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2020.01.21.08.49

あほうどり

と、その鳥が呼ばれるのは次の様な理由がある。
空にあっては雄々しく優雅に飛翔するその鳥は、地にあっては無様に這い回るしか出来ない。
その様を称してあけすけに阿呆 (Fool) と呼ぶ。

だけれども、もしもその鳥が飛ぶ事を忘れ、その生涯を地を這う事によって終える鳥であるのならば、決して阿呆 (Fool) とは呼ばれないのではないだろうか。
空にあるその雄姿を認めているが故に、阿呆 (Fool) 呼ばわりされるのだ。つまり、何故、おまえはそこにいる。おまえがいるべき場所はここではないだろう。
そんなニュアンスが封じ込められているのではないだろうか。

ぼくが信天翁 (Albatross) と謂う存在を知ったのはいつの事だろう。
(Seagull) はきっと、歌でおぼえた。童謡にも民謡にも歌謡曲にもその姿を顕わしている。
海猫 (Black-tailed Gull) はきっと、TVの紀行番組のなかでだ。映し出される海や海岸、そして港のそこかしこで、その存在を主張している。だが、ぼくは決してみたわけではない。その鳥の名称ともなっている、独特で騒がしい鳴き声によっていつも、彼は自己の存在を激しく主張しているのだ。

では、信天翁 (Albatross) は?

ある時季に、立て続けに、ぼくはその鳥を題材とした作品を幾つか知ったのである。
その順番は憶えていない。

ひとつはシャルル・ボードレール (Charles Baudelaire) の詩作品『信天翁 (L'Albatros)』 [詩集『悪の華 (Les Fleurs du mal)』掲載 1857年発表] である。その邦訳は、いくつか流通しているがぼくが手にっとったのは、彼の詩集『信天翁 (L'Albatros)』 [詩集『悪の華 (Les Fleurs du mal)』、その新潮文庫 (Shincyo Bunko) 版、堀口大學 (Daigaku Horiguchi) の翻訳である。その詩人の名は随分と昔に知ってはいたが、その文庫 (Pocket Edition) を入手する直接の起因は、中原中也 (Chuya Nakahara) と謂う詩人を高校の教科書 (Textbook For High School Students) で知ってから、と記憶している。
さて、その詩は、拙稿の冒頭に記した様な、その鳥のもつ2面性、つまり空にある姿と地にある姿が描写されている。そして、それをもってその鳥に、自身も含めた詩人と謂う人種の肖像を仮託しているのである。つまり、創造のかぎりを尽くし、その詩世界では自由に飛翔する詩人は、それと同時に、日常を過ごす生活人としては如何に無様で嘆かわしいモノであるのか、その詩はそう語っているのである。
勿論、詩人自身の主張としては、その逆で、生活人としての救い様のなさは、自身が創り出す作品でもって救済されるのだ、と謂う様なモノなのであろう。

シャルル・ボードレール (Charles Baudelaire) が描く信天翁 (Albatross) を前提にして、パブリック・イメージ・リミテッド (Public Image Ltd.) の楽曲『アルバトロス (Albatross)』 [アルバム『メタル・ボックス (Metal Box)』収録 1979年発表] を聴くと、それとは全く異なるモノがそこに顕れている。恐怖や不安の象徴、そこで歌われている鳥には、純白の翼ではなくて暗黒のそれの方が相応しそうなのだ。
この楽曲の解釈として、その楽曲の作者のひとりであるジョン・ライドン (John Lydon) の、セックス・ピストルズ (Sex Pistols) 在籍時代のマネージャー、マルコム・マクラーレン (Malcolm McLaren) と彼との確執を歌ったモノであるとするモノがある。そして、ジョン・ライドン (John Lydon) 自身にもそれを是認する様な言動がかつてあったらしい [こちらを参照の事]。だけど、拙稿では、そんな解釈を放棄してみる事にする。
と、謂うのは、この曲のみを聴く事によって受ける印象が、ふたつあるからだ。
上で"恐怖や不安の象徴"と綴った。それは歌のなかの主人公がそれに怯え怖れていると謂う視点があるのと同様に、それを聴くぼく達自身もまた、それに恐れをなして怖気づかざるを得ない。後者の視点に立てば、そこで歌われている鳥とは、パブリック・イメージ・リミテッド (Public Image Ltd.) 自身である、恐怖と不安にさい悩まされている主人公そのものである、そんな認識へと至らざるを得ないのだ。

