2018.12.09.19.36
『ほぼ日刊イトイ新聞』で池上彰と糸井重里の対談『「池上彰」という新しい職業。』を読む。
『ほぼ日刊イトイ新聞 (Hobonichi)』(以下、ほぼ日と略す)で、池上彰 (Akira Ikegami) と糸井重里 (Shigesato Itoi) の対談『「池上彰」という新しい職業。』が連載されている。計13回、明日11時更新の『第十三回 世界地図っておもしろい!』の掲載をまってその連載が完結する。
本来ならば、その最終回を読了後にこの拙稿を掲載すべきなのだろうが、対談の流れは「特別授業」の聴講生である『ほぼ日』の乗組員( = スタッフ)からの質問を遺すばかりとなっている。もしそこで池上彰 (Akira Ikegami) からみた糸井重里 (Shigesato Itoi) 感 / 糸井重里 (Shigesato Itoi) 観を問われ、それに応えて池上彰 (Akira Ikegami)が滔々と彼を語ったとしたら、その内容如何によっては、ぼくの今の感慨は霧散してしまうかもしれない。
そんな想いに囚われて、大慌てで綴ったのが、以下のモノである。
つまり、その対談での主題とは、あまり関係のない事、しかももやもやとした宙ぶらりんな感慨に関して、である。
この対談を読んでいて、ひっかかったのは糸井重里 (Shigesato Itoi) による次の発言だ。
「今の池上さんと近い位置の人がいないかなと思って、ひとり思いついたんです。」 [『第九回 わかりやすく解説する専門性』より]
そのひとりとは、島田紳助 (Shinsuke Shimada) の事であり、その理由を次の様に語る。
「『私も知らないんで説明してください』という言葉も使える立場にいましたし、『言うてみたら簡単やん』ってことも言えました。」[『第九回 わかりやすく解説する専門性』より]
確かに島田紳助 (Shinsuke Shimada) ならば、そのふたつの言葉を巧みに使い分けて番組を潤滑に進める事が出来るのかもしれない。
でもそれを謂うのであるのならば、そう島田紳助 (Shinsuke Shimada) を解説した糸井重里 (Shigesato Itoi)、彼自身こそ、「今の池上さんと近い位置の人」に充分該当するのではないか、ぼくはそう思ったのである。
でも、『ほぼ日』と謂うメディア上の糸井重里 (Shigesato Itoi) は、「今の池上さん」とも、島田紳助 (Shinsuke Shimada) とも、少し違う様な気がする。
ふたつの発言の前者、「私も知らないんで説明してください」とは謂うだろう。この対談では特にそれに近い発言を連発して、池上彰 (Akira Ikegami) による解りやすい解説を導き出している。だけれども、後者はどうだろう。
謂う事は出来るだろう。寧ろ、敢えて謂わないのではないか。
「言うてみたら簡単やん」とは決して、罷り間違っても絶対に、謂わないのではないか。謂う事が可能な立場、謂ってしまう事によって事態が収拾し次の局面に向かう事が出来る場合だとしても、謂わないのではないか。そして、もしかしたらその発言に代わる具体的な行動を促そう、さもなければ具体的に実行しようとするのではないか。そんな気がするのである。
糸井重里 (Shigesato Itoi) を褒めているのではない。
どちらかと謂うと、その逆だ。
そんな風にぼくの眼に映ってしまう糸井重里 (Shigesato Itoi) が不満なのである。
ぼくに謂わせてもらえば、もっと自由な立場に彼はいる筈なのである。にも関わらずに、自身の言動に一定の制限をかけている様にみえるのだ。
彼は『ほぼ日』と謂う自身のメディアをもってはいるが、彼がそこで行なっているのは自社の商品を販売する事である。そこが他の既存のメディアと違うところだ。
仮に『ほぼ日』が他のメディアと同じ業態であったとしたら、彼は彼自身の意見や知識を積極的に吐き出していかなければならない。しかし『ほぼ日』ではそれを行う必要性は必ずしもない。寧ろ、自身の意見や知識が、本来業務である商品販売に悪影響を及ぼすかもしれない。
そんな発想をしてしまったら、謂うべき事や謂いたい事は自然と淘汰される。
そんな事を糸井重里 (Shigesato Itoi) 自身が考えているのかどうなのかは解らないけれども、きっと全く考えてはいないだろうけれども、少なくとも「言うてみたら簡単やん」と謂う趣旨の発言は手控えている様な気がする。
だから逆にある政治家のある発言をさして「そうか、あの人は比例でしたか。うーん、なるほど‥‥。」 [『第十一回 間違えたときはどうしますか?』より] と謂う、糸井重里 (Shigesato Itoi) の発言が登場して、ぼくは吃驚してしまう。
と、謂うのは、彼のこの発言は、この対談上にある文脈から切り離してまえば、如何様にも解読や誤読が可能であるからだ。
