FC2ブログ

2018.07.17.13.07

みにら

あれがおおきくなると、ゴジラになるのだろうか。吹くのはわっかばかりだし。
まれに吹けるんだよね。ゴジラに尻尾ふみつけられたときとか。だから、なるんぢゃない? いつかはゴジラに。
でもさぁ、なんかあのままぶよぶよおおきくなりそうな気もするよね、身長50メートルのミニラ。
だいたい、おおきくなったら名前はどうなるの? 2代目ゴジラとかゴジラ2世とかゴジラ・ジュニアとか。それともあいかわらずミニラ?
やっぱさぁ、一生あのまんまの姿であのまんまの大きさぢゃないの? 身長18メートルの。しかももののみごとに精神年齢もそのままの。

と、謂う様な会話が、映画『怪獣島の決戦 ゴジラの息子 (Son Of Godzilla)』 [福田純 (Jun Fukuda) 監督作品 1967年制作] 公開時にされたのかは解らない。解らないが、そんな稚拙な疑問が常につきまとうのが、ちびっ子怪獣ミニラ (Minya, The Son Of Godzilla) なのである。
その映画のタイトル・ロール (Title Role) に対して、その様な疑惑を派生させる、もしくは、そんな疑惑に裏付けられた感情しか抱けないのが、ちびっ子怪獣ミニラ (Minya, The Son Of Godzilla) と謂う存在なのである。否、もっと正確に綴れば、その容姿、その造形なのである。

images
その映画の題名に準じれば、ちびっ子怪獣ミニラ (Minya, The Son Of Godzilla) は牡 (Male) なのである。次々作である映画『ゴジラ・ミニラ・ガバラ オール怪獣大進 (All Monsters Attack)』 [本多猪四郎 (Ishiro Honda) 監督作品 1969年制作] に於いても、"彼 (He)"を演じた声優、内山みどり (Midori Uchiyama) の演技もそれを裏付ける。
[上掲画像はこちらより]

では翻って、怪獣王ゴジラ (Godzilla,The King Of The Monsters) は牡 (Male) なのか牝 (Female) なのか。映画『地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガン (Godzilla vs. Gigan)』 [福田純 (Jun Fukuda) 監督作品 1972年制作] での、暴龍アンギラス (Anguirus, Killer Of The Living) との会話 [それは漫画の吹き出し (Speech Balloon) と謂う便法に則って行われる] ではどうみても牡 (Male) である様なのだが、確証はない。話法とそれによって表出される性差は必ずしも一致するとは限らないのだから。
そんな余事はさておき、怪獣王ゴジラ (Godzilla,The King Of The Monsters) がちびっ子怪獣ミニラ (Minya, The Son Of Godzilla) の片親 (One Parent) である事は譲る事は出来ない事実ではある。
と、なると、もう一方の片親 (One Parent) とは一体なにか? よもや、単為生殖 (Parthenogenesis) によって、怪獣王ゴジラ (Godzilla,The King Of The Monsters) からちびっ子怪獣ミニラ (Minya, The Son Of Godzilla) が産卵されたのではあるまいだろう。

と、ここで疑問を呈示したのは、怪獣王ゴジラ (Godzilla,The King Of The Monsters) の"花嫁 (Bride)"捜しをするのが主眼ではない。他の怪獣 (Kaiju) から"彼(He)"に相応しい伴侶をでっちあげる事でも、否在であるその席に架空の怪獣 (Kaiju) を捏造する事でもない。

ちびっ子怪獣ミニラ (Minya, The Son Of Godzilla) と謂う設定、ちびっ子怪獣ミニラ (Minya, The Son Of Godzilla) と謂う物語が生成されたその理由その由来とはなんなのか、と謂う事なのである。
つまりは東宝 (Toho) の怪獣 (Kaiju) 映画、ゴジラ・シリーズ (Godzilla Franchise) におけるちびっ子怪獣ミニラ (Minya, The Son Of Godzilla) の存在意義について、なのである。

