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2017.10.10.11.34

やぶのなか

芥川龍之介 (Ryunosuke Akutagawa) の短編小説『藪の中 (In A Grove)』 [1922年 雑誌新潮掲載] には、聴き手を含めると8人 [もしくは9人] の人物が登場し、その聴き手に向けて語られている7証言で構成されている。そして、それ以外に物語の全容を記述する叙述、すなわち、地の文 (Narrative Part) は一切ない。
しかも、聴き手 (Listener) である検非違使 (Kebiishi) は一切に語らずに、彼等の証言を聴くのみであり、それが為に、読者自身がこの7証言の聴き手 (Listener)、検非違使 (Kebiishi) の役割を自ずと任ずる事になる。
その結果、彼等が語る証言のひとつひとつを読者自らが裁断しなければならない。何故ならば、ここで語られる7証言のいずれにも、客観的に確認出来る事物や事象が一切なく、そこにあるモノは、彼等の主観のみで彩られたものばかりなのだからである。

端的に謂えば、推理小説 (Detective Story) に於ける名探偵 (Great Detective) の役割を読者自身が引き受ける事だ。
だが、果たしてこの作品の読者が名探偵 (Great Detective) を演じきる事が可能なのか、いやそれ以前に、この短編小説自体が、推理小説 (Detective Story) として解読可能なのか、それさえもおぼつかないのではあるが。

とは謂え、最初の4証言に関しては、あまり問題とすべきところは実は、ない。
そのひとつひとつを以下、簡単に纏めるとこうなる。
第1の証言は、殺人事件 (Murder Case) があった現場の第1発見者の証言である。
第2の証言はその現場で死体となって発見された被害者の前日での行動である。そしてこの証言から被害者にはひとりの同伴者がある事が解る。
第3の証言は、その事件の容疑者を捕縛した人物による証言である。と、同時に、第2の証言で語られる被害者達の容姿を受けて、容疑者の所有物から事件は殺人事件 (Murder Case) の他に、窃盗 (Larceny) が行われた可能性がある事が解る。殺人罪 (Murder) ではなくて強盗殺人罪 (Murder On The Occasion Of Robbery) の可能性が示唆されているのである。
第4の証言は、被害者の身許、特に被害者の同伴者の容姿や性格に関する証言である。

ここにある4証言で語られている事は一切が、重複する時間、共有する場面がない。
通常の、よくある推理小説 (Detective Story) ではこうはいかない。ひとつの状況、ひとつの事象に関して、幾つもの錯綜する証言が登場し、名探偵 (Great Detective) はその中から、明らかな虚偽や不確かなモノを排除する作業を行わなければならないからだ。だが、その作業によって、信にたる情報へ名探偵 (Great Detective) が到達する事を思えば、この短編小説で語られている4証言は、その作業を排除、拒否している様にも思える。
それ故に、検非違使 (Kebiishi) でもある読者はこの4証言を余すところなく受容するしかない。この4証言を疑うにも疑うに足るべき情報すら入手不可能なのである。

第5の証言は、第3の証言を行なった人物によって捕縛された容疑者自身によるモノである。
ここで語られるのは、事件の動機、事件の経緯である。その結果、これまでの証言では不明であった幾つかの新しい事実が登場する。
第1の証言によれば現場には男の死骸があり、それを信ずれば、殺人事件 (Murder Case) がそこでおこった可能性がある。しかし、第5の証言によれば、それと同時に強姦罪 (Rape) が成立する可能性もある事が判明する。
そればかりではない。
第3の証言によって示唆された強盗殺人罪 (Murder On The Occasion Of Robbery) の実行犯はこの容疑者であると容疑者自身はここで認める。そのうえさらに、容疑者は、それを教唆 (Criminal Instigator) する人物、視点を違えれば共犯者 (Criminal Conspiracy) となり得る可能性のある人物の存在を示唆するのである。

第6の証言は、被害者の同伴者によるモノである。しかしそれと同時に、容疑者による第5の証言に従えば、教唆者 (Criminal Instigator) ないしは共犯者 (Criminal Conspiracy) の容疑が疑われるべき人物自らによるモノとなる。
そして、この証言によって初めて、これまで語られてきた幾つかの事象が、食い違う。
その証言では、強姦罪 (Rape) と窃盗罪 (Larceny) は容疑者にありとするものの、被害者の死因は別のところにあると謂う。つまり、自らを殺人犯 (Murderer) であると告白しているのである。

