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2019.12.31.08.46

りんごおいわけ

ぼくにはこんな記憶がある。

ある夜、ぼくはNHKのFM放送を聴いていた。モダン・ジャズ・カルテット (Modern Jazz Quartet) の来日公演である。そのコンボの名前はいつかどこかで聴いた憶えはあるが、実際に彼等の演奏と音楽を聴くのは初めてである。名前こそよく知っているが、実際に接した事はない。ぼくにはよくある事だ。だからこそ、その夜の放送を聴こうとしたのだろう。その演奏のなかで、既によく知っているメロディーが流れてくる。
それが楽曲『リンゴ追分 (Ringo Oiwake)』 [作詞:小沢不二夫 (Fujio Ozawa) 作曲:米山正夫 (Masao Yoneyama) 歌唱:美空ひばり (Hibari Misora) 1952日本コロムビア発売] のカヴァーだったのだ。

だけれども、そんな記憶を補完してくれるモノがどこにもない。
ぼくが聴いたその時は、恐らく、一旦1974年に解散した彼等が再結成して来日した折、1981年だとは思う。そして、それはもしかしたら武道館 (Budokan) での公演なのかもしれない。しかしながら、その年のその演奏を収録した彼等のアルバム『リユニオン・アット・武道館1981 (Reunion At Budokan 1981)』 [1981年発表] には、その曲の演奏が収録されていないのであった。

いや、別に、当時聴いたぼくの演奏とおなじ音源を聴きたいと謂うのではない。ぼくが確認したいのは、彼等がその曲を演奏したと謂うぼくの記憶を事実として裏付けるモノが欲しいだけなのだ。演奏曲目表だけでも良い。いつの時代、いつの公演でも良い。
それに第一に、彼等がその曲を演奏した理由が、その曲を名曲たると認めたや否や、それとも、日本人ファンに向けてのリップ・サービス (lLp Service) や否や、そんな事も、ぼくにとってはどうでも良いのである。

何故、こんな事に拘泥しているのかと謂うと、次の様な理由があるからだ。

トロージャンズ (The Trojans) のセカンド・アルバム『ザ・スピリット・オヴ・アドヴェンチャー (The Spirit Of Adventure)』  [1988年発表] の解説に、楽曲『リンゴ追分 (Ringo Oiwake)』のカヴァーを巡るいきさつが記述されている。その前年に発表した彼等のファースト・アルバム『アラ・スカ (Ala-Ska)』 [1987年発表] に楽曲『リンゴ・オイワケ (Ringo Oiwake)』 として収録したのである。彼等は、その曲が日本発のモノであると知っていたが為に、その演奏が収録されている以上、その作品は日本発売されるモノと思っていた。即ち、ビッグ・イン・ジャパン (Big In Japan) だ。しかし結果はその逆、その曲が収録されているが為に、日本発売は見送られてしまう。
その経緯を、アルバム『ザ・スピリット・オヴ・アドヴェンチャー (The Spirit Of Adventure)』に封入された解説に於いて、バンド・リーダーのギャズ・メイオール (Gaz Mayall) の発言を引用しながら、花房浩一 (Koichi Hanafusa) が面白おかしく紹介しているのである。

さて、僕の興味を引いたのはその作品発売を阻む理由や存在ではなくて、彼等がこの曲に着目したのは、彼等に先行してこの曲を演奏したモノがいた事なのである。先の解説でも言及されている。
それはスカタライツ (The Skatalites) によるモノだ。彼等の日本編集版『スカ・タ・ショッツ (Ska- ta-shots)』 [1988年発売] に楽曲『りんご[原曲「リンゴ追分」] (Ringo [Ringo-Oiwake])』 [1964年発表] として収録されている。その演奏は銃声から始まり、まるで西部劇映画 (Western Movies) の挿入曲であるかの様な外観をもっている。そんな演奏を前提にして楽曲名を眺めてみれば、その主題は果実の林檎 (Apple) ではなくて、リンゴ・キッド (Ringo Kid) であるかの様に思える。

どうしてこうなってしまったのだろう。ぼくの興味はそこにある。
どう考えても、原曲の演奏と歌唱を知っているのならば、そこからリンゴ・キッド (Ringo Kid) へと着地する術はない。もしそんな事が出来るとしたら、発案者の笑いのセンスは相当なモノだ。
原曲が則っている追分節 (Oiwake-bushi)、つまり馬子唄 (Mago-uta) のリズムから疾駆する馬の描写を思い描くだけでも大変な転換だと思うし、その時季だからこそリンゴ・キッド (Ringo Kid) が登場するのであって、もう数年遅ければそれがリンゴ・スター (Ringo Starr) になったのかもしれない。

だから、スカタライツ (The Skatalites) 自身は原曲を知らないのではないか。そう、ぼくは推理するのだ。ある人物もしくはある音楽集団、勿論、それは複数であっても構わない、彼もしくは彼女さもなければ彼等の演奏を聴き及んだ後に、そのメロディーとリズム、そして曲名から林檎 (Apple) ならぬリンゴ・キッド (Ringo Kid) が出現したのではないか。
そして、そんなスカタライツ (The Skatalites) の演奏をスカ (Ska) の名演としてトロージャンズ (The Trojans) は出逢ったのである。

そして、そんな推理を補完してくれるのがモダン・ジャズ・カルテット (Modern Jazz Quartet) の演奏なのである。
彼等の初来日は1961年、そこで幾つかの日本の曲目を知り、その中のひとつとして楽曲『リンゴ追分 (Ringo Oiwake)』がある。そして、彼等がそれを独自の解釈でもって演奏していたとしたら ...、否、演奏するのは彼等でなくても構わない、彼等の手土産として『リンゴ追分 (Ringo Oiwake)』があり、当時のミュージシャンのネットワーク内に、その曲がいつしか浸透していったら ....、そんな事を妄想しているのである。
だが、残念ながらそんな妄想の存在を補助してくれる様なモノがひとつもないのだ。