結論から綴れば、それは子供の視点である。
よきにつけあしきにつけ、その作品群はそれを欲したのである。

後に第1次怪獣ブーム (The First-order Kaiju Boom) と呼ばれる事になるその年に、ふたつの怪獣 (Kaiju) 映画が制作され公開されている。
ひとつは映画『大怪獣空中戦 ガメラ対ギャオス (Giant Monster Mid-Air Battle Gamera vs. Gaos)』 [湯浅憲明 (Noriaki Yuasa) 監督作品 1967年制作] であり、ひとつは映画『大巨獣ガッパ (Gappa : The Triphibian Monster)』 [野口晴康 (Hiroshi Noguchi) 監督作品 1967年制作] である。
前者には、金丸英一 (Eiichi Kanamura) [演:阿部尚之 (Naoyuki Abe)] と謂う少年が物語に登場し、随時、物語を牽引していく。
後者には、大巨獣ガッパ (Gappa, The Triphibian Monster) の幼体が物語を牽引していく。幼体を救出に2匹の成体の牡牝 (Male And Female) が登場する。

この2作品に於ける物語の設定の主目的は明確だ。それらの映画の主要な観客を子供として設定し、彼等の動員を謀ったのである。つまり、子供向け映画、親子向け映画、家族連れ映画と謂う認識の基で、その2作品は制作され、公開されたのである。

そして、ちびっ子怪獣ミニラ (Minya, The Son Of Godzilla) の登場、すなわち映画『怪獣島の決戦 ゴジラの息子 (Son Of Godzilla)』の公開はその半年後の事なのである。
と、綴ると、あたかもその作品がそれら2作品の後塵を拝している様にもみえるが、実はそんな訳ではない。
前者に関して謂えば、映画『ゴジラ (Godzilla)』 [本多猪四郎 (Ishiro Honda) 監督作品 1954年制作] における山田新吉 (Shinkichi Yamada) [演:鈴木豊明 (Toyoaki Suzuki)] の存在がある。彼は怪獣王ゴジラ (Godzilla,The King Of The Monsters) と謂う災厄の、被害者のひとりなのだ。
後者に関して謂えば、映画『空の大怪獣ラドン (Rodan)』 [本多猪四郎 (Ishiro Honda) 監督作品 1956年制作] を挙げられるだろう。そこには空の大怪獣ラドン (Rodan, Giant Monster Of The Sky) の幼体が登場し、その幼体が迎える危機とそれに対処しようとする2匹の成体の牡牝 (Male And Female) の行動が、物語のクライマックスとなるのだ。

東宝 (Toho) の制作サイドとしては、それらを受けての『怪獣島の決戦 ゴジラの息子 (Son Of Godzilla)』なのだろう。
と、謂うのは、その前作『ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘 (Ebirah, Horror Of The Deep)』 [福田純 (Jun Fukuda) 監督作品 1966年制作] には、良太 (Ryota) [演:渡辺徹 (Toru Watanabe)] と謂う少年 [と呼ぶには薹が立ちすぎている嫌いがあるが] の存在が、物語の発端となっているのだから。
南洋に浮かぶ絶海の孤島 (Island In The Far-off Sea) を舞台とした映画と謂う事以外にも、映画『ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘 (Ebirah, Horror Of The Deep)』と映画『怪獣島の決戦 ゴジラの息子 (Son Of Godzilla)』を対照してみる事が出来るのである。

しかしながら、子供の視点の導入を謀った結果、何故、ふたつのうちのひとつの方、つまりちびっ子怪獣ミニラ (Minya, The Son Of Godzilla) だけがその後も継続されたのか。それは疑問だ。
次作『怪獣総進撃 (Destroy All Monsters)』 [本多猪四郎 (Ishiro Honda) 監督作品 1968年制作] では登場する総勢11体の怪獣 (Kaiju) のその他大勢 (One Of Them) でありながら要所要所の要に登場するのがちびっ子怪獣ミニラ (Minya, The Son Of Godzilla) だ。物語の最期が、真鍋杏子 (Kyoko Manabe) [演:小林夕岐子 (Yukiko Kobayashi )] による「ミニラが手を振っているわ (Minya Waves his Hand)」である事は、少なからずも子供の視点を考慮した結果と謂える。
そして、次々作『ゴジラ・ミニラ・ガバラ オール怪獣大進 (All Monsters Attack)』では、ちびっ子怪獣ミニラ (Minya, The Son Of Godzilla) は [怪獣 [Kaiju] サイドの] 主役であるのだから。
そして、その映画では、一方で人間サイドの物語として三木一郎 (Ichiro Mitsuki) [演:矢崎知紀 (Tomonori Yazaki)] の挿話が語られていく。つまり、その作品は子供の視点のふたつながらの方向性を同時に含有しているのである。

