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2020.10.20.08.45

しょうじょじごく

その語句は、現在のぼく達にあるその語感と多少ズレがある様に思われる。
小説集『少女地獄 (Girl Hell)』 [夢野久作 (Yumeno Kyusaku) 作 1936年刊行] の表題にある少女 (Girl) は、その作品を読むと大雑把に謂えば、10代後半から20代前半の女性の事であるらしい。そして、その小説のどの"少女 (Girl)"達もまた、 就学期間を終えた女性達である [その作品の中の1篇だけは学生時代から書き起こされてあるが物語の主となる事件は卒業直後、就職直前のモノである]。だからと謂って、オー・エル (Office Lady) と呼ぶのは似つかわしくはない。どれも専門職と呼ぶのに相応しいモノであるのだから。と、謂う辺りに着目してみれば、当時の女性とその労働環境と謂うモノもみえてくるのかもしれない。ちなみに、"少女 (Girl)"達は誰もが未婚。謂わば、現在ではその語句の使用が憚られる時もある結婚適齢期 (Marriageable Age) の彼女達なのである。

物語はみっつある。小説『何でも無い (Never Mind)』、小説『殺人リレー (Murder Relay)』 [本作のみ、刊行前に1934年に雑誌『新青年 (Shin-seinen) に掲載された] そして小説『火星の女 (Martian Woman)』である。以降、拙稿ではそれぞれを第1話、第2話そして第3話と呼ぶ事にする。

3篇はどれも、ある人物からある人物へ宛てた書簡 (Letter) と謂うかたちを採っている。第3話のみ、その書簡 (Letter) で綴られるべき出来事を新聞記事 (Newspaper Story) からの引用として、冒頭に掲げられている。しかし、書簡 (Letter) のそとで語られている事柄も、あらかじめ記述された文章であると謂う意味では、新聞記事 (Newspaper Story) も書簡 (Letter) と同様なのである。
また、それらの書簡 (Letter) の綴り手は、そこで語られる物語の主人公、すなわち少女 (Girl) であるか、もしくは、その少女 (Girl) 達の行動をよく知る直接の関係者である。

この小説集は、探偵小説 (Detective Story) と分類されるべきモノだが、果たして、そこに探偵 (Detective) の介在すべき必然性のあるや否やは、判断に苦しむところである。
第1話は、刑事事件 (Criminal Case) に発展する可能性は先ず、ない。仮にあったとしても名誉毀損 (Defamation) であろうし、そして名誉毀損 (Defamation) であるが故に、犯罪行為であると断定出来る物証が極めて少ない様に思える。
第2話は、プロバビリティーの犯罪 (Crime In Probability) である。拙ブログでは、この犯罪、もしくはそれを題材とした小説に関して既に、ここここに綴ってある。だからその犯罪が如何様なモノであるかは拙稿では詳にはしないが、一言をもって謂えば、その犯罪が犯罪たる理由は、犯人の主観のなかにしか存在し得ないモノである。物証と謂う客観的な事物が存在しないのだ。従って、犯人の自白 (Confession) でのみによってしか、罪を問えないモノなのである。
つまり、第1話と第2話は、犯罪であるや否やは、その行為者すなわち犯人以外には、認められ得ないモノなのである。従って、それを小説と謂うかたちにするには、犯人の内心、もしくはそれに代わり得るモノが縷縷として綴られていくしかない。と、謂う事は自ずとその小説は、探偵小説 (Detective Story) である事から脱却し、異なる地平に於いて評価されるべき作品になるのに違いない。
そう謂う点からみると、第3話こそ、探偵小説 (Detective Story) と呼ぶに相応しい形骸が与えられてある様にも思えるが、その作品は第2話と同様、倒叙ミステリー (Inverted Mystery) の作品なのである。だから第2話と同様、少女 (Girl) が自身の内面を曝け出すかたちをもって、物語が語られていくのだ。そしてその為にこそ用いられたのが、書簡 (Letter) と謂う形式なのである。

と、綴ってしまうと、第1話や第2話の集大成、すなわち、書簡体小説 (Epistolary Novel) でありかつまた探偵小説 (Detective Story) であると謂う形式を突き詰めたモノが第3話であるかの様に思えるかもしれない。
その可能性は否定しない。
しかし、読むべきは、第1話にこそ、あるとぼくは想うのだ。

