2020.09.08.08.40
白昼、蝋製 (Wax) の鉄仮面 (Homme au masque de fer) の人形が、ふたりの少年の眼前で動き出す。何者かが、蝋人形 (Wax Sculpture) に扮して、その時までそこに潜んでいたのである。
閑散とした「中曾夫人ロウ人形館」 (Madame Chusauds) なる場所での出来事である。
小説『仮面の恐怖王
(Masked Fear King)』 [江戸川乱歩 (Edogawa Ranpo) 作 1959年 雑誌少年連載] の物語はその様にして開幕する。
そして、ぼく達は上記、わずかみっつの文章のなかに、ふたつも引用がある事に気付かねばならない。
すなわち、小説『ブラジュロンヌ子爵 (Le Vicomte de Bragelonne
)』 [アレクサンドル・デュマ・ペール (Alexandre Dumas Pere) 作 1847~1850年 新聞シエークル (Le Siecle) 連載] の登場人物を模した蝋人形 (Wax Sculpture) [に仮装した人物] と、それを展示する場所が実在するマダム・タッソー館 (Madame Tussauds) [1835年創立] を模したモノである事を [猶、「中曾夫人ロウ人形館」 (Madame Chusauds) がマダム・タッソー館 (Madame Tussauds) の模倣である事は小説内で言及されている]。
この小説は、そんな引用ばかりが横溢する作品なのである。
仮面の恐怖王 (Masked Fear King) を名乗る怪人物は、その物語に於いて、幾度も、その姿を違えて登場する。
鉄仮面 (Homme au masque de fer) に扮したのを皮切りに、道化師 (Clown)、黄金仮面 (Golden Mask) そしてゴリラ (Gorilla) へとその姿を変えていく。無論、仮面の恐怖王 (Masked Fear King) の正体は、怪人20面相 (The Fiend With Twenty Faces) である。
ちなみに、"本物"の黄金仮面 (Golden Mask) の正体は、小説『黄金仮面
(Golden Mask)』 [江戸川乱歩 (Edogawa Ranpo) 作 1930~1931年 雑誌キング連載] で語られてある様に、モーリス・ルブラン (Maurice Leblanc) 創造の、アルセーヌ・ルパン (Arsene Lupin) である。
その一方で、小説『宇宙怪人
(Phantoms From The Space)』 [江戸川乱歩 (Edogawa Ranpo) 作 1953年 雑誌少年連載] で用いられた怪人20面相 (The Fiend With Twenty Faces) のトリックがそのまま転用されていたり、仮面の恐怖王 (Masked Fear King) こと怪人20面相 (The Fiend With Twenty Faces) は、かつての怪人20面相 (The Fiend With Twenty Faces) の本拠地、奇面城 (Kimen The Castle) [小説『奇面城の秘密
(The Secret Of Kimen The Castle)』 [江戸川乱歩 (Edogawa Ranpo) 作 1958年 雑誌少年連載] に登場] に関して言及したりもする。
ついでに綴ってしまえば、奇面城 (Kimen The Castle) なる名称は、アルセーヌ・ルパン (Arsene Lupin) を主人公とする小説『奇巌城
(L'Aiguille creuse
)』 [モーリス・ルブラン (Maurice Leblanc) 作 1909年発表] の影響下にあると看做しても良いだろう [ここでも仏国の怪盗の影が潜んでいるのだ]。
そして、それ以外にも、かつてどこかで読んだ様な奇策や詐術が何度となく、この小説には顕れるのである。
【一言をもってして断罪してしまえば、仮面の恐怖王 (Masked Fear King) とは怪人20面相 (The Fiend With Twenty Faces) の換言に過ぎない。敢えて強調すべき事があるのだとしたら、20と謂う数字を明示してその多数とそれを可能とする技術を主張するのではなく、それによってもたらされるモノが恐怖 (Fear) であると主張しているのに過ぎないのだ。数から質への転換がその名称変更によって成されているのだと解すべきなのである [小説『怪奇四十面相
(The Bizarre With Forty Faces)』 [江戸川乱歩 (Edogawa Ranpo) 作 1952年 雑誌少年連載] にみられる様にかつて彼は怪人20面相 (The Fiend With Twenty Faces) の名を捨てて怪奇40面相 (The Bizarre With Forty Faces) を名乗っていた。その方向性を放棄したのである]。】
