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2019.03.26.09.17

うめじゃむ

日曜日の夕方、ぼくの棲んでいる市営団地 (municipal Dwelling House) に毎週、紙芝居屋 (Kamishibai-ya) がやってくる。
ぼくが小学生だった頃の事だ。

彼は自転車に乗って顕れる。その荷台には木製の大きな函が載せてあって、その函の蓋を立てるとそこが紙芝居 (Kamishibai) の舞台となる。
その舞台の下は幾層もある抽斗があって、そこが彼の劇場の、入場受付の場であると同時に売店となっている。

自転車に乗った彼が市営団地 (municipal Dwelling House) をぐるっと一周すると [喇叭 (Vehicle Horn) かなにかを鳴らしていた筈だ]、彼の後を何人もの子供達がおいかける。

images
上掲画像は、1973年、江東区辰巳団地 (Tatsumi Danchi, Koto) での光景だと謂う。

当時のぼくが棲んでいた棟の傍らにはおおきな柳の樹 (Willow) が生えており、なにもなければそこに自転車が停まる。なにもなければ、と謂うのは本来はそこは住民達用の駐車場の一角であって、くるまが停車されている場合があるからだ。
駐車場といってもなにも整備されていない。パーキング・メーター (Parking Meter) がないどころか、舗装もされていない。赤土 (Ultisol) がそのまま露出しているそこが駐車場であると解るのは、一定の間隔で、部屋番号と苗字が書かれたプレートが充てがわれてあるからだった。その一角の名義が表示されているのだ。

柳の樹 (Willow) の下に先客がいたとしても、慌てる必要は彼にはない。何故ならば、彼の顧客の殆どが既に彼の後についてきているからだ。彼等を引き連れて、他所へと移動すれば良い。
ちょっとしたハーメルンの笛吹き男 (Rattenfanger von Hameln) といった風情である。

自転車が停まると、子供達は荷台の後ろに一列になって並ぶ。紙芝居 (Kamishibai) がはじまるその前に、彼の売店が開店するからである。そして、そこで買い物をする事が、入場料の代わりになる。買わなければ、観る事も出来ないのだ。

荷台にある抽斗をあけると、幾つもの食材が並んでいる。ちっちゃな駄菓子屋 (Small-time Candy Store)、移動図書館 (Bookmobile) ならぬ移動駄菓子屋 (Candymobil) といった風情だ。
水飴 (Mizuame : Starch Syrup) が確か拾圓 (¥10)。これが一番やすい。拾圓 (¥10) はらって水飴 (Mizuame : Starch Syrup) を買えば、紙芝居 (Kamishibai) を観る事が出来る。
すこし欲のふかい子供は、型抜き (Katanuki) を買う。失敗すればそれを喰えばいい。成功すればその報酬として水飴 (Mizuame : Starch Syrup) が手に入る。
だけれども、殆どの子供達は貳拾圓 (¥20)、參拾圓 (¥30) はらってべつのものを頼む。

半分に折った割箸を水飴 (Mizuame : Starch Syrup) の入った容器に突っ込んで、水飴 (Mizuame : Starch Syrup) を掬い取る。それを、2枚の沙司煎餅 (Sourced Rice Cracker) で挟む。これを顔にみたてるのだ。2枚の沙司煎餅 (Sourced Rice Cracker) の間に、ふたつにわった半円状の沙司煎餅 (Sourced Rice Cracker) を2枚、差し込めば、それを一対の耳殻にみたてる事ができる。沙司煎餅 (Sourced Rice Cracker) の片方の側に、円錐状の駄菓子 (Cheap Candies) である尖り (Tongari : Sharp Point) を立てればそれが鼻梁になる。沙司煎餅 (Sourced Rice Cracker) と尖り (Tongari : Sharp Point) のつなぎの役は、水飴 (Mizuame : Starch Syrup) がはたす事になる。そして、中央にある鼻梁のまわりに眼球や口蓋や髭を描けば、そこで表情ができてしまう。
子供達の求めに応じて、彼は (Mice) や (Fox) や (Cat) をつくっていく。

(Mice) や (Fox) や (Cat) の表情を描く素材は、ジャム (Jam) だった。2種類ある。子供達の視点からみれば、2択である。
蜜柑果醤 (Orange Jam) と梅果醤 (Ume Jam) がそれだ。

当時のぼくは最初、蜜柑果醤 (Orange Jam) を選んでいた。あまいからだ。
だけれどもある日曜日、梅果醤 (Ume Jam) をたのんでみた。理由は憶えていない。
そのジャム (Jam) は事の他にすっぱかった。だけれども、そのすっぱさがある事によって、水飴 (Mizuame : Starch Syrup) が事の他に甘く感じられた。
もしかしたら、すっぱいと謂う味覚を知った最初の体験が、それなのかもしれない。

次回は「」。

附記 1. :
拙稿では、水飴 (Mizuame : Starch Syrup) や、沙司煎餅 (Sourced Rice Cracker) や尖り (Tongari : Sharp Point)、それに2種類のジャム (Jam) の名称が列挙されている訳だが、当時はそれぞれの名称の殆どは知らなかった。
水飴 (Mizuame : Starch Syrup) こそ単体の商品としてその紙芝居屋 (Kamishibai-ya) が販売していたからこそ憶えた訳だが、当時は、動物の名称を告げれば、得体のしれないそれらの駄菓子 (Cheap Candies) で、つくってくれる。彼が尋ねるのは「 (Ume) か蜜柑 (Orange) か」の違いだけだ。
駄文をつらねるにあたって初めて、それらの 駄菓子 (Cheap Candies) の名称を捜し出したのである [そして、水飴 (Mizuame : Starch Syrup) が必ずしも水飴 (Mizuame : Starch Syrup) と謂う名称でなかった事も知る。練飴 (Neriame : Knead Syrup) とも謂うのだそうだ]。

附記 2.:
紙芝居屋 (Kamishibai-ya) は初老の男性で、左掌の指が4本、欠損していた。戦争で喪ったと謂う。本人を糺した訳ではない。近隣のぼくの父母の世代、つまり大人達の会話のなかで知ったのである。
荷台の後ろに居並ぶ列に並び、自身の順番が来て、 (Mice) や (Fox) や (Cat) をたのむ。たのむと、4本の指のない左掌とその拇指で割箸を握り、一方の右掌にある絵筆を駆使して、たのんだモノをつくってくれる。
できあがった (Mice) や (Fox) や (Cat) を喰べながら、先程みていた光景を憶い返すと、不思議な味覚がくち一杯に拡がる。
ない筈の、4本の指の味がするのだ。
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