2018.08.14.08.46
上の表題として掲げた1文?、さて一体、なんと読むのでしょう?
解答は、"母はハハ、母の母はハハハ、と嗤う (A Mother Laughs Haha, A Mother Of Her Laughs Hahaha.)"である。
この謎々は『少年クイズマガジン (ShoneN Quiz Magazine)』 [著:依田明 (Akira Yoda)、吉田紀一郎 (Kiichiro Yoshida) 1970年刊行] と謂う単行本で知った。ちなみに、そこでの問題は若干表記が異なっていて、ぼくの記憶が正しければ「ははははは、ははのはははははは、と笑う (Hahahahaha, Hahanohahahahahaha, towarafu)」と謂うモノだった筈だ。この記事の表題に於いて、読点 (Comma) を外し、「笑う (Laugh)」と謂う漢字交じりの現代仮名遣い (Modern Kana Usage) を、平仮名 (Hiragana) のみの歴史的仮名遣ひ (Historical Kana Orthography) に改めたのは、理由がある。
『少年クイズマガジン (ShoneN Quiz Magazine)』と謂う単行本は、副題に「水平思考に強くなる本 (The Book For BecomIng Stronger Lateral Thinking)」とある様に、水平思考 (Lateral Thinking) を理解する、さもなければ、水平思考 (Lateral Thinking) を発達させる目的をもって書かれたクイズ本である。そのせいか、小学校低学年だった当時のぼくにとってはとても刺激的な書籍であって、そこで知ったクイズの幾つかをいまだに憶えている。表題として掲げた設問もそのひとつなのだ。
その本は、本文左頁にひとつの設問が設けられていて、その解答は次頁、即ち本文右頁に解説とともに明かされている。場合によっては、そこからさらに水平思考の概略が説明されていたりもする。この手の書籍としては結構、贅沢な構成だ。
そして、どの頁にも永美ハルオ (Haruo Nagami) によるイラストが1点、掲載されている。逆に謂えば、ひとつの設問に対し、2点のイラストが用意されているのである。そして、このイラストは設問へのひとつのヒントになる場合もあれば、解答を理解するよすがにもなれば、それとは全く逆に、かえって謎を深める場合もある。
表題に掲げた設問についても、やはり永美ハルオ (Haruo Nagami) によるイラストが掲載されていて、それがいまだに謎なのだ。
彼独特の筆致で描かれていたのは、繧繝縁 (Ungen Edge) 上にある十二単 (Junihitoe) の女性なのである。設問の頁にも解答の頁にも彼女が登場し、おおきな声で嗤っている。
確かに、設問の主題は嗤う2世代の女性なのだから、イラストの女性も嗤っているのは不思議ではないが、何故、その女性が十二単 (Junihitoe) を纏っているのだろうか、それが解らない。一見すると、百人一首 (Ogura Hyakunin Isshu) の絵札 (Face Card) のパロディ (Parody) の様にみえ、それで納得していれば良さそうなのだが、なんとなく腑に落ちない。
腑に落ちない理由のひとつは、やはり母親を主題にした旧くからある謎々が念頭にあるからだ。
「母には二たび会ひたれども、父には一たびも会はず (Having Met My Mother Twice, But Having Met My Father Neither.)」
後奈良天皇 (Emperor Go-Nara) 編纂の謎々集『後奈良院御撰何曾 (The Quizes Selected By Emperor Go-Nara)』 [1516年刊行] に掲載されているモノである。
もしかしたら、それと同様に、旧くからあるモノではなかろうか。そんな疑義が生じて仕方ないのだが、いまだにそれが解明がつかない。つまり、いつまでたっても出典が不明なのである。
尤も、謎々集『後奈良院御撰何曾 (The Quizes Selected By Emperor Go-Nara)』なる存在を知ったのは、成年に達してからの話だから、上の様に綴ると時代考証 (Background Research) 的には疑念が湧くところではある。
但し、謎々集『後奈良院御撰何曾 (The Quizes Selected By Emperor Go-Nara)』なる存在を知るその前から、表題に掲げた設問はかなり昔からあるモノではないだろうかと謂う疑念はずっと抱いていた。
それはその冒頭5文字の「ははははは (Hahahahaha)」によって、である。
この5文字は、上に記した様に"母はハハ (A Mother Laughs Haha)"と読む。だが、小学校低学年だったぼくには、この"母はハハ (A Mother Laughs Haha)"の意味が解らない。後段の「ははのはははははは (Hahanohahahahahaha)」が"母の母はハハハ (A Mother Of Her Laughs Hahaha)"であるのは悩み様がない。どう読んでも、祖母が声を揚げて嗤っている描写だ。だから、長い間、お婆さんがみっつ嗤うのに対して、その娘がふたつ嗤うのだろう、そんな妙竹林な解釈をしていた。そして、それは今の表現ではない、昔の表現なのだからだ、と。