ところで、この曲の歌詞の1節に「ゲッテイング・リド・オヴ・ジ・アルバトロス (Getting Rid Of The Albatross)」とある。
この語句を、信天翁 (Albatross) の呪縛から解放してくれと解釈する事も出来ようが、字義どうりに理解すると、信天翁 (Albatross) を除去してくれ、と謂う事になる。
そして、ぼくが思い出すのはサミュエル・テイラー・コールリッジ (Samuel Taylor Coleridge) の詩『老水夫行 (The Rime Of The Ancient Mariner)』 [1834年発表] なのである。

その長い詩のあらましはこうである。
長い航海を続ける1隻の帆船に、1羽の信天翁 (Albatross) がつき従っている。まるでこの航海を守護するかの様に。しかし、ある時、船員のひとりである老水夫 (The Ancient Mariner) がこの鳥を射殺してしまう。帆船はいつしか、予定された航路を外れてしまい、いづれともしれぬ大海を彷徨うばかりとなる。その原因を老水夫 (The Ancient Mariner) の愚行と看做した他の船員達は、信天翁 (Albatross) の遺骸を老水夫 (The Ancient Mariner) の頸にくくりつけてしまう。 ...。

images
ギュスターヴ・ドレ (Gustave Dore) の連作『老水夫行 (The Rime Of The Ancient Mariner)』 [1877年発表] の1葉 [上掲画像はこちらから]。

ここまでを読んだ時点では、単純に、老水夫 (The Ancient Mariner) の頸にある信天翁 (Albatross) は罪の象徴である様に思える。しかし、射殺される以前のその鳥は、航海の安全を約束するものであった筈である。それがその死をもって、異なる象徴へと転化するのだ。さらにその後、詩はそこで終わらずに、彼以外の一切の乗員が死に絶えた後の、彼1人だけの航海がながく、綴られていくのである。しかも、おのれの頸にぶらさがっているのは信天翁 (Albatross) の死骸なのだ。そして、ある事件をきっかけに彼は罪の象徴である信天翁 (Albatross) の遺骸から解放されるのである。そうなると、単純な理解だけでは、信天翁 (Albatross) と謂う存在は包摂出来ない様な気がする。勿論、その解放をもって、それを赦免とする事も躊躇われる。
今のぼくには手に負えない代物である。
と、謂うのは、この作品の存在はムック『世界のオカルト文学 幻想文学・総解説 (General Commentary For Occult And Fantasy Literature In The World)』 [著・監修:由良君美 (kImiyoshi Yura) 1981年刊行] を通じてかねてから知っていたのだが、実際に作品そのものに出逢うのは、もう少し後の事だったからである。

但し、バンドのビジネス上の運営を司るマネージャー、すなわち頼もしき存在であるべき人物が、いつしかそのバンド・メンバーの1人にとって呪わしい存在へと化す、と謂う視点を与えてみれば、楽曲『アルバトロス (Albatross)』が、ジョン・ライドン (John Lydon) にとってのマルコム・マクラーレン (Malcolm McLaren) であるのと同様に、詩『老水夫行 (The Rime Of The Ancient Mariner)』の主要人物である老水夫 (The Ancient Mariner) にとっての信天翁 (Albatross) と同様の地位にある、と看做す事も然程、無謀な解釈ではないと思うが、如何だろうか?

ところで、辞典『動物シンボル事典 (Dictionnaire du Symbolisme Animal)』 [著:ジャン=ポール・クレベール (Jean-Paul Clebert) 1971年刊行] の、信天翁 (Albatross) に関する項目には、詩『老水夫行 (The Rime Of The Ancient Mariner)』での役割を前提としてか、こんなかたちでその鳥を説明している。
「船乗りたちにとっては、聖なる鳥であり、魔法の鳥である」、「信天翁を殺す者には呪いがつく」、「信天翁は船乗りのトーテムなのである」と。

次回は「」。

附記:
信天翁 (Albatross) には2面性がある、そんな認識を前提にしてしまうと、憶い出さざるを得ないのが、ルネ・マグリット (Rene Magritte) の絵画作品『大家族 (The Large Family)』 [1963年発表] である。
薄暗闇の曇天のなか、おおきな1羽の鳥が海から飛び立とうとしている。彼の身体は青空で出来ていて、そこだけ鳥の形を成して雲が霧散していると看做す事もまた可能である。そんな作品だ。
しかし、残念ながらここに描かれているのは信天翁 (Albatross) ではないらしい。 (Magpie) だと謂うのだ。
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