第1話は、少女 (Girl) のついた嘘 (Lie) が次から次へとあらたな嘘 (Lie) を産み出す、もしくは少女 (Girl) はその嘘 (Lie) を産み出し続けざるを得ない、その悲劇を綴った作品である。
少女 (Girl) は自ら発した嘘 (Lie) を、嘘 (Lie) であると見抜かれない様にする為に、別の嘘 (Lie) をつかなければならない。そして、それは雪達磨式 (Snowball Effect) に増え、当初はささやかなモノだったものが、次第に重大なモノとなる。そして、その結果、それらの嘘 (Lie) が周囲を振り回すばかりではなく、自身をもその嘘 (Lie) に引き摺り回されてしまう。それ故に、彼女は自死せざるを得なくなる。そんな物語だ。
小説内にある書簡 (Letter) には、その少女 (Girl) の嘘 (Lie) の被害者が、もうひとりの被害者に彼女の自死を報告するかたちをもって、生前の彼女の行為、否、嘘 (Lie) が綿々と綴ってあるのである。

そして、小説を読むモノは誰しも、被害者達の内心にあるおおきな傷と、そしてそれと同時に、少女 (Girl) の内心にあるべきであろう傷へとこころを馳せさせるだろう。

しかし、ここでたちどまるべきなのだ。書簡 (Letter) の綴り手は、彼女の遺骸をみていないのである。彼が認めたのは、彼女の遺言 (Will And Testament) とされる1通の書簡 (Letter) だけなのである。
果たして、そこに嘘 (Lie) は存在していないのであろうか。

そしてまた、"生前"の少女 (Girl) の悪行とその末路としての死を語る、書簡 (Letter)、すなわちこの小説自体を疑う必要はないのであろうか。この書簡 (Letter) そのものが、少女 (Girl) によるひとつの嘘 (Lie) であると謂う可能性はないであろうか。

そして、そんな疑義を念頭に於いて第2話そして第3話へと読み続けていくと、ふたつの物語のいずれにも嘘 (Lie) がおおきく介在している事に気づく。

勿論、この3作を探偵小説 (Detective Story) として読めば、探偵小説 (Detective Story) である以上、嘘 (Lie) がそこに綴られてあるのは必然である。
マンガ『名探偵コナン (Detective Conan)』 [青山剛昌 (Gosho Aoyama) 1994年連載開始 週刊少年サンデー連載] の主人公、江戸川コナン (Conan Edogawa) の決め台詞『真実はいつもひとつ (One Truth Prevails)』は、裏を返せば、そこに幾重にも折り重なった嘘 (Lie) が横溢してある事を前提とした発言である。

しかし、そこで暗に指摘されてある嘘 (Lie) の存在とは、すこし別の地位を、この小説集では与えている様にも読めるのだ。

しかも、あらためて綴れば、第2話と第3話は、少女 (Girl) 自身の綴る書簡 (Letter) でもって構成されている。果たして、その書簡 (Letter) そのものも嘘 (Lie)ではないか、そんな憶測すら可能なのである。

images
高橋英吉 (Eikichi Takahashi) 作『少女像 (A Girl Sculpture)』 [1936年作 宮城県美術館 (The Miyagi Museum Of Art)所蔵]。
小説集刊行の年に発表された、少女 (Girl) を題材とした作品として掲載する。

次回は「」。

附記 1,:
作品集の題名をどう解釈するべきなのかは、悩ましい。一読すると、物語の主人公たる"少女 (Girl) "達が陥った地獄 (Hell) と思える一方で、彼女達によってもたらされた地獄 (Hell) と読めない事もない。
と、謂うのは、どの物語にも彼女達の行為に翻弄されて破滅する"おとこ"達が描かれてあるからである。

附記 2.:
上に綴った、第1話の解読をさらに発展させると、物語の話者とはなにかと謂う問題にもなるだろうし、物語の話者とその主人公が一致した場合、すなわち、一人称の物語をどう解釈すべきかと謂う問題にもなるだろう。つまり、そこに綴られてあるものごとへの信憑性の問題である。
それは例えば、私小説 (I-Novel) と謂うジャンルへの疑義ともなるであろう。

附記 3.:
作品集を原作とする映画『夢野久作の少女地獄 (Yumeno Kyusaku No Shojo Jigoku : Girl Hell)』 [小沼勝 (Masaru Konuma) 監督作品 1977年制作] はあるが、ぼくは未見である。
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