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2018.03.20.09.13

あいあむゆあふぁーざー

映画『豪勇イリヤ 巨竜と魔王征服 (Ilya Muromets)』 [アレクサンドル・プトゥシコ (Aleksandr Ptushko) 監督作品 1956年制作] を観ていた時のことである。
この映画に登場するズメイ (Zmei) はキングギドラ (King Ghidorah) [映画『三大怪獣 地球最大の決戦 (Ghidorah, The Three-Headed Monster)』 [本多猪四郎 (Ishiro Honda)監督作品 1964年制作] にて初登場] の祖型と看做されており、ぼくがこの作品を観ていた理由の殆どはそれに帰結する。

だから、物語のクライマックスにズメイ (Zmei) が登場するまでのながい時間、ぼくはひたすら混乱していたのである。と、謂うのは、物語の設定やその運びはおろか、人物の描写や行動といったありとあらゆるモノが、日頃馴染んでいる他の映画作品と随分と違うからなのである。
その理由を、この映画の制作がハリウッド (Hollywood) ならぬモスフィルム (Mos Film) だったから、と謂うそのたったひとつに帰結せしめていいのかどうかは解らない。ちなみに観ていたのは、本国ソビエト連邦 (Soviet Union) [当時] のモノではなくて、米国公開用にロジャー・コーマン (Roger Corman) が編集した映画『豪勇イリヤ 巨竜と魔王征服 (The Sword And The Dragon)』 [アレクサンドル・プトゥシコ (Aleksandr Ptushko) 監督作品 1960年制作] である。そのアメリカ人 (The Americans) 向けの作品ですら、少なからぬ動揺をぼくに与えたのだから、もしオリジナルの本国編集版を観ていたら、もっともっと混乱したのかもしれない。
その解らなさも含めて、ぼくはずっと混乱していたのだが、その混乱は決して不快なモノではなかった。

さて、その混乱のさなかにあってある台詞がぼくに飛び込んでくる。
「アイ・アム・ユア・ファーザー (I Am Your Father)」
主人公イリヤー・ムーロメツ (Ilya Muromets) [演:ボリス・アンドレエフ (Boris Andreyev)] が、敵国の武将ソコーリニチェク (Sokolnichek) [演:アレクサンドル・シュウォーリン (Aleksander Shvorin)] と相見えるシーンなのである。

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イリヤー・ムーロメツ (Ilya Muromets) の妻子は敵国の策略によって拉致誘拐され、その当時幼かった我が子が成長し、敵国の武将ソコーリニチェク (Sokolnichek) として、主人公の眼前に登場するのである。
自らに対峙するその武将の名前を尋ね、名乗った彼の名を聴くや否や、思わず彼が叫んだ言葉がそれ、「アイ・アム・ユア・ファーザー (I Am Your Father)」なのである。
[上掲画像はこちらから。ソコーリニチェク (Sokolnichek) [演:アレクサンドル・シュウォーリン (Aleksander Shvorin)] [右] とイリヤー・ムーロメツ (Ilya Muromets) [演:ボリス・アンドレエフ (Boris Andreyev)] 。]

アイ・アム・ユア・ファーザー (I Am Your Father)」とは、映画『スター・ウォーズ エピソード5 / 帝国の逆襲 (Star Wars Episode V The Empire Strikes Back)』 [アーヴィン・カーシュナー (Irvin Kershner) 1980年制作] に登場する。
その作品の中で、ダース・ベイダー (Darth Vader) [演: デヴィッド・プラウズ (David Prowse)] がルーク・スカイウォーカー (Luke Skywalker) [演:マーク・ハミル (Mark Hamill)] に向けて発するのだ。
この台詞は、ふたりの関係を暴露するだけではない。極端な表現をすれば、この台詞があるだけで、否、この台詞によって構築される人物相関図があるだけで、映画9篇にも及ぶスター・ウォーズ・シリーズ (Star Wars Series) の物語が支えられているのである。
それは、フォース (The Force) と謂う、この作品群独自のイデア以上に重要なモノだ。

そしてあまりにも重要でかつ有名な台詞であるが故に、この台詞はその映画群の枠を乗り越えて、より一般的なモノとして浸透している。
パロディ (Parody) やパスティーシュ (Pastiche) やカリカチュア (Caricature) やオマージュ (Hommage) 等、ある意味で、消費され蕩尽され尽くされていると謂って良い。

