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2020.06.23.08.07

とじょう

教科書的な文学史 (History Of Literature In japan) に於いては、きっと看過されてしまうであろう。
だが、視点を変えてそれを眺めてみれば、決して素通りする事は出来ない。
短編小説『途上 (Tojo : While Walking)』 [谷崎潤一郎 (Junichiro Tanizaki) 作 1920年 『改造』掲載] とは、そういう作品である。

その証左に、と説得力を持たせられるや否やは別にして、ぼくがこの短編小説を体験したのが、その短編小説をものした谷崎潤一郎 (Junichiro Tanizaki) の短編集ではないからだ。短編集『日本探偵小説全集〈11〉名作集1 (Detective Stories In Japan vol. 11 Other Masterpieces 1)』 1996創元推理文庫刊行] でぼくはその存在を知ると同時に読んだのである。

この短編小説は、倒叙推理小説 (Inverted Detective Story) としての構造を採っている。登場するのは探偵 (Detective) と"犯人 (Criminal)"だけであり、しかも"犯人 (Criminal)"の視点でのみ語られている。

また、この短編小説の主題は、プロバビリティーの犯罪 (Crime In Probability) である。
プロバビリティーの犯罪 (Crime In Probability) とは何か、と謂う問題に関しては、物語内であますところなく語られている。そして、この短編小説を読んだ江戸川乱歩 (Edogawa Ranpo) は後に、プロバビリティーの犯罪 (Crime In Probability) を主題とする短編小説『赤い部屋 (Red Room)』 [江戸川乱歩 (Edogawa Ranpo) 1925年 『 新青年』掲載] を執筆する。
ぼくが付与すべき情報 [しかも接頭辞として"駄"と謂う1文字が据えられている程度の] は、プロバビリティーの犯罪 (Crime In Probability) を転倒させてみれば、それは刑法学 (Criminal Jurisprudence) 上の未必の故意 (Dolus Eventualis) と謂う命題であり、それに関して、ぼくは既にここに綴ってある、ただそれだけの事である。

そして、この短編小説に関して提供される話題や視点の殆どがそれに尽きていると思われる。
だから、ぼくもそれらの顰みに倣って、ここで擱筆しても、誰にも文句は謂われないだろうが、もう少し、綴ってみる。

この短編小説に登場する、"犯人 (Criminal)"の"犯行 (Crime)"に登場する小道具ないしその為の舞台設定と謂うモノが、現在の視点ではとても興味深いのだ。
健康上での飲酒 (Drinking) や喫煙 (Smorking) に対する考え方、または、都市交通上での電車 (Tram) と乗合自動車 (Bus) の位置付け、果ては被害者の生命を奪う直接的な"凶器 (Weapon)"となったチフス (Typhus) と謂う疫病、それらの物語上での登場の仕方やその結果として占める地位、もしくは登場人物達によるその認識のされ方は、現在ではとても思いつかないモノなのだ。
勿論、それはこの短編小説が執筆された1920年の日本 (Japan)、東京 (Tokyo) の、それらをそのまま反映したモノだからであろう [そして100年後のぼく達はそこから随分と遠くまで来てしまった、と呑気に構える事が出来るとはおもえない]。

[しかしながら、当時の現実、1920年の日本 (Japan)、東京 (Tokyo) の、それらをそのまま反映したモノでなければ、この主題であるプロバビリティーの犯罪 (Crime In Probability) と謂うモノが説得力をもつ事は出来ないであろう。その主題は、いささか、アクロバティックな様相をもっているからである。実際にそれを裏付ける物的証拠 (Physical Evidence) は一切に登場しない。そんな新奇な発想や事物を語る際に於いて、それ以外のモノは堅実的でかつ現実的なモノでなければならない筈なのだ。]