次回は「ら」。

附記 1.:
映画『ウルトラQ ザ・ムービー 星の伝説 (Ultra Q The Movie : Legend Of The Stars)』 [実相寺昭雄 (Akio Jissoji) 監督作品 1990年制作] の幾つかのシーンに於いて、遠景のひとつとして倭人 (Midget) が登場する。その背格好からもしやと思い、物語が終幕を果たした後のエンド・クレジットを読み漁っていると、果たしてその名はあったのである。
小人のマーチャンこと深沢政雄 (Masao Fukazawa aka 'Little Man' Machan)。
今の言葉で謂えば中の人 (Person Inside A Cartoon Body Suit)、つまりちびっ子怪獣ミニラ (Minya, The Son Of Godzilla) を演じたそのヒトである。
映画の巧拙、物語の完成度とは別のところで、ぼくは酷く感激したのである。
記事冒頭で、ちびっ子怪獣ミニラ (Minya, The Son Of Godzilla) を殊更にあげつらってはみせたモノの、その実際は、映画『怪獣島の決戦 ゴジラの息子』初公開時に映画館でそれを観たのがぼくなのである。その終幕、降り続ける雪に埋もれゆく怪獣王ゴジラ (Godzilla,The King Of The Monsters) とちびっ子怪獣ミニラ (Minya, The Son Of Godzilla) の抱き合う姿をみて、じぃんと感動した事実は否めないのである。

附記 2.:
海外の映像作品を鑑みると、勿論、子供の視点が導入された作品は幾つもある。
映画『大怪獣空中戦 ガメラ対ギャオス (Giant Monster Mid-Air Battle Gamera vs. Gaos)』や映画『ゴジラ (Godzilla)』の様な作劇が成されている作品は数々ある。一例を挙げれば映画『惑星アドベンチャー / スペース・モンスター襲来! (Invaders From Mars)』 [ウィリアム・キャメロン・メンジース (William Cameron Menzies) 監督作品 1953年制作] だ [もっと相応しい例がありそうだが失念してしまった]。
一方、映画『大巨獣ガッパ (Gappa : The Triphibian Monster)』や映画『空の大怪獣ラドン (Rodan)』の様な作劇が施されている作品も数こそ少ないが、ない事はない。映画『怪獣ゴルゴ (Gorgo)』 [ユージン・ローリー (Eugene Lourie) 監督作品 1961年制作] がその一例だ。

附記 3.:
翻って、東宝 (Toho) ゴジラ・シリーズ (Godzilla Franchise) に於いて決してみられない作劇術がひとつある。それは美女と野獣 (La Belle et la Bete) の物語だ。映画『キングコング (King Kong)』 [メリアン・C・クーパー (Merian C. Cooper)、アーネスト・B・シェードザック (Ernest B. Schoedsack) 監督作品 1933年制作] がその作劇術を自家薬籠中のモノにしてかつ、怪獣 (Kaiju) 映画の嚆矢にして原点にある事を思えば、少し意外な気もする。
勿論、怪獣王ゴジラ (Godzilla,The King Of The Monsters) の登場しない2作品、映画『フランケンシュタイン対地底怪獣 (Frankenstein vs. Baragon)』 [本多猪四郎 (Ishiro Honda) 監督作品 1965年制作] と映画『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ (War Of The Gargantuas)』  [本多猪四郎 (Ishiro Honda) 監督作品 1966年制作] はその限りではない。
関連記事

theme : ふと感じること - genre :

i know it and take it | comments : 0 | trackbacks : 0 | pagetop

<<previous entry | <home> | next entry>>

comments for this entry

only can see the webmaster :

tackbacks for this entry

trackback url

https://tai4oyo.blog.fc2.com/tb.php/2584-47011639

for fc2 blog users

trackback url for fc2 blog users is here