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2018.07.24.09.10

らでんしたんのごげんびわ

朝日新聞 (The Asahi Shimbun) 日曜版に掲載されていた連載に『世界名画の旅 (Travel For Masterpieces Of Painting)I The World)』 [19851987年連載] がある。後に朝日文庫 (Asahi Pocket Edition) から同名の書籍として7分冊の文庫 (Pocket Edition) として纏められた。その第7巻『世界名画の旅 アジア・アフリカ編 7 (Travel For Masterpieces Of Painting 7 Asia, Africa)』 [1989年発行] に『菩薩と楽人 キジル遺跡 (Goddess And Celestial Musician)』 [取材:外岡秀俊 (HIdetoshi Sotooka) 1986年 朝日新聞 (The Asahi Shimbun) 掲載] と謂うのがある。

その連載は基本的に、表題に掲げた美術作品を取材記者が実際に現地に赴き鑑賞するところから始まる。だが、その記事にはその遺跡のあるキジル (Kizil Township) へは向かうものの、その壁画を実際に鑑賞する場面はない。と、謂うのは、その記事の主眼は、掲載された壁画の美術的価値にあるのではなく、その壁画の主題、つまり音楽なのである。

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記事は、正倉院御物 (Treasure Of Shosoin) の楽器群の復元楽器の演奏シーンから始まる。表題に掲げた螺鈿紫檀五絃琵琶 (Five-stringed Biwa Lute Of Shitan With Mother-of-pearl inlay) も復元 (Restoration) の対象のひとつであり、復元 (Restoration) された楽器群のひとつとしてそのアンサンブルのひとつとして、楽の音を奏でている。

そして記者は、その編成の録音物を掌にし、それらの楽器が辿った旅を遡っていく。つまり、シルク・ロード (Silk Roads : The Routes Network Of Chang'an-Tianshan Corridor) と呼ばれる路を東から西へと向かうのだ。

その記事の表題に掲げられているキジル遺跡 (Kizil Caves) もその路の途上にあり、そこには幾つもの演奏シーンが描かれていると同時に、正倉院御物 (Treasure Of Shosoin) の楽器群と共通する点が幾つもあると謂う。
記事表題に『菩薩と楽人 キジル遺跡 (Goddess And Celestial Musician)』が掲げられたのは、おそらくそこに理由があるのだろう。

然し乍ら、記者の主題は、螺鈿紫檀五絃琵琶 (Five-stringed Biwa Lute Of Shitan With Mother-of-pearl inlay) がどこから来たのかではない。それが演奏されて鳴り響く音楽はどこから来たのかにある。

その録音物を掌にした記者は、各地にある民族音楽の現場に赴き、演奏家や研究者にその音と音色と演奏を聴いてもらい、意見を交わす。
共通している発言は、主旋律はよく似ている、しかし、速度があわない、と謂うモノだ。何故ならば、記者が訪ねた現場の各地では、それらの民族音楽がおどりの為に演奏されているからである。記者のもつ録音物では遅すぎて、踊れないと謂うのである。

復元楽器が奏でた音楽は『敦煌琵琶譜 (Dunhuang Bewa Scores)』と謂う曲で、敦煌 (Dunhuang) にある莫高窟 (Mogao Caves) で発見された譜面である。

大雑把に纏めると、当時の民族音楽がその譜面に記述される過程に於いて、演奏される速度に変化が訪れたのだ。
さもなくば、こうとも謂える。
踊る為の音楽から聴かれる音楽へとなる過程に於いて、その速度が喪われたのである、と。

その理由はおぼろげながら推測する事は可能ではあるが、だからと謂って、それを裏付けるモノは一切にない。

ある人物が、旅先で当地の楽器を入手する。入手すると同時に、その楽器でその土地の音楽を習得する。その人物がその楽器に習熟するにつれて、自身の固有の音楽、すなわち幼少時より聴き慣れている音楽と、習得したその土地の音楽とが次第に混淆する。その人物がその土地を離れて、故国に還るさもなければ、異郷の地に遊ぶのであるならば、それは尚更だ。しかも、後者の場合、さらなる第3の音楽と混淆する事すらありえるのだ。

先に掲げた「主旋律はよく似ている」に関しては上の様な考察が成立し得る [念の為に記述しておけば、これはぼく自身によるもので、記事にある記述とは無関係だ]。

では、何故、遅くなったのか。
踊る為の音楽から聴かれる音楽へとなる過程があるだろうとしても、だ。
もしかしたら、その楽器を入手した人物が、その音楽を習熟する事なく楽器だけを携えてその土地を離れてしまったのだろうか。旅の思い出として楽器はある。しかし、それが奏でる音楽は不確かな記憶でしかない。朧げな記憶だけを頼りに爪弾いているうちに、次第に、ある種の音楽が生成されていくのだとしたら。本来の速度よりも遥かに遅い音楽がそこに誕生しないだろうか。

記事を読みながら、ぼくの脳裏に浮かぶのはそんな考察だ。
そしてその考察を否定をしない代わりに補強する事もせず、その記事からはべつの事柄が浮かび上がる。
その当時の、音楽を巡る情勢だ。
記者が旅する過程において、なんらかの理由で、その音楽の存在が否定される地域に横着してしまう。記事が書かれてから四半世紀が経過しているから、果たしてそれは現在はどうか。音楽が否定される理由は、経済ないし政治、さもなければ宗教に起因している様なのだが。

記事の最後に、記者はシルク・ロード (Silk Roads : The Routes Network Of Chang'an-Tianshan Corridor) の西端に到着するが、そこで得られる回答はあまりにも既定路線に準じたモノで、面白くもなんともない。嗚呼、やっぱり新聞記事なんだなと、絶望するくらいだ。
だが、その面白くもなんともない結論の向こうには、実は、シルク・ロード (Silk Roads : The Routes Network Of Chang'an-Tianshan Corridor) とはまったく別の路の存在が示唆されている。
それをどう評価するかによって、この記事の面白さ [さもなければつまらなさ] も随分と変わる。

しかも、陥穽はおおきくくちをあけている。と謂うのは、それを示唆する楽曲が、1960年代後半のヒット曲でもある、と謂う点なのだ。
その楽曲が誰しもが知る往年のヒット曲であるが故に、記者が最後に得る結論じみた言説が極めてとても貧弱なモノ、陳腐なモノと読めてしまうからである。

次回は「」。

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