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2020.10.27.08.44

くらげのほねなし

四肢 (Extremity) のある (Serpent) というのもよく解らない存在だが、骨格 (Skeletal System) のある水母 (Jellyfish) と謂うのはそれ以上によく解らない存在である。

四肢 (Extremity) のある (Serpent) は、誰もが知っている様に『旧約聖書 (Vetus Testamentum)』の『創世記 (Liber Genesis)』、その第3章 (Chapter 3) に登場する。イヴ (Eva) を誘惑し、神から食餌する事を禁ぜられた果実を捕食せしめ、イヴ (Eva) と彼女の伴侶アダム (Adam) を、約束されていた楽園から追放せしめた、その (Serpent) である。彼はその罰をもって有していた四肢 (Extremity) を喪う。ここにして、我々には馴染みでかつ、[文字通りに] 蛇蝎の如く嫌悪される (Loathe LIke Snakes And Scorpions) (Serpent) と謂う生物が誕生したのである。

骨格 (Skeletal System) のある水母 (Jellyfish) は、民話『猿の生肝 (The Heart Of A Monkey)』とか民話『水母の骨無し (Jellyfish Has No Bones)』と呼ばれる物語に登場する。それらの民話は我が国の諸地方に流通しているのみならず、世界各地に及んで偏在しているらしい。彼は、自身が務める竜宮城 (Ryugu-jo : Dragon Palace Castle) から (Monkey) の捕獲を命ぜられ、それを実行せんと果敢に努力するが、その達成目前での軽弾みな発言により、その任務を失敗に終わらせる事となる。彼はその罰をもって有していた骨格 (Skeletal System) を喪う。ここにして、我々には馴染みでかつ、一見したところ浮遊体 (Something Floating) としか判ぜられない水母 (Jellyfish) と謂う生物が誕生したのである。

(Serpent) にしろ、水母 (Jellyfish) にしろ、処罰をもって自らが有していた器官 (Organ) を奪われると謂うところは、何故か、共通している。
しかし、その罰せられる罪の動機となるモノが著しく違う。 (Serpent) が確信犯 (Uberzeugungsverbrechen) であるのに対し、水母 (Jellyfish) は過失犯 ( Fahrlässigkeitsdelikt ) である。
そして、彼等の犯した罪のおおきさの違いは、如何なるモノか。前者が、現在から将来へと及ぶ人類全体の命運を決定せしめたの対し、後者はたかだか病人1名の生命如何にその影響が及ぼすだけだ ["たかだか"とか"だけだ"とか断言するのは些か不用意で早急に過ぎるのかもしれないが]。その代わりの代償が、前者が四肢 (Extremity) であり、後者は全骨格 (All Of Skeletal System) なのである。刑罰の軽重と謂う点を考えると、それぞれの科刑は充当だったや否やは議論が待たれるところだ。

ところで。

四肢 (Extremity) のある (Serpent) と謂うモノは [言語上] よく解らない存在ではあるのだが、それを想い描くのは然程、難しくはない。蛇足 (Superfluity) と謂う成語もある。 ここで、過去から現在までに渡って描写された表現方法を並べ立てる余裕は一切ないが、ひとつだけ指摘しておこう。映画『天地創造 (The Bible : In The Beginning)』 [ジョン・ヒューストン (John Huston) 監督作品 1966年制作] での、フラビオ・ベンナーティ (Flavio Bennati) が演じた (Serpent) がある。『創世記 (Liber Genesis)』を映像化したその映画での彼の描写は、然程に不自然にはみえない。決定的な名解答とは呼べないかもしれないが、作例のひとつとしては、充分なモノとぼくには思われる。

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『旅立つ水母 [『青柳および日本の民話』より] (The Jelly Fish Takes A Journey ; An Illustration For The Green Willow And Other Japanese Fairy Tales』 [ワーウィック・ゴブル (Warwick Goble) 作 1910年発表]