それをもって、その小説の作者である江戸川乱歩 (Edogawa Ranpo) の劣化を声高に叫ぶのは簡単だ。実際に、彼の名作や傑作と比べると、この小説は明らかに駄作、愚作と評し得る。
本作を含む少年探偵団シリーズ (The Boy Detectives Series) がジュヴナイル (Juvenile) である以上、それらの物語は、名探偵明智小五郎 (Kogoro Akechi) 配下の、小林芳雄 (Yoshio Kobayashi) 率いる少年探偵団 (Boy Detectives) を語るべきモノである。それ故に当初は、名探偵の宿敵として登場した怪人20面相 (The Fiend With Twenty Faces) が、いつしか、小林芳雄 (Yoshio Kobayashi)、否、少年探偵団 (Boy Detectives) と覇を競う様になってしまったのも仕方がないのかもしれない。彼がつけねらうのは、いつのまにやら財宝や宝物ではなくなって、小林芳雄 (Yoshio Kobayashi) の失脚や少年探偵団 (Boy Detectives) の失敗なのである。つまりは愉快犯 (Criminal For Pleasure) へと堕したのである。否、恐ろしげな魔人 (Magus) や怪人 (Phantom) を装って、世を騒がす彼は、ぼく達が財宝や宝物の所有者でない限りは文字通りの、愉快な犯罪者 (Pleasant Criminal) でしかないのである。
そして、少年探偵団シリーズ (The Boy Detectives Series) が回を重ねる毎に、怪人20面相 (The Fiend With Twenty Faces) がその様な存在へと次第に矮小化していったとしても、本作はそのなかでも際たるモノなのである。
何故ならば、漆黒の洞窟内に逃げ込んでしまい途方にくれる小林芳雄 (Yoshio Kobayashi) と [少年探偵団員 (One Of The Members Of Boy Detectives) のひとり] ポケット小僧 (Pocketable Boy) を追い詰めようとして、その結果、重傷を負い、小林芳雄 (Yoshio Kobayashi) とポケット小僧 (Pocketable Boy) に救助されてしまうのだから。
堕ちるところまで堕ちた、と謂えなくもない。
だが、ここで少し冷静になってみよう。
この小説が幾重にも引用につぐ引用 [それは盗用につぐ盗用とも剽窃につぐ剽窃と換言する事も可能だ] で構成されていると謂うのは、変装の名人たる怪盗20面相 (The Fiend With Twenty Faces) が登場する以上、致し方ないのではないのではなかろうか。
彼の面目躍如である。
江戸川乱歩 (Edogawa Ranpo) の名言「うつし世はゆめ 夜の夢こそまこと (The Real Life Is In The Dream, A Dream In The Night Is The Real.)」が如実に反映された証左とも謂えるのではなかろうか。
その証拠に、この小説のなかで最も美しいシーンは、黄金仮面 (Golden Mask) 登場のシーンだからである。
しかも、そこに登場する黄金仮面 (Golden Mask) とは、アルセーヌ・ルパン (Arsene Lupin) でも、彼を模した仮面の恐怖王 (Masked Fear King) こと怪人20面相 (The Fiend With Twenty Faces) でもない。それはかつて世を騒がせた黄金仮面 (Golden Mask) の顛末を映画化した、その映画のワン・シーンであり、その光景を構成する人物、すなわちその正体は、黄金仮面 (Golden Mask) を演じる俳優だからである。
物語のなかで上映される映画、つまり、虚構のなかにある虚構、その叙景のひとつが、この小説の中で最も美しいのである。
モノクロの映像の全面に、黄金仮面 (Golden Mask) の笑顔がおおきく映し出される。一切が沈黙しているなか、画面一杯に顕れる仮面の口許から、鮮やかにも一条の鮮血が流れ落ちるのだ。無色の画面のなかで、そこだけあかく染まっていくのである。
1998年から1999年にかけてのポプラ社 (Poplar Co., Ltd.) 刊行の単行本『仮面の恐怖王
(Masked Fear King)』 の表紙絵 [画:藤田新策 (Shinsaku Fujita)] が、劇場を跳梁する黄金仮面 (Golden Mask) である所以がそれなのだ [こちらを参照の事]。
その表紙絵は、ぼくが少年時代に購入した、1964年から1973年に刊行された、ポプラ社 (Poplar Co., Ltd.) の単行本『仮面の恐怖王
(Masked Fear King)』 [画:武部本一郎 (Motoichiro Takebe)] とは違う。
