki)』 [共に1938年 随筆集『冬の華 (The Flowers In Winter)』 所収] 等に書いてあるが、中谷宇吉郎 (Ukichiro Nakaya) 曰く、寺田寅彦 (Torahiko Terada) は巷間謂われている様な、夏目漱石 (Natsume Soseki) の小説に登場する幾人かのモデルではなくて、寺田寅彦 (Torahiko Terada) が紹介したり解説したりした科学的な話題を、夏目漱石 (Natsume Soseki) は小説内に於ける逸話へと昇華したのだと謂う。]

次回は「」。
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