映画『スペースボール (Spaceballs)』 [メル・ブルックス (Mel Brooks) 監督作品 1987年制作] に登場するダーク・ヘルメット (Dark Helmet) [演:リック・モラニス (Rick Moranis)] の「私は君の父親の兄の甥のいとこのルームメイトだ (I Am Your Father's Brother's Nephew's Cousin's Former Roommate.)」はその一例だ 。そして、このまわりくどくて面倒臭い、どこかを迂回してようやく笑いへと到達するこの手法は、監督メル・ブルックス (Mel Brooks) ならではモノだとぼくはお思っている。
ぼくならばあっさりと「わたしの父はおまえだ (You Are My Father.)」と発言して、周囲を寒からしめるのがおちなのに。

閑話休題。

では、スター・ウォーズ・シリーズ (Star Wars Series) の「アイ・アム・ユア・ファーザー (I Am Your Father)」の原典とはなんなのだろう。
ネットで捜しても捜しても、スター・ウォーズ・シリーズ (Star Wars Series) への言及があるだけで、そこから向こうへは決して辿り着けない。

だからと謂って、映画『豪勇イリヤ 巨竜と魔王征服 (Ilya Muromets)』 に登場した「アイ・アム・ユア・ファーザー (I Am Your Father)」と、映画『スター・ウォーズ エピソード5 / 帝国の逆襲 (Star Wars Episode V The Empire Strikes Back)』の「アイ・アム・ユア・ファーザー (I Am Your Father)」のどこに関連性があるのかは解らない。

単純に両者をひき比べると、父なるイリヤー・ムーロメツ (Ilya Muromets) が正義の立場にある主人公であり、息子であるソコーリニチェク (Sokolnichek) が邪悪な立場にある副主人公である前者に対し、後者は、父なるダース・ベイダー (Darth Vader) が邪悪な立場にある副主人公であり、息子であるルーク・スカイウォーカー (Luke Skywalker) が正義の立場にある主人公なのである。正邪と正副が、入れ替わっているのである。

スター・ウォーズ・シリーズ (Star Wars Series) と謂う物語は、これまで語られたサイエンス・フィクション (Scinece Fiction)やファンタジー (Fantasy) のありとあらゆるエッセンスを投下したモノであって、換言すれば、ジョージ・ルーカス (George Lucas) が、自身の [幼少期での] 映画体験やそこで得た感興の殆どを投入して出来た作品だ。
だからそれらの作品群にあって、映画『豪勇イリヤ 巨竜と魔王征服 (Ilya Muromets)』が少なからぬ影響や余波に関与していないとも限らない。

尤も、泣き別れた父と息子が相見える、しかも、敵対する関係として対峙すると謂う構造は、貴種流離譚 (Hero's Journey) のなかのひとつの要素として決してないわけではないだろう [だろう、と綴るのは現時点ではぼくの推測の域を出ていないからだ]。
だから、本来ならば、「アイ・アム・ユア・ファーザー (I Am Your Father)」は、映画『豪勇イリヤ 巨竜と魔王征服 (Ilya Muromets)』の原作となっている口承叙事詩ブィリーナ (Bylina) を訪ねなければならないだろうし、それ以外の神話伝説伝承の類にも肉迫する必要はあるのは、決して否定できない事なのだ。

次回は「」。

附記 1. :
とは謂うものの、映画『豪勇イリヤ 巨竜と魔王征服 (Ilya Muromets)』に登場するカリン王 (Tsar Kalin) [演;シュクール・ブルハーノフ (Shukur Burkhanov)] の巨躯は、ジャバ・ザ・ハット (Jabba The Hutt) [映画『スター・ウォーズ エピソード4 / 新たなる希望 (Star Wars Episode IV A New Hope)』 [監督作品 1977年制作] に初登場] を彷彿とさせぬでもない。

附記 2.:
せっかくだから、記事冒頭に登場したズメイ (Zmei) について言及すると、飛行するその姿は正にキングギドラ (King Ghidorah) そのものだ。異なるのは体色だけであって、そこでのズメイ (Zmei) の勇姿はそのままキングギドラ (King Ghidorah) のそれと断定しても宜なるかな、である。
だが、しかしながらこれが着地した場合での外観が全然、異なるのだ。ズメイ (Zmei) に対峙するのが、イリヤー・ムーロメツ (Ilya Muromets) 率いる騎馬隊だからなのだろう、自身よりも遥かにちいさな敵に対して、彼は這う様な前傾姿勢をとらざるを得ない。そこが、常に空中に浮遊しているキングギドラ (King Ghidorah) とは異なる点だ。
寧ろ、前傾姿勢をとる事によって喪われてしまうモノを危惧した結果、キングギドラ (King Ghidorah) に空中浮揚の能力を付与したのではないか。彼がゴジラ (Godzilla) やラドン (Rodan) よりも遥かに巨大な存在として畏怖を与えられるのもその結果なのかもしれない。
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