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2019.11.05.12.42

ぐろてすく

ザ・フォール (The Fall) と謂うバンドを知ったのは、当時の彼等が所属していたレーベル、ラフ・トレード・レコード (Rough Trade Records) の日本編集のコンピレーション盤『クリア・カット (Clear Cut)』 [1981年発売] であった。
その第2曲目として、彼等の4枚目のシングル収録曲『シティ・ホブゴブリンズ (City Hobgoblins)』 [1980年発表] が収録されていたのである。

そのコンピレーション盤に関してはいくらでも、語りきれない程に語られる自身はあるが [拙ブログにも何度も登場している]、ここではザ・フォール (The Fall) に限って綴る事にする。

「ザ・フォールというグループ名はオリジナル・メンバーのフリールにより、カミュの小説から付けた。着々と注目を浴びている彼等のアルバム発表も近いということ」

そのコンピレーション盤にある、彼等の情報はメンバー名の列挙を除けば、上に引用しただけだ。
そして、その曲『シティ・ホブゴブリンズ (City Hobgoblins)』がある。

その曲は、勢いにまかせて疾走しようとするところを、その勢いがあるが故に、何度も何度もつんのめっているかの様な印象がある。ざくざくとささくれだったギターの音も、やたらと早口でまくしたてているヴォーカルも、そんな風に聴こえるのだ。
ある意味で、1980年代 (1980s) 初頭の音楽シーン、しかも台頭しつつある新しい勢力を象徴する様にも聴こえる。
単純に謂えば、嗚呼格好良い、その一言に尽きるのだ。

そして上の引用文を裏付けるかの様に国内発売されたのが、彼等の第3作『グロテスク [アフター・ザ・グラム] (Grotesque [After The Gramme])』 [1980年発表 国内盤1981年発売] なのである。そして、それをすぐさま買った [地方在住の1学生であった当時のぼくは、輸入盤を入手する術はなかったのだった]。

ぼくがその作品を購入したのは、あの1曲があるからだ。そして、その当時の国内盤の帯にはうろ覚えの記憶なのだが、インディー・チャートNo. 1の文字が躍っていた筈である。
その文字がひっかかった。
売れている / 売れていない、もしくは人気のある / 人気のない、と謂う様な事象には、殆ど頓着無いかたちで音楽を聴いてきたぼくにとっては、とても珍しい事である。

そして、買ったばかりのその作品を聴いたぼくは途方にくれるのであった。彼等の作品の、唯一の事前情報と看做せる楽曲『シティ・ホブゴブリンズ (City Hobgoblins)』を裏切る様な作品なのだ。同じ様な勢いをかってでている曲は1曲もない [いや、そう解釈しようとすれば出来ない事はないが、その正体は全然違うモノ、そんなふりをしているだけなのだ]。寧ろ、それとは逆の印象を懐かしめるモノばかりなのである。

何故、この様な作品、この様な楽曲群なのだろう。
そう思ってその作品の隅から隅まで眺めても、なにも解らない。

日本語の短い解説文さえそうなのだ。

「ザ・フォールの4枚目にあたるこのアルバムはマイナーとしての信念を確立している」

と、冒頭にある。そしてその次に続くのは「(これはラフ・トレードから送られたバイオの訳です)」と謂う文章だ。この括弧書きの文章の「これは」が一体なにを、どこからどこまでを指しているのか解らない。その直前にある冒頭の1文だけを指し示しているのか、それともこの解説全文がそうであるのか。無署名の、その日本語の羅列は一切に明かしてくれない。その後に続く文章は、収録曲数曲に関する短いコメントだけなのである。

