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2019.07.23.08.44

はっか

喰べたいのはチョコ (Chocolate) かメロン (Melon) だ。レモン (Lemon) でもいいけどオレンジ (Orenge) は気が進まない。だって本物の蜜柑(Orenge) が食卓にやまと盛られてあるのだから。でも、出てきた以上はそれをほうばるしかない。
だけど、まっしろなハッカ (Peppermint) だけは嫌なのだ。

幼時のぼくはいつもこんな感じだった。眼の前にドロップ (Drop) の缶がある。それをひと振るいしてなかのものをひとつとりだす際の、ほんの一瞬の逡巡だ。
その一瞬の後、たいがいは2, 3個のドロップ (Drop) がぼくの掌の上に乗る。そこで即座に判断すればいい。
自分のなかにある優先順位に素直に従って、そこにあるたったひとつだけを口腔のなかに放り込んで、遺りはもとの缶に戻せばよいのだ。ただ、それだけの事である。

ある日、ある時、掌にある数個をそのままほうばれば、どんな味がするだろうと思った。幾色もあるドロップ (Drop) だもの、くちのなかでも幾種類もの味覚を堪能出来る筈だ。そう思った。そして実際に試した。そして、後悔した。なんだか中途半端な甘味しか感じられない。丁度、水彩絵具 (Watercolor Ink) の筆洗 (Brush Cleaner) の、その水の様だ。幾書類もの綺麗な色彩がそこに浮かんでいてもいい筈なのに、濁ったきたない水となっている。それをふと思い出す。でも、甘味がするだけ、ドロップ (Drop) の方がまだましなのだろう。
そんな試行は少なくとも数回は行なっている。一度、実行すればそれで懲りてしまう筈なのに、何度となくやってみる。物覚えが悪いのか、それとも、掌にころがった極彩色に騙されてしまうのか、恐らく、その両方だろう。

そんな例外もたまにはあるが、実際に喰べるのは、そのなかのひとつだけだ。ひとつだけころがりでれば、そのひとつを喰う。複数個の場合は、先に綴った様に、優先順位に従えばいい。くちにいれるのはひとつ。遺りは缶の中へと逆戻りだ。

ところがひとつだけその倫理に従わないモノがある。
ハッカ (Peppermint) だ。

ハッカ (Peppermint) がでてきた場合は、それをほうばらずに、近辺にいるおとなの許へともっていく。
例えばこんな具合だ。
「はい。これ、おばぁちゃんにあげるね。きっとおいしいよ」
これで大概のおとなは騙される。眼をほそめて、なんてこのこは性格のよい素直なこなのでしょうと、微笑む。

もしも万一、おとながだれもそばにいなければ、こっそりともとのとおりに缶にもどせばいい。

なにを謂いたいのかと謂うと、それだけぼくはハッカ (Peppermint) を苦手としていた、ただ、それだけの事である。

このことに関し、ひとつ追記するとしたら、母親にだけはうえの方法が通用しなかったという点だ。
「はい。これ、おかあさんの」
そんな台詞も彼女のこんな発言を引き出すだけだ。
「えりごのみなんかしちゃだめよ。すききらいばっかなんだからこのこは、もう」
ぼくが、こっそりともとのとおりに缶にもどすのは、きっとこの発言があるからだろう。正確には、おとながだれもそばにいなければ、ではない。母親の眼を盗んで、こっそりともとのとおりに缶にもどしているのだ。
ただし、お小言は謂うモノの、ハッカ (Peppermint) 自身は彼女のくちのなかに投ぜられている。その遥か後に、ぼくが人間不信になる原因は、もしかすると、この発言とその際の彼女の行動に起因しているのかもしれない。

次回は「」。

附記 1. :
記事冒頭にチョコ (Chocolate) かメロンか、と綴ったが、よくよく調べなおしてみると、そんな選択肢は発生し得ない。
と、謂うのは、サクマ式ドロップス (Sakuma's Drops) [佐久間製菓 (Sakuma Seika Co., Ltd) 製造販売] にはチョコ (Chocolate) は入っているが、メロン (Melon) はない。その一方で、サクマドロップス (Sakuma Drops) [サクマ製菓株式會社 (Sakuma Confectionery Co., Ltd) 製造販売] にはメロン (Melon) は入ってはいるものの、チョコ (Chocolate) はないのだ。
ついでに綴っておけば、両者ともに、ハッカ (Peppermint) は共通してはいっている。

附記 2. :
縁日で売られているハッカパイプ (Peppermint Pipe) もぼくの苦手とするモノのひとつだ。これは一度、試みて相当に懲りた様な記憶がある。どんな祭りの、いかなる縁日であっても、あれを欲しいと思った事は決してないのである。

附記 3. :
上の文章を読み直してみると不思議なのは、ぼくの記憶におとなが介在している点だ。もしも、駄菓子屋のエピソードであるのならば、当時の同級生達が登場するだろう。つまり、ドロップ (Drop) はぼく自身が買い求めたモノではなくて、おとなたちの誰かが買い求めて、ぼくに与えたモノである、と謂う事だ。冷静に考えれば、当時のぼくの小遣いでは決して買えない金額である。その頃のぼくのそれは1日あたり¥30だった。同種の甘みを求めるのであるならば、ぼく自身の掌が届くのは、せいぜい不二家 (Fujiya Co.) のポップキャンディ (Pop Candy) だったであろう。当時¥10だったのだから。
ぢゃあ、なぜ、彼等はぼくにそれを与えるのだろう?
記憶の片隅にあるのは、当時棲んでいた近所にはパチンコ屋 (Pachinko Parlor) が3軒あり、いずれの景品所にもドロップ (Drop) の缶があった事だ。彼等がぼくに与えたのはそこでの戦利品だったのかもしれないのだが。

images
上掲画像 [こちらから] は、映画『火垂るの墓 (Grave Of The Fireflies)』 [原作:野坂昭如 (Akiyuki Nosaka) 高畑勲 (Isao Takahata) 監督作品 1988年制作] より。
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