ぼくの手許にあったのは、星空の下を彷徨う西洋甲冑 (Plate Armor)、顔をそむける黄金仮面 (Golden Mask)、懐中電灯こちらに向け光をなげかける少年 [おそらく小林芳雄 (Yoshio Kobayashi) であろう]、そして、夜間を航行する謎の船舶 [仮面の恐怖王 (Masked Fear King) の姦計に陥った名探偵明智小五郎 (Kogoro Akechi) はそこに幽閉されているのだ] である。その小説のいくつもある舞台を入れ子状態にして多層化した作品なのである [こちらを参照の事]。
そして、それが故に、同シリーズの他作品の表紙絵とは異なった表情をみせている。それらの殆どが、前景に少年の肖像 [やっぱりこれも小林芳雄 (Yoshio Kobayashi) だろう] 、後景に怪事件の舞台や怪人物の肖像が置かれてあるのである。つまり、小説『仮面の恐怖王
(Masked Fear King)』 だけが真逆の構成を成しているのだ [そして、その様なモノとしてその小説を認識すべきなのかもしれない]。
ところで、かつてポプラ社 (Poplar Co., Ltd.) から刊行されていた少年探偵団シリーズ (The Boy Detectives Series) は、背表紙が統一された絵柄であって、それは、片膝をついて「けいたい無線電話機」 (Walkie-talkie) で交信を謀る少年 [おそらくこれも小林芳雄 (Yoshio Kobayashi) であろう] の姿なのである。

小説『仮面の恐怖王
(Masked Fear King)』の解決を契機として、既に少年探偵団員達 (Members Of Boy Detectives) が携行している七つ道具 (Paraphernalia) に加えて、彼等はあらたな装備として「けいたい無線電話機」(Walkie-talkie) を獲得する。
その小説は、新兵器誕生秘話と看做す事も出来るのである [掲載画像はこちらから]。
次回は「う」。
閑散とした「中曾夫人ロウ人形館」 (Madame Chusauds) なる場所での出来事である。
小説『仮面の恐怖王
そして、ぼく達は上記、わずかみっつの文章のなかに、ふたつも引用がある事に気付かねばならない。
すなわち、小説『ブラジュロンヌ子爵 (Le Vicomte de Bragelonne
この小説は、そんな引用ばかりが横溢する作品なのである。
仮面の恐怖王 (Masked Fear King) を名乗る怪人物は、その物語に於いて、幾度も、その姿を違えて登場する。
鉄仮面 (Homme au masque de fer) に扮したのを皮切りに、道化師 (Clown)、黄金仮面 (Golden Mask) そしてゴリラ (Gorilla) へとその姿を変えていく。無論、仮面の恐怖王 (Masked Fear King) の正体は、怪人20面相 (The Fiend With Twenty Faces) である。
ちなみに、"本物"の黄金仮面 (Golden Mask) の正体は、小説『黄金仮面
その一方で、小説『宇宙怪人
ついでに綴ってしまえば、奇面城 (Kimen The Castle) なる名称は、アルセーヌ・ルパン (Arsene Lupin) を主人公とする小説『奇巌城
そして、それ以外にも、かつてどこかで読んだ様な奇策や詐術が何度となく、この小説には顕れるのである。
【一言をもってして断罪してしまえば、仮面の恐怖王 (Masked Fear King) とは怪人20面相 (The Fiend With Twenty Faces) の換言に過ぎない。敢えて強調すべき事があるのだとしたら、20と謂う数字を明示してその多数とそれを可能とする技術を主張するのではなく、それによってもたらされるモノが恐怖 (Fear) であると主張しているのに過ぎないのだ。数から質への転換がその名称変更によって成されているのだと解すべきなのである [小説『怪奇四十面相
それをもって、その小説の作者である江戸川乱歩 (Edogawa Ranpo) の劣化を声高に叫ぶのは簡単だ。実際に、彼の名作や傑作と比べると、この小説は明らかに駄作、愚作と評し得る。
本作を含む少年探偵団シリーズ (The Boy Detectives Series) がジュヴナイル (Juvenile) である以上、それらの物語は、名探偵明智小五郎 (Kogoro Akechi) 配下の、小林芳雄 (Yoshio Kobayashi) 率いる少年探偵団 (Boy Detectives) を語るべきモノである。それ故に当初は、名探偵の宿敵として登場した怪人20面相 (The Fiend With Twenty Faces) が、いつしか、小林芳雄 (Yoshio Kobayashi)、否、少年探偵団 (Boy Detectives) と覇を競う様になってしまったのも仕方がないのかもしれない。彼がつけねらうのは、いつのまにやら財宝や宝物ではなくなって、小林芳雄 (Yoshio Kobayashi) の失脚や少年探偵団 (Boy Detectives) の失敗なのである。つまりは愉快犯 (Criminal For Pleasure) へと堕したのである。否、恐ろしげな魔人 (Magus) や怪人 (Phantom) を装って、世を騒がす彼は、ぼく達が財宝や宝物の所有者でない限りは文字通りの、愉快な犯罪者 (Pleasant Criminal) でしかないのである。