当時のぼくにとっては、"ハハハ (Hahaha)"は嗤い声の描写となり得るのだが、ところが"ハハ (Haha)"だけ、つまり"ハ (Ha)"がひとつ足りないと、そんな認識に至る事が不能となった様なのだ。
そして、それは当時のぼくだけでなくぼくの同級生達にとっても同様であった。休み時間等で、ぼくが友人達に出題しても、説明に苦労するのがそこなのだ。
だから説明の労を少なくすると同時に多少、難易度もあがるだろうと思い、ある時期、次の様に設問に掌を加えていた。
"ははははははははのはははははははとわらう (Hahahahahahahahanohahahahahahahatowarafu)"、解答は"母はハハハ、母の母はハハハハ、と嗤う (A Mother Laughs Hahaha, A Mother Of Her Laughs Hahahaha)"となる。
これで母親もその母親も、ふたりの女性が嗤っていると謂う事は如実に解る事になる。
だが、その結果、なにかが喪われている。
冒頭5文字の「ははははは (Hahahahaha)」を"母はハハ (Haha Wa Haha)"と読めたところでその謎の一切が解明する訳ではない。"母はハハ (Haha Wa Haha) "が単なる同語反復 (Tautology) であるかの様に読めるからだ。"母は母である (A Mother Is The Mother)"、それは揺るぎない真実を描き出している様にも思え、そこで納得させられてしまうと謂う陥穽が待っている。そして、その陥穽をひらりと飛び越えさせてしまうのが、後段の「ははのはははははは (Hahhanohahahahahaha) [="母の母はハハハ ( A Mother Of Her Laughs Hahaha)"]」だ。母が母であるならば、その母とは一体なんなのだ?
そんな身構えているこちらをかるく一蹴する為に、否、一笑する為に、「とわらふ (Towarafu) [="と嗤ふ (Laughs)"]」が待ち伏せしているのである。

鳥山石燕 (Toriyama Sekien) 画『倩兮女 (Kerakera-onna)』 [画集『今昔百鬼拾遺 (More Of The Demon Horde From Past And Present)』 [1781年刊行]
次回は「ふ」。
解答は、"母はハハ、母の母はハハハ、と嗤う (A Mother Laughs Haha, A Mother Of Her Laughs Hahaha.)"である。
この謎々は『少年クイズマガジン (ShoneN Quiz Magazine)』 [著:依田明 (Akira Yoda)、吉田紀一郎 (Kiichiro Yoshida) 1970年刊行] と謂う単行本で知った。ちなみに、そこでの問題は若干表記が異なっていて、ぼくの記憶が正しければ「ははははは、ははのはははははは、と笑う (Hahahahaha, Hahanohahahahahaha, towarafu)」と謂うモノだった筈だ。この記事の表題に於いて、読点 (Comma) を外し、「笑う (Laugh)」と謂う漢字交じりの現代仮名遣い (Modern Kana Usage) を、平仮名 (Hiragana) のみの歴史的仮名遣ひ (Historical Kana Orthography) に改めたのは、理由がある。
『少年クイズマガジン (ShoneN Quiz Magazine)』と謂う単行本は、副題に「水平思考に強くなる本 (The Book For BecomIng Stronger Lateral Thinking)」とある様に、水平思考 (Lateral Thinking) を理解する、さもなければ、水平思考 (Lateral Thinking) を発達させる目的をもって書かれたクイズ本である。そのせいか、小学校低学年だった当時のぼくにとってはとても刺激的な書籍であって、そこで知ったクイズの幾つかをいまだに憶えている。表題として掲げた設問もそのひとつなのだ。
その本は、本文左頁にひとつの設問が設けられていて、その解答は次頁、即ち本文右頁に解説とともに明かされている。場合によっては、そこからさらに水平思考の概略が説明されていたりもする。この手の書籍としては結構、贅沢な構成だ。
そして、どの頁にも永美ハルオ (Haruo Nagami) によるイラストが1点、掲載されている。逆に謂えば、ひとつの設問に対し、2点のイラストが用意されているのである。そして、このイラストは設問へのひとつのヒントになる場合もあれば、解答を理解するよすがにもなれば、それとは全く逆に、かえって謎を深める場合もある。
表題に掲げた設問についても、やはり永美ハルオ (Haruo Nagami) によるイラストが掲載されていて、それがいまだに謎なのだ。