例えば、ネットワークで検索してみると、ユセフ・ラティーフ (Yusef Lateef) のアルバム『ジャズ・ラウンド・ザ・ワールド (Jazz 'Round The World)』  [1964年発表] に楽曲『リンゴ・オイワケ (Ringo Oiwake)』が収録されている。発表年はスカタライツ (The Skatalites) のそれと同年である。では、これが最初なのかと謂うと、すこし疑わしい。作品名をみれば解る様に、この作品は世界各国を代表する楽曲群を、自身の世界観に則って演奏したモノである。即ち、彼の理解にあっては、日本を代表するモノが楽曲『リンゴ追分 (Ringo Oiwake)』であると謂う事になる。それは、彼自身がこの曲を発見したと謂う可能性がなくはないが、既にこの曲が日本出自の曲であると謂う認識が一般にあると謂う前提の上にある様に思える。
つまり、ユセフ・ラティーフ (Yusef Lateef) の前に、この曲を演奏したモノがいた可能性が強いのである。

ところで、ジャズ (Jazz) の文脈から眼を転じてみれば、アーサー・ライマン (Arthur Lyman) のアルバム[アルバム『タブー (Taboo)』 [1958年発表] に楽曲『リンゴ・オイワケ (Ringo Oiwake)』が収録されている。モノの見事なエキゾチック・サウンド (Exotic Sounds) である。そして、このジャンルを代表するマーティン・デニー (Martin Denny) もアルバム『エキゾティカ Vol. 3 (Exotica, Vol. III)』 [1959年発表] に於いて楽曲『リンゴ・オイワケ (Ringo Oiwake)』を収録しているのである。
そして、拙稿を綴るにあたって検索して出てきた最古の演奏がアーサー・ライマン (Arthur Lyman) によるモノである。

と、なると、アーサー・ライマン (Arthur Lyman) やマーティン・デニー (Martin Denny) の演奏がスカタライツ (The Skatalites) やユセフ・ラティーフ (Yusef Lateef) に伝播していったのだろうか。

アーサー・ライマン (Arthur Lyman) やマーティン・デニー (Martin Denny) は活動基盤がハワイ (Hawaii) なので、彼等が日本人観光客や在住日系人からこの曲の存在を知る可能性は決してちいさくはない。
だけれども、アーサー・ライマン (Arthur Lyman) やマーティン・デニー (Martin Denny) から一挙にスカタライツ (The Skatalites) やユセフ・ラティーフ (Yusef Lateef) へと伝わるのかなぁ? と謂うのが、いまのぼくの印象なのだ。

アーサー・ライマン (Arthur Lyman) やマーティン・デニー (Martin Denny) と、スカタライツ (The Skatalites) やユセフ・ラティーフ (Yusef Lateef) との間にミッシング・リンク (Missing-link) として、ある演奏が存在しているのか。
さもなければ、アーサー・ライマン (Arthur Lyman) やマーティン・デニー (Martin Denny) と、スカタライツ (The Skatalites) やユセフ・ラティーフ (Yusef Lateef) とは別系統のかたちをとって、楽曲『リンゴ追分 (Ringo Oiwake)』が伝播していったのか。
いずれにしろ、それらの可能性を立証出来るモノがなにもないのである。

次回は「」。

附記 1. :
売れた売れないを別にすれば海外進出と謂う点に於いては、楽曲『上を向いて歩こう (Sukiyaki)』 [作詞:永六輔 (Rokusuke Ei) 作曲:中村八大 (Hachidai Nakamura) 歌唱:坂本九 (Kyu Sakamoto) 1963年発表] よりも、楽曲『リンゴ追分 (Ringo Oiwake)』の方が時季が先なのである。

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附記 2. :
美空ひばり (Hibari Misora) の歌唱する楽曲『リンゴ追分 (Ringo Oiwake)』に関しては、こんな記憶がぼくにある。
ぼくが小学6年生だったある日の日曜日、家族4人で外出した。おそらく、映画を観たのだろう。その帰途、一同そろってレコード店に入り、各自が1枚1枚、シングル・レコードを買う事になった。と、謂うのは先日、ぼくの小学校卒業祝いを口実に、ステレオを購入したからだ。
そのときのシングル・レコード4枚のなかの1枚として、美空ひばり (Hibari Misora) のシングル『リンゴ追分 (Ringo Oiwake)』があった。上掲画像がその時のものだ。B面収録楽曲は初版の際の楽曲『リンゴ園の少女 (A Girl In The Apple Orchard)』 [作詞:藤浦洸 (Ko Fujiwura) 作曲:米山正夫 (Masao Yoneyama) 歌唱:美空ひばり (Hibari Misora) 1952日本コロムビア発売] ではなくて、楽曲『哀愁波止場 (Sorrow At The Wharf)』 [作詞:石本美由起 (Miyuki Ishimoto) 作曲:船村徹 (Tohru Funamura) 歌唱:美空ひばり (Hibari Misora) 1960日本コロムビア発売] である。1971年に発売された盤だ。
帰宅してそのレコードを聴いている母はこう父に囁いた。
「この頃がいちばんよかったわ」
「****してからよね」
そんなことばを聴きながら、ぼくはジャケットに掲載されている彼女の肖像を凝視する。その顔は、歌謡番組に出演している彼女よりも若くて可憐、繊細にも薄幸にも思えた。
[母の発言にある「****」は、当然記憶にあるのだが、ここでは擱筆しておく。]
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