だから、その短文に拘泥するのはそこでやめてみた。

先ず、ひっかかるのは作品名だ。アフター・グラム (After The Gramme)。そのグラム (Gramme) をグラム・ロック (Glam Rock) の謂いだと解釈すると、彼等の登場の直前にあったパンク (Punk) と謂うムーヴメントの存在を一切、否定している様にも読めてしまう [LとRが違うのは現在のぼくは重々承知だ。当時の、いまのぼくよりももっと拙い語力だったぼくの勝手な思い込みなのだ] 。グラム・ロック (Glam Rock) の次を担うのがザ・フォール (The Fall)、自分達自身であると謂う自負である。さもなければ、パンク (Punk) を一過性のモノとして認知しているのか [でも、グラム・ロック (Glam Rock) が一世を風靡した時代も短いモノではあるのだが]。

images
確かに、バック・カヴァーに掲載されている彼等自身のポートレイトは、およそグラム・ロック (Glam Rock) とは程遠いモノだ。
ミュージシャン然とした容姿、風貌、服装をそこにみてとる事は出来ず、貧乏学生達か一介の労務者達であるかの様な人物達の写真が、雑然と配置されているだけなのだ [上掲画像はこちらから]。

それらを指してグロテスク (Grotesque) と命名しているのであろうか。
そして、そんな自己意識が支持されて、インディー・チャートNo. 1と謂う実績を勝ち得たのか。

解らない事ばかりである。

そして、その解らなさに翻弄されるのが、快感になったのだろうか。予想外にも、愛聴していた様な記憶がある。
それはもしかすると、その後、しばらくは彼等の国内盤が発売される事がなかったからかもしれない。

その数年後、ザ・フォール (The Fall) がベガーズ・バンケット・レコード (Beggars Banquet Records) [19841988年在籍] に移籍したのを契機として再び、彼等の日本盤が発売される様になる。
当時のぼく [とその周辺] が抱く印象はどれも、随分、聴きやすくなったな、と謂うモノだった。いくたびかのメンバー・チェンジを経て、そのバンドが女性ギタリスト、ブリクス・スミス (Brix Smith) を擁していた時季の事である。

久しぶりに本作を聴いてみると、とてもポップ (Pop) に響く。
但し、このポップ (Pop)なる語句を起用する事は、とてつもない誤解を産む表現である事は任じている。

次回は「」。

附記 1. :
ザ・フォール (The Fall) の作品がその都度、国内盤として流通される事が少なかった割には、意外と彼等の存在や認知度は大きい様な気がする。それは幸運にも国内発売された作品が好評だったりした事によるのではない様な気がする [例えば、上にある"聴きやすくなった"と謂う評価は必ずしも彼等に対する褒め言葉ではないし、それ以上にそれらの作品が売れた、と謂う事も聴いていない]。
単純に、そのバンドのフロントマンであるマーク・E・スミス (MARK E. SMITH) の露出が非常に高かった結果ではなかったかと思う。
彼の発言が音楽誌によく掲載されたのである。しかも、それは彼等の新作が発表された時季に限らないし、自身の作品や自身の楽曲とは離れて、彼は多くを語っていた様に思う。
それは、所謂ビッグマウス (Big-mouth) と呼ばれる様なモノではない。自身を徒らに過大評価し正義正論を語るモノでもない。そしてそれによって自らが道化役であるかの様に振る舞う事もない。
彼の発言を求めるモノ [ここはインタヴュアーと解して良い] が素直に彼の批評や論評を求めた、その結果に素直に、そして真面目に応じているだけの様に見受けられた。
一言で謂えば、そこにあるのは御意見番 (Trend Spotter) としてのそれ、なのである。

附記 2.:
最近の松本人志 (Hitoshi Matsumoto) をみると、ぼくはマーク・E・スミス (MARK E. SMITH) の事が憶い出されるのだった。
と、綴ると双方いずれのファンからも顰蹙を買うのだろうが。
ぼくが指摘したいのは、その発言の正邪をさしての事ではない。だから、彼等の主張やポリシーが似通っていると謂う意味では決してない。
それを求める側の対応から、なのである。
毎週の様に、ネット上で松本人志 (Hitoshi Matsumoto) の発言が記事として配信されている現状をみると、そう思えてしまうのである。
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