逆に謂えば、それ程、彼は自身の発言が一人歩きする事、もしくはその結果、思ってもみなかった理解や誤解が産まれる危険性に人一倍、注意を払っている、否、注意を払いすぎている様に、ぼくには思えるのだ。
本来ならば、その最終回を読了後にこの拙稿を掲載すべきなのだろうが、対談の流れは「特別授業」の聴講生である『ほぼ日』の乗組員( = スタッフ)からの質問を遺すばかりとなっている。もしそこで池上彰 (Akira Ikegami) からみた糸井重里 (Shigesato Itoi) 感 / 糸井重里 (Shigesato Itoi) 観を問われ、それに応えて池上彰 (Akira Ikegami)が滔々と彼を語ったとしたら、その内容如何によっては、ぼくの今の感慨は霧散してしまうかもしれない。
そんな想いに囚われて、大慌てで綴ったのが、以下のモノである。
つまり、その対談での主題とは、あまり関係のない事、しかももやもやとした宙ぶらりんな感慨に関して、である。
この対談を読んでいて、ひっかかったのは糸井重里 (Shigesato Itoi) による次の発言だ。
「今の池上さんと近い位置の人がいないかなと思って、ひとり思いついたんです。」 [『第九回 わかりやすく解説する専門性』より]
そのひとりとは、島田紳助 (Shinsuke Shimada) の事であり、その理由を次の様に語る。
「『私も知らないんで説明してください』という言葉も使える立場にいましたし、『言うてみたら簡単やん』ってことも言えました。」[『第九回 わかりやすく解説する専門性』より]
確かに島田紳助 (Shinsuke Shimada) ならば、そのふたつの言葉を巧みに使い分けて番組を潤滑に進める事が出来るのかもしれない。
でもそれを謂うのであるのならば、そう島田紳助 (Shinsuke Shimada) を解説した糸井重里 (Shigesato Itoi)、彼自身こそ、「今の池上さんと近い位置の人」に充分該当するのではないか、ぼくはそう思ったのである。
でも、『ほぼ日』と謂うメディア上の糸井重里 (Shigesato Itoi) は、「今の池上さん」とも、島田紳助 (Shinsuke Shimada) とも、少し違う様な気がする。
ふたつの発言の前者、「私も知らないんで説明してください」とは謂うだろう。この対談では特にそれに近い発言を連発して、池上彰 (Akira Ikegami) による解りやすい解説を導き出している。だけれども、後者はどうだろう。
謂う事は出来るだろう。寧ろ、敢えて謂わないのではないか。
「言うてみたら簡単やん」とは決して、罷り間違っても絶対に、謂わないのではないか。謂う事が可能な立場、謂ってしまう事によって事態が収拾し次の局面に向かう事が出来る場合だとしても、謂わないのではないか。そして、もしかしたらその発言に代わる具体的な行動を促そう、さもなければ具体的に実行しようとするのではないか。そんな気がするのである。
糸井重里 (Shigesato Itoi) を褒めているのではない。
どちらかと謂うと、その逆だ。
そんな風にぼくの眼に映ってしまう糸井重里 (Shigesato Itoi) が不満なのである。
ぼくに謂わせてもらえば、もっと自由な立場に彼はいる筈なのである。にも関わらずに、自身の言動に一定の制限をかけている様にみえるのだ。
彼は『ほぼ日』と謂う自身のメディアをもってはいるが、彼がそこで行なっているのは自社の商品を販売する事である。そこが他の既存のメディアと違うところだ。
仮に『ほぼ日』が他のメディアと同じ業態であったとしたら、彼は彼自身の意見や知識を積極的に吐き出していかなければならない。しかし『ほぼ日』ではそれを行う必要性は必ずしもない。寧ろ、自身の意見や知識が、本来業務である商品販売に悪影響を及ぼすかもしれない。
そんな発想をしてしまったら、謂うべき事や謂いたい事は自然と淘汰される。
そんな事を糸井重里 (Shigesato Itoi) 自身が考えているのかどうなのかは解らないけれども、きっと全く考えてはいないだろうけれども、少なくとも「言うてみたら簡単やん」と謂う趣旨の発言は手控えている様な気がする。
だから逆にある政治家のある発言をさして「そうか、あの人は比例でしたか。うーん、なるほど‥‥。」 [『第十一回 間違えたときはどうしますか?』より] と謂う、糸井重里 (Shigesato Itoi) の発言が登場して、ぼくは吃驚してしまう。
と、謂うのは、彼のこの発言は、この対談上にある文脈から切り離してまえば、如何様にも解読や誤読が可能であるからだ。
逆に謂えば、それ程、彼は自身の発言が一人歩きする事、もしくはその結果、思ってもみなかった理解や誤解が産まれる危険性に人一倍、注意を払っている、否、注意を払いすぎている様に、ぼくには思えるのだ。
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