さて、ここでそのまま第7の証言に向かっても良いのだが、その前にひとつだけ言及すべき事がある。
それは、被害者の同伴者、勿論、これは容疑者による強姦 (Rape) の被害者と謂う事も可能であるのだが、その女の性格の事なのである。第5の証言と第6の証言における、事実の食い違いは幾つでも発見できるが、それを乗り越えて、ただひとつだけ共通する事がある。それらで行われる女の言動は一致こそしていないが、彼女の性格だけは如実にあい通じるモノが語られてある様に見受けられる。
それは宿命の女 (Femme Fatale) と呼ぶ事もおそらく可能で、容疑者はその証言にある様に、彼女に突き動かされて行動していた様に読む事が可能なのである。
そして、その女の宿命の女 (Femme Fatale) としての様相は、第7の証言でもそのまま引き継がれていく。そして、第7の証言に向かえば、殺人事件 (Murder Case) の被害者の行動さえも、その女に起因するモノであるかの様にも読めてしまうのだ。
この短編小説に登場する証言が幾つでも、そして幾らでも食い違っていても、たったひとつだけ違わない事があるとしたら、この女自身の内面、もしくはその内面を形成せしめるモノではないだろうか。

第7の証言は、被害者のモノと看做されている。しかし、実際にはその霊魂を召喚した巫女 (Spirit Medium) によるモノなのだ。記事冒頭で「聴き手を含めると8人 [もしくは9人] 」としたのは、それを念頭に入れての事なのだ。

この証言に関しては、ぼくとしては疑義を挟む事以外にする事はない。

何故、読者の誰もが、巫女 (Spirit Medium) の発言に信を置くのであろうか。
第7の証言、すなわち巫女 (Spirit Medium) による証言に従えば、殺人事件 (Murder Case) の真犯人は、「そっと胸の小刀を抜いた (Drew The Small Sword Softly Out Of My Breast)」「誰か (Someone)」と謂う説が極めて濃厚になる。そしてその結果、第1の証言を遺した第1発見者にも疑義を向ける事も充分に可能だ。
そんな読解で果たして良いのだろうか。

勿論、被害者は既に故人だ。そんな結構を用いなければ、死者である被害者、すなわち3人いる当事者の中のそのひとりの証言を得る事は出来ないであろう。
だが、少し視野をひいてみれば、当事者たる証言者のどの証言も、悉くに一致した事実を述べていないと謂う現象を用意したいのであれば、何も証言者のひとりを死者とする必要は一切にない筈なのだ。瀕死の被害者がいまわの際に遺した証言であっても良いし、重傷を負った被害者に直接、検非違使 (Kebiishi) が対面する事も、作劇上では決して不可能ではない筈だ。
作者、芥川龍之介 (Ryunosuke Akutagawa) は何故、ここで巫女 (Spirit Medium) と謂う第3者の発言をもって、その証言を得さしめ様としたのだろうか。

[仮に、被害者自らが証言を可とする物語であるのならば、まず第一に、被害者自身の証言が最重要視され、その結果この物語の根幹を揺るがしかねないだろうかと謂う危惧をきみは抱くかもしれない。だとしたらきみは名探偵 [Great Detective] 失格だ。被害者の証言程、真実から遠ざけてしまう物語は古来、幾らでも語られてきた筈だ。]

と、同時に、この小説を推理小説 (Detective Story) の範疇に属するモノとして、さらにその技法を信頼できない語り手 (Unreliable Narrator) であるとする論述がある。その認識が果たして妥当か否かは解らない。ただ、もし仮に、この小説を信頼できない語り手 (Unreliable Narrator) に分類するのだとしたら、その理由は決してそこに食い違った幾つもの証言があるからだけではない筈だ。
巫女 (Spirit Medium) と謂う人物の存在にもっと注視する必要があるのではないだろうか。

images
上掲画像は、この短編小説を原作のひとつとする映画『羅生門 (Rashomon)』 [黒澤明 (Akira Kurosawa) 監督作品 1950年制作] に登場する巫女 (Miko, The Medium) [演:本間文子 (Noriko Honma)]。

ところで、だ。

第5の証言、第6の証言そして第7の証言は、いずれも第1の証言で語られた事件、殺人事件 (Murder Case) の当事者によるモノ、もしくはそう看做し得るモノである。それらで語られている事象は悉く食い違っているのだが、ひとつだけ共通している事がある。誰もが皆、殺害者は証言者自身であると告げている点だ [第7の証言では、被害者自らが自殺したと証言しているが、換言すれば、自分自身が加害者であると証言している事に等しい]。
しかも、自らが犯罪者である、殺人犯 (Murderer) であると告白する事によって、他のモノを護ろうとしている様にも思える。しかし、そのモノは残念ながら他者ではない。他の2人の当事者 [両方ないしはいずれか1人] を護ろうとしているのではない。

ぼくには、その罪を自らひきうける事によって彼等は皆、恥とか不名誉から逃れようとしている様にも読める。そしてその結果、他者ではない自らをこそ、護ろうとしているのではないか。

そしてその恥や不名誉の起因となった動機こそ、女の性格、すなわち宿命の女 (Femme Fatale) に求める事が出来る。

寧ろ、芥川龍之介 (Ryunosuke Akutagawa) が描きたかったのは、立場の違う様々な人物 [本人自身も含め] が語る事によって浮かび上がる、その女の本性ではなかったのかなぁとも、いまのぼくには思えているのだ。
そう考えて再読すると、事件そのものとは直接関係のない、女の出自に関する第3の証言がここで活きてくる。

次回は「」。

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