そして、少年探偵団シリーズ (The Boy Detectives Series) が回を重ねる毎に、怪人20面相 (The Fiend With Twenty Faces) がその様な存在へと次第に矮小化していったとしても、本作はそのなかでも際たるモノなのである。
何故ならば、漆黒の洞窟内に逃げ込んでしまい途方にくれる小林芳雄 (Yoshio Kobayashi) と [少年探偵団員 (One Of The Members Of Boy Detectives) のひとり] ポケット小僧 (Pocketable Boy) を追い詰めようとして、その結果、重傷を負い、小林芳雄 (Yoshio Kobayashi) とポケット小僧 (Pocketable Boy) に救助されてしまうのだから。
堕ちるところまで堕ちた、と謂えなくもない。
だが、ここで少し冷静になってみよう。
この小説が幾重にも引用につぐ引用 [それは盗用につぐ盗用とも剽窃につぐ剽窃と換言する事も可能だ] で構成されていると謂うのは、変装の名人たる怪盗20面相 (The Fiend With Twenty Faces) が登場する以上、致し方ないのではないのではなかろうか。
彼の面目躍如である。
江戸川乱歩 (Edogawa Ranpo) の名言「うつし世はゆめ 夜の夢こそまこと (The Real Life Is In The Dream, A Dream In The Night Is The Real.)」が如実に反映された証左とも謂えるのではなかろうか。
その証拠に、この小説のなかで最も美しいシーンは、黄金仮面 (Golden Mask) 登場のシーンだからである。
しかも、そこに登場する黄金仮面 (Golden Mask) とは、アルセーヌ・ルパン (Arsene Lupin) でも、彼を模した仮面の恐怖王 (Masked Fear King) こと怪人20面相 (The Fiend With Twenty Faces) でもない。それはかつて世を騒がせた黄金仮面 (Golden Mask) の顛末を映画化した、その映画のワン・シーンであり、その光景を構成する人物、すなわちその正体は、黄金仮面 (Golden Mask) を演じる俳優だからである。
物語のなかで上映される映画、つまり、虚構のなかにある虚構、その叙景のひとつが、この小説の中で最も美しいのである。
モノクロの映像の全面に、黄金仮面 (Golden Mask) の笑顔がおおきく映し出される。一切が沈黙しているなか、画面一杯に顕れる仮面の口許から、鮮やかにも一条の鮮血が流れ落ちるのだ。無色の画面のなかで、そこだけあかく染まっていくのである。
1998年から1999年にかけてのポプラ社 (Poplar Co., Ltd.) 刊行の単行本『仮面の恐怖王
その表紙絵は、ぼくが少年時代に購入した、1964年から1973年に刊行された、ポプラ社 (Poplar Co., Ltd.) の単行本『仮面の恐怖王
ぼくの手許にあったのは、星空の下を彷徨う西洋甲冑 (Plate Armor)、顔をそむける黄金仮面 (Golden Mask)、懐中電灯こちらに向け光をなげかける少年 [おそらく小林芳雄 (Yoshio Kobayashi) であろう]、そして、夜間を航行する謎の船舶 [仮面の恐怖王 (Masked Fear King) の姦計に陥った名探偵明智小五郎 (Kogoro Akechi) はそこに幽閉されているのだ] である。その小説のいくつもある舞台を入れ子状態にして多層化した作品なのである [こちらを参照の事]。
そして、それが故に、同シリーズの他作品の表紙絵とは異なった表情をみせている。それらの殆どが、前景に少年の肖像 [やっぱりこれも小林芳雄 (Yoshio Kobayashi) だろう] 、後景に怪事件の舞台や怪人物の肖像が置かれてあるのである。つまり、小説『仮面の恐怖王
ところで、かつてポプラ社 (Poplar Co., Ltd.) から刊行されていた少年探偵団シリーズ (The Boy Detectives Series) は、背表紙が統一された絵柄であって、それは、片膝をついて「けいたい無線電話機」 (Walkie-talkie) で交信を謀る少年 [おそらくこれも小林芳雄 (Yoshio Kobayashi) であろう] の姿なのである。

小説『仮面の恐怖王
その小説は、新兵器誕生秘話と看做す事も出来るのである [掲載画像はこちらから]。
次回は「う」。
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