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2019.01.01.08.52

つきがきれいですね

青空文庫 (Aozora Bunko) で、菊池寛 (Kan Kikuchi) の小説『真珠夫人 (Shinju Fujin : Madame Pearl)』 [1920東京日日新聞連載] を読んでいると、つぎの台詞におののいてしまう。

「御覧なさい! 月が、出かゝつてゐます。 (Look That! The Moon Is Coming.)」

夏とはいえ既に秋の気配が漂っている箱根 (Hakone)で、そう発したのは青木稔 (Minoru Aoki) で、彼はその小説の主人公である壮田瑠璃子 (Ruriko Soda) に誘われて避暑に来ている。しかし、その発言を聴いたのは壮田瑠璃子 (Ruriko Soda) ではない、彼女の継娘、壮田美奈子 (Minako Soda) なのだ。

小説の主人公は壮田瑠璃子 (Ruriko Soda) であると綴ったが、物語も後半であるその部分では、殆ど壮田美奈子 (Minako Soda) の視点でもって語られている。彼女の揺れ動く内心が主題 (Ruriko Soda) であり、彼女からの反響によって、壮田瑠璃子 (Ruriko Soda) と謂う女性が語られていくのだ。

壮田美奈子 (Minako Soda) は墓参に出掛けたその先で、青木稔 (Minoru Aoki) に遭遇する。それ以来、彼に対する一目惚れにも似たほのかな愛情が彼女のなかに育まれていく。しかも、継母のひろい交友の一角に彼がいる事を知る。継母を訪う彼と、自宅で再会してしまうのだ。
壮田瑠璃子 (Ruriko Soda) は、そんな経緯や継娘の内心の蠢きを知ってか知らずか、その夏の避暑に彼を誘う。
そしてある夕、壮田美奈子 (Minako Soda) と青木稔 (Minoru Aoki) は、ふたりだけで散歩へと出掛ける。
そこで発せられるのが冒頭の台詞なのである。

その小説をそこまで読んできたぼくは、そこで描かれている壮田瑠璃子 (Ruriko Soda) について知っている。彼女の性格や行動様式を、だ。彼女が壮田美奈子 (Minako Soda) の継母となったいきさつは物語中盤の主要を成しているし、青木稔 (Minoru Aoki) と謂う青年がこの物語に登場するきっかけとなった彼の兄の死は、物語の導入部となっているのだ。
それを前提にすれば、箱根 (Hakone) に避暑に来たのは、娘とその母親とその友人であると謂う以前に、ふたりのおんなとひとりのおとこと謂う組合せでしかない。
つまり、その小説では夏の避暑地を舞台とするひとつの三角関係 (In A Love Triangle) の物語がこれから語られるのである。

小説をここまで読んできてぼくは、そんな予感に囚われる。
そのはじまりを告げる為の台詞が「月が、出かゝつてゐます (Look That! The Moon Is Coming.)」であるかの様にぼくには響いたのだ。

と、謂うのは「月が綺麗ですね (The Moon Is Beautiful, Isn't It?)」と謂う、有名な語句へと連想が及んだからなのだ。
それは謂うまでもない、夏目漱石 (Natsume Soseki) が「アイ・ラヴ・ユー (I Love You)」の英訳と呈示したモノと知られている、その語句なのである。

その「月が綺麗ですね (The Moon Is Beautiful, Isn't It?)」を念頭において冒頭の台詞「月が、出かゝつてゐます (Look That! The Moon Is Coming.)」を読んでみると、あたかも、青木稔 (Minoru Aoki) の壮田美奈子 (Minako Soda) へのある感情が発露したとも誤読しかねない。
それに因するのか、壮田美奈子 (Minako Soda) はその夜以降、ほのかな一目惚れが、よりつよいよりおおきな感情へと昂ぶっていくのである。

これで実際に、「月が綺麗ですね (The Moon Is Beautiful, Isn't It?)」 = 「アイ・ラヴ・ユー (I Love You)」が夏目漱石 (Natsume Soseki) による翻訳だとしたら申し分のない事なのだが残念ながら、これを裏付けるモノはどこにもない。
夏目漱石 (Natsume Soseki) 自身による記述もなければ、当時の彼がそう発したと謂う記録もない。信憑性が薄い、俗説である様なのだ。

と、なると考える事は幾らでも出てくる。
「月が綺麗ですね (The Moon Is Beautiful, Isn't It?)」 = 「アイ・ラヴ・ユー (I Love You)」と謂う解釈を是とする土壌、心情と謂っても良い、それがぼく達のなかにあるのは何故か。
その解釈を呈示したのが夏目漱石 (Natsume Soseki) であらねばならぬ、もしくはそうあって欲しい、さもなければだからこそ説得力があると、させるモノはなんなのか。
「月 (The Moon)」がふたりの人間の逢瀬に果たす役割とはなんなのか。

そしてそれらを前提としてこの小説『真珠夫人 (Shinju Fujin : Madame Pearl)』での「月が、出かゝつてゐます (Look That! The Moon Is Coming.)」をどう解読すべきなのか [勿論、それが独りよがりの妄想、身勝手な思い込みだよ、でも構わない]。

そのあたりを丁寧に解説してくれるモノはどこかにないだろうか。

images
夏目漱石 (Natsume Soseki) の作品群の中に登場する月 (The Moon) と謂えば、小説『 (The Gate)』 [1910朝日新聞連載] に登場する屏風 (Folding Screen) の挿話である。
その小説で、「下に萩、桔梗、芒、葛、女郎花を隙間なく描いた上に、真丸な月を銀で出して、其横の空いた所へ、野路や空月の中なる女郎花、其一と題してある。 (Toward The Bottom Of The Screen Were Depicted In Dense Profusion Bush Clover, Bellflowers, Susuki, Kudzu Vines, And Ominaeshi ; Above Them, A Perfectly Round Silver Moon ; And Off To One Side Of The Moon, The Verse : “A Country Lane, The Sky Above / Amidst The Moonlight / Ominaeshi,” Which Was Signed By Ki’ichi.)」と活写されている屏風絵 (Folding Screen) は、酒井抱一 (Sakai Hoitsu) の作品『月に秋草図屏風 (Autumn Flowers And Moon)』 [東京国立博物館 (Tokyo National Museum) 寄託] を念頭に置いたモノだと謂う。

次回は「」。
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