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2017.10.24.13.07

れいぞうこ

と、聴いて思い出すのはふたりの女性。
三石琴乃 (Kotono Mitsuishi) と川原亜矢子 (Ayako Kawahara)、ではなくて、彼女達が演じたふたりの女性、葛城ミサト (Misato Katsuragi) と桜井みかげ (Mikage Sakurai) の事である。
前者はアニメ番組『新世紀エヴァンゲリオン (Neon Genesis Evangelion)』 [19951996テレビ東京系列放映] の登場人物のひとりであり、後者は映画『キッチン (Kitchen)』 [森田芳光 (Yoshimitsu Morita) 監督作品 1989年制作] の主役である。

勿論、葛城ミサト (Misato Katsuragi) も桜井みかげ (Mikage Sakurai) も演じたヒトビトは彼女達だけではないが、ここで記述すべきは彼等の演技やそれが反映された個々の作品群について綴る事ではない。
冷蔵庫 (Refrigerator) と謂う、どこの家庭にもあって、しかもなくてはならない家電製品のひとつと、それが作品内で果たす役割について、綴っていこうと思っている訳なのである。

それぞれの作品内に於いて、葛城ミサト (Misato Katsuragi) は冷蔵庫 (Refrigerator) の庫内に缶ビール (Canned Beer) だけを充填し、桜井みかげ (Mikage Sakurai) は冷蔵庫 (Refrigerator) のすぐ側で一晩、眠る。
一見これは、このふたりの、ふたつの異なった行動の様にみえる。
前者はもしかしたら独り暮らしの独身女性にはありがちな光景の様にみえ、しかももしかしたら缶ビール (Canned Beer) 以外の食品食材ならば、さらに誰しも、もっと普遍性のありそうな光景である様にみえる。その一方で、後者の行為はあまりにも独創的すぎて、そこになにか病理的な原因が働いている様にもみえる。

果たして、そんな解釈と納得の仕方で良いのだろうか。

桜井みかげ (Mikage Sakurai) の行動が病んだ行為ならば、葛城ミサト (Misato Katsuragi) のそれも同様に病んだ行為でなければならない。
どの人間にもある心理や精神状況を抽出し描写する技法として、誰にでもありがちな挙動へと平準化させて語る技法を前者が採用したのに対し、後者はそれを極めて独創的で特権的な挙動へと特殊化させて語る技法を後者が採用したのにすぎない、のではないだろうか。
つまり作者の中にある発想の根本は同じところに根ざしていて、そこから発芽して生長する方向性のみが違うのではないだろうか。だから、同じ冷蔵庫 (Refrigerator) と謂う土壌を用意しても、これだけ異なる描写になる、これだけ異なる果実が生成される。そんな解釈をぼくはしているのだ。

では、葛城ミサト (Misato Katsuragi) と桜井みかげ (Mikage Sakurai) とに共通する心情、冷蔵庫 (Refrigerator) にその様なアプローチを起こさざるを得ない動機と謂うモノはなんなのか。

それをここで縷々と綴っていっても良いのだが、あまり、面白いことは書けそうもない。
誰もが考え付く様な当たり前の所感だ。だから、興味のある方は、彼女達が登場する作品群に向かえば良いと思う。
ヒントとして、葛城ミサト (Misato Katsuragi) の行動や内心を追うよりも、桜井みかげ (Mikage Sakurai) の方を追求した方が遥かに理解しやすいと謂う事、そして映像化作品よりも原作小説『キッチン (Kitchen)』 [作:吉本ばなな (Banana Yoshimoto) 1988年発表] に直接あたった方が遥かに印象に遺る事を指摘しておこう。そこを基準として、葛城ミサト (Misato Katsuragi) のそれへと照射させていけば良いのだ。

冷蔵庫 (Refrigerator) と謂えば、もうひとつある。

藤子不二雄 (Fujiko Fujio) にとっての冷蔵庫 (Refrigerator) だ。その名前で登場した作家コンビは1987年にふたりの作家、藤子不二雄A (Fujiko Fujio A) と藤子・F・不二雄 (Fujiko・F・Fujio) とに別れた。このふたりの作品群に登場する冷蔵庫 (Refrigerator) の役割が面白い。

藤子不二雄A (Fujiko Fujio A) のマンガ『怪物くん (Kaibutsu-Kun)』 [19651969少年画報連載] に登場する冷蔵庫 (Refrigerator) は、主人公である怪物太郎 (Taro kaibutsu) が借りるアラマ荘 (Arama Apartment) の一室にあり、その扉を開けると地下通路を経て、彼の本来の居所である怪物屋敷 (Kaibutsu Mansion) へと通じている。
つまり、異界へと通じる扉の役割を冷蔵庫 (Refrigerator) が演じている訳である。
連作小説『ナルニア国物語 (The Chronicles Of Narnia)』 [作:C・S・ルイス (C. S. Lewis) 19501956年出版] に於いて衣装箪笥が果たした役割と同じ地位にあると謂っても良い。

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藤子・F・不二雄 (Fujiko・F・Fujio) の短編マンガ『うちの石炭紀 (Carboniferous Period In My House)』 [1978マンガ少年発表] に登場する冷蔵庫 (Refrigerator) は、直立するゴキブリ (Cockroach) によって占拠され、彼等の食料備蓄倉庫となるばかりか、彼等の居城となり、物語の最終局面にあっては、あたかも、ノアの方舟 (Noah's Ark) とも思われる様な役割を演じる事となる。その地球脱出行は、まるでアニメ番組『宇宙戦艦ヤマト (Space Battleship Yamato)』 [1974讀賣テレビ系列放映] の本来あり得た物語だったのかもしれない。
[上掲画像はこちらより。]

かつては同じ名称の基で共同制作を行ってきたふたりの作家の、異なる発想の行方をみるだけで興味深い。同じ冷蔵庫 (Refrigerator) を素材としているだけに尚更だ。
冷蔵庫 (Refrigerator) ひとつあれば、それを物語の発端として、ひとりは地下に向かい、ひとりは宇宙へと向かう。
[丁寧に、物語全体の構造や、そこに於ける冷蔵庫 (Refrigerator) の果たすべき役割をみていけば、いろいろな事が解るのだろうが、それでも] たったそれだけのことだけでさえ、ぼく達はこのふたりの資質の違いに驚かされてしまう。

だから、小説『青い紅玉 (The Adventure Of The Blue Carbuncle)』 [『シャーロック・ホームズの冒険 (The Adventures Of Sherlock Holmes)収録 1892年発表] に於けるシャーロック・ホームズ (Sherlock Holmes) とジョン・H・ワトスン (John H. Watson) の帽子談義の様な議論を冷蔵庫 (Refrigerator) で行って、それをもって得心しそれで良しとする、それ以外の可能性はいくらでもあり得ると謂う訳なのだ。

次回は「」。

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