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2020.05.05.08.39

うなぎ

梅雨はまだあけていない。でも、あたまのなかは今日やらなければならない宿題の事よりも、もうすぐやってくる夏休みで一杯だ。ぼくが、そんな小学生だった時季のはなしである。

当時、ぼくが通っていた小学校の通学路に面して、生協 (Consumers' Co-operative) のスーパーが出来た。多分、2年生か3年生の頃だ。
そして、その時季になると、下校時、そこからとても良い匂いがする。
鰻 (Eel) を焼いているのである。その店舗の入口に、臨時の特売場が設けられているのだ。

帰宅したぼくは真っ先にその事を、夕餉の支度に追われている母親に告げる。本来ならば、そんな報告よりも先に彼女に渡さねばならないモノはある。ピーティーエー (Parent-Teacher Association) からのお知らせや朱筆で染められて返却された算数 (Mathematics) のプリントだ。でも、それよりもあの匂いの方を先にすべきなのだ。

彼女の機嫌がよければ、ぼくの主張はなんなく受理される。場合によっては、ぼくの報告をまたずとも実現されている場合もある。だが、大概は、お知らせやプリントに書かれてある事が優先され、そこに書かれてある事態が、その後を左右する。

磯野カツオ (Katsuo Isono) [マンガ『サザエさん (Sazae-san)』 [作:長谷川町子 (Machiko Hasegawa) 1946夕刊フクニチ等連載] に登場] や野比のび太 (Nobita Nobi) [マンガ『ドラえもん (Doraemon)』 [作:藤子・F・不二雄 (Fujiko・F・Fujio) 19691996小学館学習雑誌等連載] に登場] の様な逸話をここで綴ってもきっと面白くないだろう。第一に、ぼく自身が面白くない。
だから、ここでは数日後、ぼくの主張のままに、それが滞りなく実行された場合を記述しておく。

いつもの様に学校から帰宅して、数時間後にはその場に座る食卓は、ふだんのそれよりもすこし淋しい様にみえる。それぞれの席には、箸 (Chopsticks) と御碗 (Bowl) があるだけだ。
そして、父嫌が帰宅する頃を見計って、生協 (Consumers' Co-operative) でのその匂いとおなじモノが台所からやってくる。母親はそこで鰻の白焼き (Unseasoned Grilled Eel) を買ってきたのだ。今夜は、鰻丼 (Grilled Eel And Rice) なのである。

鰻の蒲焼 (Glaze-grilled Eel) は当時のぼくにとっては大好物なのだが、その食餌にはひとつだけ欠点がある。
おかずは、丼 (Bowl For Rice) に山盛りに盛られたご飯の上に乗っかる鰻 (Eel)、その1品だけである。それとは別に汁物 (Soup) はあるにはあるが、それが当時のぼくの腹を満足させてくれる事もない。

だから、こうする。
鰻 (Eel) の匂いを嗅ぎながら、そして、その鰻 (Eel) につけられたれ (Sauce) だけをおかずにして、丼 (Bowl For Rice) に盛られた御飯 (Rice) だけをひたすら喰う。鰻の蒲焼 (Glaze-grilled Eel) には、箸 (Chopsticks) を絶対につけない。そうして、その日の貴重な唯一のおかずを死守して、御飯 (Rice) をお代わりする。そして、その2杯目をもって、ぼくはようやく鰻丼 (Grilled Eel And Rice) にありつけるのだ。

そんな鰻丼 (Grilled Eel And Rice) の食し方をするのは、ぼく達 [と、謂うのは3歳下の弟もぼくを真似ていた] だけかと思ったら後年、マンガ『いまどきのこども (Imadoki No Kodomo)』 [作:玖保キリコ (Kiriko Kubo) 19861991ビッグコミックスピリッツ連載] のある回で、世渡タクミ (Takumi Yowatari) がぼくと全くおなじ食し方を実践していた。
だからと謂って、世代的な共感を彼に感じるのではない。寧ろ、逆に、世渡タクミ (Takumi Yowatari) と謂う登場人物には表題にある「いまどき (Nowadays)」と謂う形容は相応しくないのだと、知る。古典的な、磯野カツオ (Katsuo Isono) や野比のび太 (Nobita Nobi) に通じる、古典的な少年像なのである。もしかすると野原しんのすけ (Shinnosuke Nohara) [マンガ『クレヨンしんちゃん (Crayon Shin-chan)』 [作:臼井儀人 (Yoshito Usui) 1990 2010漫画アクション連載] に登場] よりも旧い、旧種類の少年なのかもしれない。

そして、はなしはぼく個人の体験へと戻る。

ある年のこと、母親が用意した鰻 (Eel) は、冷凍食品 (Frozen Food) のそれだった。
それはあらかじめ調理されたモノが真空パック (Vacuum Packing) にされて保存されており、焼く必要はない。そのパック (Packing) ごと沸騰した湯で温めればよいのである。
ぼくには、その鰻 (Eel) は納得がいかなかった。碌に味など解らない癖に、「この鰻は水っぽいねぇ」と文句を謂う。ぼくにとっての鰻 (Eel) とは、白焼き (Unseasoned Grilled Eel) を焼くと謂う行程が必須の様なのだ。その食餌は、台所で焼くところから始まって、室内にその匂いが充満する事が、鰻 (Eel) と謂う料理なのである。
しかしながら、ぼくの抗議が結実する事はなかった。母親にとっては焼く事よりも煮立てる事の方が、遥かに家事は簡単なのである。
そうして、「水っぽい、水っぽい」と謂いながら、ぼくは2杯目の丼 (Bowl For Rice) をお代わりするのである。

images
映画『秋日和 (Late Autumn)』 [小津安二郎 (Yasujiro Ozu) 監督作品 1960年制作]
より。[画像はこちらから]

次回は「」。

附記:
本来ならば、掲載画像は、マンガ『いまどきのこども (Imadoki No Kodomo)』 でのその回からの方が相応しいのだろうが、ネット上にはそんなモノは存在しないのであった。
ぼくにとっての鰻 (Eel) とは、自宅で丼 (Bowl For Rice) をかっこむ光景に他ならないのだが、それに似つかわしい画像も、意外と発見出来ない。
これがカツ丼 (Pork Cutlet On Rice) ならば、警察の取調 (Investigation) での差し入れといった様なかたちで登場しうるが、鰻 (Eel) はもう少し、場所を選んでしまうのである。
上の画像は、だからまぁ、憧れの場所、聖地 (Sacred Place) の様な情景だと思ってもらいたい。
でもそんなところでは、ぼくが喰べていた様な鰻丼 (Grilled Eel And Rice) は似つかわしくないのかもしれない。鰻重 (Broiled Eel Served Over Rice In A Lacquered Box)、それに肝吸い (Eel Liver Soup) も欲しい。
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