もう一方のよく解らない存在である、骨格 (Skeletal System) を有する水母 (Jellyfish) は、果たして、どう思い描いたら良いのであろうか。これがまったくもって解らない。記憶を辿っても、検索を幾らしても、ぼくが納得出来る程に、骨格 (Skeletal System) を有する水母 (Jellyfish) を描いた作品は発見出来ない。それとも、骨格 (Skeletal System) があろうともなかろうとも水母 (Jellyfish) の外観上のアイデンティティーは可変する必要がないのであろうか。
無論、その骨格 (Skeletal System) は体内に有されてあるのだから、外見上、骨格 (Skeletal System) の有無が不明確であるのは当然だ [仮にその水母 (Jellyfish) が外骨格 (Exoskeleton) を有しているのならば、より一目瞭然である筈なのだ]。だからと謂って、骨格 (Skeletal System) があるが故に発現され得る関節 (Joint) を想定させる様な描写は皆無なのである。
もしかしたら、骨格 (Skeletal System) を有する水母 (Jellyfish) の、その骨格 (Skeletal System) とは、海鼠 (Sea Cucumber) 等が有する骨片 (Ossicle) の様な存在なのだろうか。

さて、ここでぼくが読んでいるのは、その民話を翻案した童話『くらげのお使い (A Jellyfish Goes On An Errand)』 [楠山正雄 (Masao Kusuyama) 作 発表年初出不明] である。
これを読むと、考えるべき事はいくらでも出てくる。例えば、何故、水母 (Jellyfish) は失敗したのであろうか、と謂う疑問である。
直接の原因は、言わんもがなの事実を、事もあろうに、もう一方の当事者である (Monkey) に告白してしまった点だ。では、何故、そんな発言を彼がしてしまったのか。
うっかりものとかおろかもの、ではこたえにはならない。
ひとつには、彼が、 (Monkey) と謂うモノ、そしてその (Monkey) が所有している生肝 (Raw Liver) の実態を知らなかったと謂う点である。前者に関しては、周辺に智恵を乞うかたちでなんとかなった様である。尤も、それ以前に、彼等が与えたもう情報では、無事に、その (Monkey) が棲む地へと到着出来るや否やも、いささか疑問であるのだが、取り敢えず、彼は (Monkey) に遭遇し得たのである。しかしながら、生肝 (Raw Liver) と謂うモノの実態を知らないが故に、今回のていたらくは発現してしまうのだ。
そして、もうひとつには、物語上に顕れている限りは、命令にあるのは (Monkey) の捕獲及びその移送に関するモノだけである。だから、彼はその (Monkey) のみを自城へと導けば良いのである。にも関わらずに、彼の脳裏には、 (Monkey) の生肝 (Raw Liver) と謂うモノが存在しているのだ。仮に、 (Monkey) の生肝 (Raw Liver) を持参せよと謂う命令だけであったら、彼はどの様な行動をとっただろうか。この辺りを考えると、過失は水母 (Jellyfish) のみならず、その命令者にもある様な気もしてくる。もし仮に、彼に直接下された命令が、 (Monkey) の捕獲と移送のみであったのにも関わらず、周辺から、その (Monkey) を必要とする真の目的が生肝 (Raw Liver) であると謂う情報がもたらされているとしたら、情報管理等の不手際と謂う責も誰かが負う必要もあるのではないか。

そして、物語のなかでも言及されている様に、果たしてその命令の実行者として水母 (Jellyfish) が果たして適任であったや否やと謂う疑問も、追究せねばならないだろうと、思えてくるのである。

それ故に、この民話は、任に当たるのが水母 (Jellyfish) ではなくて、 (Turtle) とするモノもあると謂う。
そうなると、ぼくは、竜宮城 (Ryugu-jo : Dragon Palace Castle) を舞台とするもうひとつの民話『浦島太郎 (Urashima Taro)』の事を想わずにはいられないのだ。

もしかしたら、水母 (Jellyfish) の失敗を受けて第2陣として出発したのが (Turtle) であり、その (Turtle) が任地に赴く前に捕獲された事によって幕を上げるのが民話『浦島太郎 (Urashima Taro)』と謂う物語ではないのか、と。
もしかしたら、 (Turtle) の救出者として歓待された陸棲人、すなわち浦島太郎 (Urashima Taro) の体内に巣食う病原菌等が、実は病因となって、民話『猿の生肝 (The Heart Of A Monkey)』または民話『水母の骨無し (Jellyfish Has No Bones)』と謂う物語の開幕となったのではなかろうか、と。

次回は「」。
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