と、謂う事は、この短編小説は1920年の日本 (Japan)、東京 (Tokyo) を描いた風俗小説と謂う観点で読む事も出来るのではないだろうか。

金杉橋 (Kanasugi Bridge) の電車通りで、"犯人 (Criminal)"と探偵 (Detective) は出逢い、銀座通り(Ginza Street) を経て京橋 (Kyobashi) を渡って日本橋 (Nihonbashi) へと辿り着き、そこからさらに歩いて水天宮 (Suitengu) 前の電車通りへと至る。その横丁、蠣殻町 (Kakigara-cho) の一角に探偵 (Detective) が構える事務所があるのだ。
現在のぼく達からみたら、とてもではないが歩く距離ではない。その距離を延々と歩きながら、探偵 (Detective) と"犯人 (Criminal)"との虚々実々の駆け引きが交わされるのである。
そして、何故、歩きながら、探偵 (Detective) と"犯人 (Criminal)"の必死の応酬がなされているのかと謂う理由は、心理上で探偵 (Detective) が"犯人 (Criminal)"の思考とそれによって発せらるべき証言を誘導する様に、物理的に探偵 (Detective) は"犯人 (Criminal)"を自身の事務所へと誘導しているからなのだ。
その結果として物語は、このふたりの会話を描く事ばかりに熱中せざるを得ないのだが、もしも、彼等の歩む街々の情景を丹念に描写してくれれば、1920年の日本 (Japan)、東京 (Tokyo) の素晴らしい記録となったのかもしれない。
と、謂うのは、当時そこにあったであろう風景や風俗の大部は、1923年の関東大震災 (Great Kanto Earthquake) で喪われてしまったのかもしれないからなのである。

images
中澤弘光 (Hiromitsu Nakazawa) 画『早春の日本橋 (Early Spring On The Nihonbashi)』 [1925年頃の作]

上掲画像が掲載されている頁での記述を信頼すれば、そこに描かれてある光景は関東大震災 (Great Kanto Earthquake) 以降のモノである。
これをみながら、この短編小説を読むと、隔靴掻痒 (Scratching Through The Sole Of One's Shoe) にも似た想いを抱いてしまう [いや、単純に、この短編小説の舞台となった場所を主題とする画像、しかも同時代のモノになかなか出逢えないと謂うだけの事なんだけれどもね]。

次回は「」。

附記 1.:
1920年と謂う時代は、雑誌『 新青年 (Shinseinen)』が創刊された年ではあるが、江戸川乱歩 (Edogawa Ranpo) はまだ登場していない [処女作『二銭銅貨 (The Two-Sen Copper Coin)』のその雑誌での掲載は1923年である]。
また、プロバビリティーの犯罪 (Crime In Probability) ならぬ、未必の故意 (Dolus Eventualis) を主題とする短編小説を連打する作家、濱尾四郎 (Shiro Hamao) の登場も1929年、雑誌『 新青年 (Shinseinen)』に於いてである。
と、謂う事を念頭に置けば、短編小説『途上 (Tojo : While Walking)』 の登場は、ぼくのおもう以上に早いのだ。
第一に、その前年にバウハウス (Bauhaus) [1919年開校 1933年閉校] が開校され、映画『カリガリ博士 (Das Cabinet des Doktor Caligari)』 [ロベルト・ヴィーネ (Robert Wiene) 1920年制作] が制作されたのがその年なのである。
モダニズム (Modernism) はようやく端緒に着いたばかりなのである。

附記 2.:
短編小説『途上 (Tojo : While Walking)』 の、その題名のもつ意味について考える。先ず、思いつくのは、探偵 (Detective) と"犯人 (Criminal)"が同行する、その様である。英語題名もそれをもって任じている様だ。
だけれども、何故か、この題名は、探偵小説 (Detective Stories) ないし推理小説 (Detective Novels) そのモノを指し示している様な気がしてならない。この種の文学様式は、今だ発展のさなかにあるのだ、そんな意識が題名に根ざしている様に思えてならない。
それとも、作家である谷崎潤一郎 (Junichiro Tanizaki) 自身にとってみれば、この作品は未完成、習作でしかない、とでも謂いたげなのであろうか。

附記 3.:
ちなみに、物語が終幕を迎える蠣殻町 (Kakigara-cho) には、谷崎潤一郎 (Junichiro Tanizaki) の生家 (Birthplace) がある。では、物語の幕を開ける金杉橋 (Kanasugi Bridge) 近辺には、いったい、なにが?
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