彼独特の筆致で描かれていたのは、繧繝縁 (Ungen Edge) 上にある十二単 (Junihitoe) の女性なのである。設問の頁にも解答の頁にも彼女が登場し、おおきな声で嗤っている。
確かに、設問の主題は嗤う2世代の女性なのだから、イラストの女性も嗤っているのは不思議ではないが、何故、その女性が十二単 (Junihitoe) を纏っているのだろうか、それが解らない。一見すると、百人一首 (Ogura Hyakunin Isshu) の絵札 (Face Card) のパロディ (Parody) の様にみえ、それで納得していれば良さそうなのだが、なんとなく腑に落ちない。
腑に落ちない理由のひとつは、やはり母親を主題にした旧くからある謎々が念頭にあるからだ。
「母には二たび会ひたれども、父には一たびも会はず (Having Met My Mother Twice, But Having Met My Father Neither.)」
後奈良天皇 (Emperor Go-Nara) 編纂の謎々集『後奈良院御撰何曾 (The Quizes Selected By Emperor Go-Nara)』 [1516年刊行] に掲載されているモノである。
もしかしたら、それと同様に、旧くからあるモノではなかろうか。そんな疑義が生じて仕方ないのだが、いまだにそれが解明がつかない。つまり、いつまでたっても出典が不明なのである。
尤も、謎々集『後奈良院御撰何曾 (The Quizes Selected By Emperor Go-Nara)』なる存在を知ったのは、成年に達してからの話だから、上の様に綴ると時代考証 (Background Research) 的には疑念が湧くところではある。
但し、謎々集『後奈良院御撰何曾 (The Quizes Selected By Emperor Go-Nara)』なる存在を知るその前から、表題に掲げた設問はかなり昔からあるモノではないだろうかと謂う疑念はずっと抱いていた。
それはその冒頭5文字の「ははははは (Hahahahaha)」によって、である。
この5文字は、上に記した様に"母はハハ (A Mother Laughs Haha)"と読む。だが、小学校低学年だったぼくには、この"母はハハ (A Mother Laughs Haha)"の意味が解らない。後段の「ははのはははははは (Hahanohahahahahaha)」が"母の母はハハハ (A Mother Of Her Laughs Hahaha)"であるのは悩み様がない。どう読んでも、祖母が声を揚げて嗤っている描写だ。だから、長い間、お婆さんがみっつ嗤うのに対して、その娘がふたつ嗤うのだろう、そんな妙竹林な解釈をしていた。そして、それは今の表現ではない、昔の表現なのだからだ、と。
当時のぼくにとっては、"ハハハ (Hahaha)"は嗤い声の描写となり得るのだが、ところが"ハハ (Haha)"だけ、つまり"ハ (Ha)"がひとつ足りないと、そんな認識に至る事が不能となった様なのだ。
そして、それは当時のぼくだけでなくぼくの同級生達にとっても同様であった。休み時間等で、ぼくが友人達に出題しても、説明に苦労するのがそこなのだ。
だから説明の労を少なくすると同時に多少、難易度もあがるだろうと思い、ある時期、次の様に設問に掌を加えていた。
"ははははははははのはははははははとわらう (Hahahahahahahahanohahahahahahahatowarafu)"、解答は"母はハハハ、母の母はハハハハ、と嗤う (A Mother Laughs Hahaha, A Mother Of Her Laughs Hahahaha)"となる。
これで母親もその母親も、ふたりの女性が嗤っていると謂う事は如実に解る事になる。
だが、その結果、なにかが喪われている。
冒頭5文字の「ははははは (Hahahahaha)」を"母はハハ (Haha Wa Haha)"と読めたところでその謎の一切が解明する訳ではない。"母はハハ (Haha Wa Haha) "が単なる同語反復 (Tautology) であるかの様に読めるからだ。"母は母である (A Mother Is The Mother)"、それは揺るぎない真実を描き出している様にも思え、そこで納得させられてしまうと謂う陥穽が待っている。そして、その陥穽をひらりと飛び越えさせてしまうのが、後段の「ははのはははははは (Hahhanohahahahahaha) [="母の母はハハハ ( A Mother Of Her Laughs Hahaha)"]」だ。母が母であるならば、その母とは一体なんなのだ?
そんな身構えているこちらをかるく一蹴する為に、否、一笑する為に、「とわらふ (Towarafu) [="と嗤ふ (Laughs)"]」が待ち伏せしているのである。

鳥山石燕 (Toriyama Sekien) 画『倩兮女 (Kerakera-onna)』 [画集『今昔百鬼拾遺 (More Of The Demon Horde From Past And Present)』 [1781年刊行]
次回は「ふ」。
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